第6話 弱者と強者
とうとうやって来た県大会個人戦。昨日の団体戦では先輩達の大活躍でインターハイ出場を決めた。これで勢いに乗ったテニス部は、個人戦に出場する私と坂田先輩の応援に駆けつけていた。もちろん、マネージャーの美鈴と委員長の恋人の海香も。
インターハイ出場にはこの大会の上位二名に入らなければならない。つまり決勝戦まで進出しなければならない。やはりというか、この大会の出場者のほとんどが三年の先輩だ。
私たちの本命も坂田先輩で、私は勝ち進んだらいいなぁという枠だ。かといって諦める気はさらさら無い。全員ぶっ倒して私が優勝するつもりでいく。気持ちで負けたら勝てる試合も勝てなくなるからな。
そんなわけで始まった県大会、私は年上相手になんとか食らいついて勝利を重ねていった。坂田先輩も順調に勝ち進んでいるらしく、同校から二名のインターハイ出場が現実味を帯びてきた。
そして私は準決勝まで勝ち進んだ。準決勝開始前の休憩時間、私は水分補給をしながら美鈴たちと話していた。
「すごいじゃん彼方! 次勝ったらインターハイだよ!」
委員長が珍しく興奮している。それもそうか、同級生で友達の私がインターハイ行けるかもって瀬戸際なのだから。
「坂田先輩はもう決勝まで進んだらしいよ」
献身的に私の足のマッサージをしてくれてる美鈴の嬉しい報告に気を引き締める。これで私が勝てば晴れて二人がインターハイ出場。それでなくても私のインターハイ初出場が決まる。応援に来てくれたみんなのためにも頑張らなくては。
「でも次の相手やばいよ。彼方と同い年なのにここまで1ゲームも取られてない」
海香がトーナメント表を見ながらそう言った。
「……やっぱ相手は三原か」
「知ってる人?」
「この辺でテニスやってる奴なら知らない奴はいないよ」
私の次の相手は
「周りから見りゃ私に勝ち目はない」
「その割にはやる気マンマンじゃん」
「あたりめーだろ。最初から負ける気で試合やる奴がどこにいるんだよ。こっちは下馬評覆して驚かせてやるつもりだっての」
「流石私たちのエース。頼りになるね」
委員長が私の肩に手を置いてうんうんと頷く。信頼してもらえて何よりだ。
「おーい彼方! 試合だぞ!」
コートの方から監督が呼ぶ声が聞こえる。
「もうそんな時間か」
「彼方、頑張ってね」
「おうよ。美鈴もサポート頼むな」
美鈴は私の足から手を離し、ギュッ握った両拳を顔のあたりまで上げて可愛く笑った。うちの可愛いマネージャーから激励をもらったところで立ち上がり、一緒にコートに向かう。初のインターハイ出場にむけて、高まる緊張を強敵との戦いの高揚に変えて。
○○○
太陽はギラギラと照り輝き、コートに陽炎を作り出す。勝てばインターハイということでコートの周囲をたくさんの人が取り囲む。私たちのチームメイトの応援と向こうのチームのメンバーの応援がこのコートの熱をさらに高める。
そして私の目の前に立っているのは、天才と呼ばれる三原咲希。同い年だというのが信じられないほどの貫禄。自信に満ち溢れた立ち姿は、私が挑戦者側だと嫌というほど理解させる。
「いやぁ、盛り上がってるねぇ」
緊張感のない三原さんの声。けれどそれは油断ではなく、場慣れしたことで緊張感を軽減しているからだ。リラックスした状態でプレイに臨む、選手として理想的な姿だ。
「そりゃあインターハイ出場がかかってるからね」
「そっか。インターハイはいいよぉ。強い人がいっぱいで、さいっこうにアツくてバチバチしてる」
一年生でインターハイを経験した天才はにこやかに思い出を語る。
「そんな場所に、負けたら行けない」
「そぉ。だから本気で叩き潰すよぉ」
彼女の顔は緩い笑顔で、口調もゆったりしてる。だけど、正面に立つ私には彼女の裏に潜む燃え盛る闘争心が見えた。彼女はインターハイに出場したが、優勝はしていない。その時の敗北で彼女も内に燻る炎を抱えているのだろう。
「飯島さぁんはぁ、以前対戦したの覚えてるぅ?」
「えっ、逆に三原さんは覚えてたの?」
「もちろぉん。同学年でつよぉい人はみんな覚えてるよぉ」
意外や意外。まさか三原さんが私を覚えてたとは。こういう人は自分より弱い人間には興味ないのかと思ってた。
「そうか。あの時は手も足も出なかったけど、私もあれから死ぬほど特訓したんだ。今度は勝たせてもらうぞ」
「いぃねぇ。この辺だと一番見所があるとおもーてたからねぇ。楽しみだぁ」
ゆったりした口調とは裏腹に、目はギラギラと滾っている。彼女の「楽しみ」というのは決してフレンドリーな意味ではないだろう。
「私ねぇ、同い年の子との対戦がいちばぁん好きなんだぁ」
「それまたどうして」
「目線を合わせて
その瞬間、同じくらいの身長なはずの彼女を、見上げないと顔が見えない巨人と錯覚した。ゆったりとした口調と雰囲気は消え失せて、目の前の敵を喰い殺す獣の目をしていた。
「去年のインターハイで私は三年生の人に負けた。その時私は悔しがれなかった。大舞台で全力を出して負けたのに。きっと心のどこかに『あの人は私より長くテニスやってるから』って言い訳してる自分がいたんだと思う」
彼女の語りに私はいつの間にか目を奪われていた。周囲の応援が聞こえなくなってしまうほどに。
「死ぬほど悔しかった。正しく絶望できない、弱くて幼稚な自分がいることが」
リベンジマッチに燃えていた私の熱が、彼女のドス黒い渇望に覆われていく。
「でもどうしてもそんな自分が取り除けない。私を負かしてきたのはいつだって年上だったから。だから私は弱い私を壊してくれる子を、私より強い同世代の子を探してる」
覚悟はしていたはずだった。相手は天才、勝機は薄いって。それをわかったうえで勝ちに来たはずだ。それなのに……
「期待してるよ、飯島さん」
いつの間にか私は、彼女を見上げてしまっていた。
この時点でもう私と彼女の格付けは決まってしまった。私は彼女の自分の弱さへの憎悪と強さへの渇望に気圧されてしまっていた。彼女が差し出した手を握った私の手は震えていなかっただろうか。それだけが気がかりだ。
そして私と三原さんとの試合が始まった。サーブ権は私にある。前哨戦には完敗してしまったが、そんなもの試合で取り返せばいい。私の得意な高速サーブでこの悪い流れを断ち切ってみせる。
深呼吸して、丁寧にトスを上げる。そして力強くラケットを振り抜く。身体に染みついたこの動きは、感覚でうまくいったかどうかがわかる。そして今回は最高。速度もコースも理想的。これで先制点だと思った瞬間だった。
「ガラ空き」
私の逆サイドに無情にもボールは打ち返された。
「嘘……だろ……」
私はコートに転がるボールを唖然として見ることしかできなかった。
「今の打ち返すのかよ……」
「完全に飯島のポイントだと思った……」
「返球のコースも完璧すぎるだろ……」
三原さんの圧倒的な実力に周囲がどよめく。インターハイ出場を賭けた試合が、蓋を開ければ二人の実力差が天と地ほどの差がある塩試合だとは誰も予測できなかったのだ。
「今、獲ったって思ったでしょ」
そんな周囲のどよめきを貫いて三原さんの声が聞こえた。私が顔を上げると、失望したと言わんばかりの冷たい目をした彼女がいた。
「今のがあなたの最高のサーブ。だから得点を確信して次の動きが遅れた。違う?」
「それは……」
「答えなくていい。あなたの目を見ればわかるもの」
私の熱が彼女の冷気に当てられて冷めていく。
「弱者の目をしたあなたにもう興味は無いわ」
圧倒的強者から伝えられた事実に弱者である私は何も言い返すことができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます