41話 協力プレイ
美鈴と昼飯を食べた後、まずは腹ごなしにストラックアウトに向かった。ここは野球部が運営していて、受付の女子マネージャーと説明係と片付け係の二人の男子で回しているようだ。
「ようこそ! 白峰高校野球部伝統のワクワクストラックアウトへ!」
元気のいいマネージャーの女の子がにこやかに出迎える。伝統って、そういえば去年も同じのやってたっけ。
「一人ずつでやる? それとも二人で協力してやる?」
「なら協力で」
せっかくなら二人で楽しもうと思ったら、美鈴が後ろから私の袖を引っ張って止めた。
「私足引っ張っちゃうよ」
「でも、一緒にやった方が楽しいだろ?」
「そっか、なら頑張るね!」
美鈴の了解も得られたところで、改めて受付にサインをする。参加料の200円を払い、説明係の人について行くと、ストラックアウトの板の前に案内された。
バッティングセンターみたいに網で囲まれているから、わざと上にぶん投げない限りはボールは外に行かないようになっている。
「それじゃあ、ルールを説明するぞ。投げられる数は10球。協力だから変わりばんこに投げてくれ。それで当てた数に応じて景品がもらえるんだ」
「なるほど、単純だな」
ルール説明が終わったところで、説明係の彼が私と美鈴に野球ボールをそれぞれ5球ずつ手渡した。
「景品はどんな感じなんだ?」
「全部当てたら食堂のデザート無料券、残りが一枚か二枚ならお菓子、んで残り三枚ならジュース。それ以下は景品無しだ」
「彼方が全部当てても、私が当てないと景品貰えないんだ。頑張らないと」
ボードの数は九枚。私が5球全部当てても四枚残る。美鈴は自分が当てなければと奮起し、ボールをギュッと握りしめた。
うん、さっきから言おうと思ってたけどさ。
「かわいすぎるだろ……」
なんだろう。小動物的な可愛さって言うのかな。最初に私の袖を引っ張ったり、自分に言い聞かせるみたいに頑張るぞって言ったり、仕草の一つ一つに庇護欲が湧いてくる。
昼飯の時だって私の口についたソース拭いてくれたり、甘いクレープに夢中になってほっぺのクリームに気が付かなかったり、可愛い生き物すぎる。
芹香と一緒だった時は多少誤魔化しが効いたけど、二人きりになると美鈴の可愛さをもろにくらう。私が美鈴が好きだからかなりフィルターがかかってるとは分かってるけど、この可愛さは犯罪級だ。
美鈴は私が守らねばと奮起し、第一投は私が行くことにした。美鈴への負担を減らすため、私は全球命中させる必要がある。そして美鈴の力的にも狙いにくいであろう上の段を私が打ち取る必要も。
結構な高難易度ミッションだが、今私の後ろには美鈴がいる。
「彼方、頑張って!」
そして、応援までしてくれている。私が美鈴の応援で力を増すのはテニスに限った話ではないのだ。つまり、今の私は無敵なのだ。
「とうっ!」
私が思いっきり投げたボールは狙い通り右上を貫き、幸先の良いスタートがきれた。
「うっま……」
「野球部に欲しいくらいだな」
ボールと跳ね飛ばされた板を回収する男子と説明係をしていた男子がそんな会話をしていた。
「すごいね!」
彼らには悪いが、君達の称賛よりこの天使の褒め言葉の方が何億倍も嬉しい。睨みつけるようにボードを見ていた私の顔は、美鈴の方に振り向いた瞬間にほころんだ。
「すげーだろー。次は美鈴の番だ」
「うん、頑張るね!」
にっこりと笑った天使の背中を押して送り出す。美鈴の第一投。振りかぶって思いっきり投げた! がしかし、ボールはボードに届くことなく力無く地面にコロンと落ちて転がった。
「わ、わぁ、全然ダメだ……」
「平気平気! 私が全部当てるから、美鈴は一回でも当ててくれればいいんだよ」
「う、うん。がんばる」
落ち込む美鈴を慰めて、私が立ち位置に着く。うん、なんというか、その……さっきの美鈴の投げ方可愛すぎない? 手だけの力で投げてて、全然ボールに力伝わってないじゃん。ああいうの女の子投げって言うんだっけ。
とにかく今日の美鈴は全力で可愛い。あの天使の笑顔を守るため、私は私の責務を全うしなければ。
私の第二投は問題なくボードの左上を貫いた。我ならがら見事なコントロールで、周囲から歓声が上がる。そんな中でも、美鈴の透き通った声は一際目立って聞こえた。
「よ、よし! 次こそ!」
そう意気込んで投げた美鈴の第二投は、さっきとちがって逆にボードの上を超えて明後日の方向に飛んでいった。
「わ! 今度は変なとこに!」
なんだろう、下手くそなのがたまらなく愛おしい。流石に重症すぎるだろうか。そんな邪念を首を振って払った後、美鈴と交代する。
私の第三投は残った真ん中上のパネルをぶち抜いた。投球が安定してきてとりあえず私の分は大丈夫そうだ。心配なのは美鈴の投球。
「えいっ!」
私の姿勢を見て学んでいるのか、少しずつ投球が様になってきている。しかし美鈴の第三投は右に逸れて当たらなかった。
「惜しいな。でもそろそろ当たりそうだな」
「うん。彼方の真似したら上手くなってきたよ」
「よし、その調子で頑張れ!」
ポンと肩を叩いて私は第四投を投げに向かう。上手くなってて楽しそうな美鈴かわいいなぁ……ってさっきからこればっかだな私。
そんな事を思いながらの第四投。真ん中の列の右側を貫き、四連続成功を成し遂げた。
「彼方すごいね!」
「次も決めるから、頼んだぞ美鈴」
「うん! そろそろ当たる気がする」
私に触発されてか、自信が湧いてきた美鈴は位置について第四球を投げる。そのボールはあと少しで右下のボードにあたるところまで行ったが、ほんの少し手前で地面に落ちた。
「惜しい惜しい! 次決めよう!」
「うん。彼方はど真ん中当てちゃって!」
「ほい来た! まかせんしゃい!」
ラスト一球なのに怖がらず、当たる自信がある美鈴は以外と肝が座っている。こういった根底にある強さも、美鈴の好きなところの一つだ。
周囲の人達の声援と、美鈴の応援を一身に受けた私は、思いっきりボールをぶん投げた。今日最高の投球は見事真ん中を貫き、私個人はパーフェクトを達成した。
「すっげー!」
「ピッチャーでもやってけそうだな」
「本当にテニス部? 野球部じゃなくて?」
私の見事な投球を見て、見ていた人達が沸き上がる。そしてやり切った私の背後には、ボールを握って最後の投球に備える美鈴が待っていた。
「頑張れよ、美鈴」
「うん。当てて一緒にジュース飲もうね」
ピリピリしたスポーツマンな私の顔とは違い、今の美鈴の顔はリラックスした柔らかい表情だが、集中しているのがよくわかる。
ここで当てなければ景品はなし。私の投球で盛り上がった観戦者達が、ドキドキする緊張感を生み出す。
そんな中で美鈴は、思い切ってボールを投げた。そのボールはまっすぐ飛んでいき、見事右端のパネルを貫いた。
「やったー! やったよ彼方!」
「最後よく当てたな! すげーぞ!」
見事にパネルに当てて見せた美鈴に駆け寄ると、振り返った美鈴が満面の笑みを見せてくれた。そして美鈴は両手を上げて、その意図を察した私も手を開いた。
「いえい!」
「イエイ!」
私より背が低い美鈴に合わせて腰を低くし、ハイタッチをする。パンッといい音がして、その音と同じように弾ける笑顔を見せ合った。
「お二人さんお見事! この中から景品のジュースを選んでね。バッチリ冷えてるからそのままゴクッといっちゃっていいし」
受付の人が景品の授与のため、クーラーボックスを持って現れた。
景品を受け取った私たちはすぐに近くの木陰にあるベンチに座り、祝杯をあげることにした。
「それじゃ、乾杯」
「かんぱーい!」
景品の中から選んだ缶のオレンジジュースは、美鈴と一緒に成し遂げたという達成感のおかげで格別の味がした。
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