40話 二人きりで
朝にスマホを覗くと、芹香さんと海香ちゃんから連絡がきていた。
『昨日はお邪魔してごめんなさいね。あなたの恋を応援してるわ。頑張ってね』
『今日の後夜祭に告白だよね! 不安と緊張でドキドキだろうけど、応援してるよ!』
芹香さんのクールな応援と海香ちゃんらしい元気いっぱいな応援が届いていて、二人が優しく背中を押してくれていた。その中でもう一つ、委員長からも連絡が届いていたが、それは芹香さんと海香ちゃんのものとは雰囲気が違っていた。
『今日は頑張ってね。それと後夜祭の前に教室に戻ってきて。渡したいものがあるから』
私が告白する前に渡したいものってなんだろう。委員長のことだから何か意味があるんだろうけど。少し疑問を抱きながら、制服に着替えた私はいつもより胸を高鳴らせて学校に向かった。
学校に到着して教室の扉を開けると、すでに到着していた彼方が私のほうに駆け寄ってきた。
「おはよう」
「おう、おはよう。それより委員長から通達だ。私たちのシフトを合わせてくれたみたいでな、最初の二時間半が終わったらそこからは自由になるぞ」
「そうなの!?」
最初の予定では私は最初に一時間、時間を空けて後夜祭までのラストスパート一時間半にシフトが入っていた。ということは、私と誰かがシフトを変えてくれたということだ。いったい誰が。
「凪ちゃんがシフト変わってくれたんだってよ」
「そうなんだ。でもなんで変わってくれたの?」
「美鈴と二人でまわるって少し話したら変わってくれたんだ。やっさしいよなぁ」
彼方が凪ちゃんの優しさに感心してうんうんと頷いている。後ろを向くと、妖精の衣装を着ていつも通りに女子たちに可愛がられている凪ちゃんが確認できた。ありがとう凪ちゃん。そう心の中で感謝しつつ合掌した。
そして迎えた開店時間。昨日と比べれば少し落ち着いたけど、忙しいのは変わらない。彼方と一緒にロールプレイしながら、次々に客をさばいていく。
私も彼方も昨日と比べて仕事に慣れていたのでかなり余裕ができた。おかげでロールプレイに集中できたし、記念撮影ということでお客さんと写真を撮ったりもした。
大変だけど楽しい時間は午前中には終わり、お昼頃には凪ちゃんと交代して約束通り二人きりで文化祭を回ることにした。
お昼頃なので何を食べようかと、屋台が並ぶ方に向かう。生徒達と外部からのお客さんが行き交い、そこら中からいい匂いが漂ってくる。
「たこやき、焼きそば、お好み焼き、フライドポテト……色々あるけどどうする?」
ここに並ぶ屋台は生徒達がしているものもあれば、自治会の人たちがやっているものもある。そのおかげかお祭りといえばみたいなものは大体ある。
話しながらそれぞれの店を見てまわり、一周したところで彼方が聞いてきた。
「なら、焼きそば食べてデザートにクレープ食べよう」
「おう、なら行くか」
彼方と一緒にまずは焼きそばを買う。クレープがあると食べにくいので、まずはこれだけ食べることにする。近くにあったベンチに隣り合って座り、蓋を止めていたゴムを外して開封する。
ぶわっと広がるソースの香りに、お祭り的な雰囲気が感じられる。
「いただきます」
「いっただきまーす!」
二人で一緒に最初の一口を食べる。野菜少なめお肉多め、ソースはかなり濃い。運動部が好きそうな豪快な味わいで、一口目から満足感が凄まじい。
「美味しいね」
「おう、私好みの味だ」
この焼きそばが気に入ったらしい彼方は、どんどん食べ進んでいく。そして私がまだ半分しか食べ終わってないうちに彼方は全て食べ終わってしまった。
「いやー、美味しかったー」
彼方は満足そうにベンチの背もたれに寄りかかった。そこで私が気になったのは彼方の口元だ。
「彼方、こっち向いて」
「ん、どうした」
彼方ががこっちを向いた瞬間、ティッシュで彼女の口元を拭った。ガッチリとしている彼方だけど、唇は柔らかい。いつか彼方と……なんて邪念と闘いながら彼方の口元のソースを拭き終えた。
「はい、ソースついてたよ」
「お、おう。ありがとな」
彼方は照れくさそうに笑って感謝してくれた。今日告白するのだから少しでもアピルーしておきたかったから、成功したみたいでよかった。
彼方を待たせるのも悪いから、私も焼きそばを食べきる。
「美味しかったね」
食べ終わったから口元を拭いて立ち上がる。でも彼方は立ち上がって来ず、ぼーっとしていた。
「ん、どうしたの?」
「あぁいや、なんでもない」
私に声をかけられた彼方はなぜか動揺して慌てて立ち上がった。仕事終わりだから疲れているのだろうか。
「休む?」
「いや、大丈夫だ。クレープ買いに行こう」
彼方急いで立ち上がり、私の前を行く。止まってくれないので私も早足で追いかけた。
「はい、どれにしますか?」
「ハニーアイスにします」
「いちごスペシャルで」
私たちの注文を聞いて、優しそうなお姉さんは生地を焼き始める。すると甘い香りが漂ってきて、焼きそばで満たされたはずのお腹がデザートは別腹だと主張してきた。
「はい、どうぞ」
優しそうなお姉さんが完成したクレープを私たちに渡す。しっかりと重さを感じる大ボリュームのクリームに、かぶりついた時に広がる甘味が私たちに多幸感をもたらした。
「んー、おいしい!」
「やっぱ美鈴は甘いもの派か」
彼方は溢れそうになるイチゴを指で押さえながら、クレープを頬張る私に微笑んだ。
「さっきの焼きそばも美味しかったよ?」
「でもクレープの方が美味しそうに食べるよ。その証拠に……」
彼方は私の口元に指を伸ばし、そっと私の唇を撫でた。突然のことに驚き、私に触れた彼方の指を見ると白いクリームがついていた。
「珍しくほっぺにクリームなんかつけてる」
彼方はそれだけ言うと、指先についたクリームをペロリと舐めとった。
「さっきのお返しだ」
彼方が満足そうに満面の笑みを私に向ける。その笑顔のかっこよさと恥ずかしさで顔がぶわっと熱くなる。咄嗟に顔を手で覆うと、彼方は顔を近づけてきた。
「そんなに急いで食べなくても、私もゆっくり食べるから。しっかり味わってな」
私のアピールで先制攻撃を仕掛けたのに、やっぱり彼方のかっこよさにら敵わない。
見事に反撃を食らった私は、食べているクレープの味が全く分からなくなってしまった。
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