のんびり1人旅

 アレクを薬で昏倒させた後、暫くして、護衛騎士のヨハンがアレクを迎えにきた。


 一緒に行かなくて良いのか最終確認されたが、綾人は"行かない"と答えた。


 すると、ヨハンはアレクに更に治癒魔法を重ね掛けし、奴隷販売所へ向かった。


 ……治癒中級魔法にあんな裏技があるとは。。。


 麻酔代わりの応用の使い方を教えてもらってしまった。


 余談だが、そんなやり方を嬉々として教えてくれるヨハンは見た目とは違う性格をしているようだと思った。


 そして、ヨハンがアレクを連れて行った後、1人になった綾人は部屋が妙に広く感じて落ち着かなく、2人の思い出が強い部屋にいるのは辛いと感じて翌日には宿を引き払った。


 ……ここの所根を詰めていたし、のんびりしよう!


 失恋といえば……海か?


 と、言うことで海がある街へ向かうべく移動している。


 この世界、転移魔法や転移陣等はあるが、誰もが使える訳ではなく、恩恵を受けられるのは才能がある一部の者か貴族か金持ちだけだ。


 綾人も転移魔法は使えるが、小説やゲーム等でよくあるように、行ったことがある場所しか使えない。


 転移という、前世より優れた移動方法があるからか、新幹線や飛行機のような乗り物がない為、綾人のような平民はもっぱら馬車での移動がメインになる。


 何が言いたいかと言うと、


 恐ろしく移動に時間がかかるのだ。


 最初に来た街が(今も同じ街にいるが)割と大きい街で3日経ってもまだ出れていない。


 因みに、普通は3日あれば街から出られるが、綾人は街内をめぐる乗合馬車の乗り換えに2回も失敗し未だ出れていない。


 ……元営業なのに情けない。


 というのも前世の日本の交通機関とは違い、遅れるのは当たり前で、馬車にどこ行きなんて書いておらず、親切な御者は行き先を告げてくれるが、普通は自分で問わないといけないらしいのを知らず、気がつけばスタート地点に戻っていたり、全く違う場所行きに乗っていたりしたのだ。


 改めて日本って凄かったんだなと感じていた綾人だった。


「ついたよ兄ちゃん」

「あぁ、ありがと。この辺おすすめの宿はある?」

「あー。"森の木陰"辺りが良いんじゃないかね。真っ直ぐ進んで、大きい道を2本過ぎたら、右に曲がって、1つ目の道を左に曲がって、2つ目の道を右に曲がれば着く」

「……う、うん。ありがと」


 土地勘がない綾人には分かりにくい説明だが、せっかく教えてくれたのでそこに向かうことにする。


 馬車を降りると、背伸びをして体のコリをほぐし、教えてくれた方向へ進む。


 ――今頃アレクはもう国に帰ったかな。


 アレクを最後に見たのは4日前。


 早ければ、その日中に奴隷紋は除去されているだろうし、遅くても次の日には奴隷解放されているだろう。


 ……王子となんて、もう今後すれ違う事もないだろう別世界の住人だ。


 しかも、さり気なく調べたアレクの国はこの国から2つも別の国を挟んだ遠い国だった。


 そりゃ、ヨハンが調べ当てるのに時間がかかるわけだ。


 ――王子はお姫様と幸せになりましたとさ。


 エリーさんと結婚するのかなぁ。


 はぁうとあくびと共にため息を吐く。


 いつの間にか、アレクと同じベットに寝るのに慣れてしまっていたらしく、冷えたベットに1人で寝る方が違和感を感じ、アレクと分かれてからあまり眠れて居なかった。


 ……なんか犬か猫でも飼おうかね。


 乗合馬車の乗り間違えも、そんな寝不足からの注意力散漫により引き起こされているのもある。


「ため息なんて吐いちゃってどうした? 夕飯奢ってやろうか?」


 ガタイの良い3人組の男の1人が話しかけてきた。


 ……いつの間にか治安の良くない方に来ていたみたいだ。


 警戒しながら、綾人は答える。


「い、いいえ、大丈夫です」


 男達は綾人を囲みじりじり迫ってくる。


「向こうは繁華街だから、1人で歩いてると危ないぞ。家出少年、飯奢ってやるから、早く家に帰りな」


 と言って綾人の頭を撫でた。


 ……。


 ただの親切な人か。


 因みに、この3日間で似たような事は何度もあり、その都度皆んな親切にしてくれた……。


「あ、あの"森の木陰"って宿に行きたいんです」

「あー。迷子だったのか。こっちは真逆だぞ。送ってってやるよ」

「ありがとうございます」


 男が綾人の手を掴み、残り2人も綾人を囲み進み出す。


 男の足が長いのか、歩くスピードが早くて綾人は小走りになってしまう。


 側から見れば、それが引きずられているようにも見える為、"無理矢理連れ去られそうになっているように見えている"が綾人と男達は気付かない。


 男に連れられて歩いていると確かに段々宿屋が増えて来ていたので、本当に間違えていたのだろう。


 遠くに目的の宿の看板が見え、男達にお礼を言おうとした時


「どこへ行く?」


 低く威嚇するような、最近まで良く聞いていた声が聞こえた気がした。


 ――まさか!?


 振り返ると、いつの間にか髪を切ったのかよりイケメンになった旅装のアレクとヨハンがいた。


 ――なんで? 帰ったんじゃないの?


 混乱している間に男が答える。


「(保護者がいる)宿だが? てめぇは誰だ」

「(連れ込み)宿だと? お前こそ何者だ」

「俺は宿に連れて行きたかったんだ(案内役をかってでたのだ)」

「買ったんだって?」


 両者が睨み合い、空気が一気に重くなる。


「アヤト。いつの間にそんな人(体の関係を結んでもよい人)が出来たのかな?」


 何だか絶賛勘違いされているようだが、アレクの目が怖くて何も答えられない。


「何だ(迎えが)居たのか」

「ああ、(アヤトを好きに出来るのは)私だけで十分だ」

「おう。じゃ、坊主元気でな」


 男達は去って行き、後ろで見守るヨハンはお腹を抱えて笑いを必死で堪えてる。


 綾人も再会を喜べば良いのか、目の前にいることに疑問を覚えれば良いのか、勘違いしている事を正せば良いのか、アレクの冷たい目に怯えれば良いのか、場がカオス過ぎて何も言えない。


 アレクは綾人を睨んだままヨハンに声をかける。


「このままそこの宿に泊まる。入ってくるなよ」

「かしこまりました。お手柔らかにお願いしますよ。それからよく話し合ってくださいね」


 アレクは綾人の手を掴み、近くの宿へ入る。その際チラッとヨハンを見たら"頑張って"と口パクで応援された。


 ――助けてはくれないらしい。

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