美形

 うう、眠い……昨日寝たの遅かったんだっけ……でも鍛練……たまにはさぼろうかな……でもさぼったら続けられなくなる気がする……


 綾人はゆっくり目を開ける。


 と、目の前には超絶美形のドアップ


「ひーー!?」


 綾人は思わず声を上げてしまった。


 目の前の美形も目を開けてこちらをじっと見てから少し曇った表情で起き上がると前髪で左目を隠した。


 ――あ、勘違いしてるかも。


 昨日はあまり見えなかった何か刃物で切られたような左目の傷がしっかり見えたが、綾人は傷ではなく目の前に美形がいた事に驚いた訳で、しどろもどろに言い訳をはじめる。


「あ、いや、傷が怖いとかじゃなくて、さ、1人で寝てると思ってて、いや。俺が昨日ベットで寝るように言ったんだけども……」


 そんな綾人のしどろもどろな説明を聞いたアレクは、口の端を上げ微笑んだ。


 あれ? 見間違いじゃないよね? 昨日は目でしか感情を読み取れなかったのに、今日は表情も出てる。……昨日は緊張してたのかな? それにしても、美形が微笑むと破壊力がやばいな。


 綾人は未だ心臓がバクバク言っている状態だったが、転移してからの濃い時間を思い出した。


 まだ朝日が昇りきっていないのか、今はまだ少々薄暗かった。


 日本にいた時は朝必ず古武道の鍛練をラジオ体操がわりに軽くしてから出勤していた為、今日もいつもと同じ位の時間に起きたようだ。


 二度寝したい所ではあるが、願い事のタイムリミットは今日までの筈だから、綾人自身のんびりしている暇はない。


「あー、アレクはまだ朝早いしベットで寝てていーよ」


 綾人が声をかけると、一瞬固まった後、少し困ったような顔をしながらフリップを取りに行って見せてきた。


 “奴隷をベットに上げるのは”

 “交合する時だけ。ご主人様はしたいのか?”


 交合……


 交合……


 交合……


 ……セックス!?


 綾人は自分の顔が熱くなるのが分かった。


 俺はなんて事を言ってたんだー! いや、床で寝させはしないから、そういう意味じゃないと言っておかなければならなかったんだ。……だから昨日は拒否ってたのか。


 それにしても……。


 綾人は恥ずかしさで枕に顔を埋めながら悶えてから顔を上げると、アレクが音を発さず笑っていた。


 ――綺麗だ。


 思わず見惚れてしまったが、いやいやいやと綾人は我にかえる。


 男が男に綺麗と思ってどうする。でも綺麗なんだから綺麗でいいのか?


 ……そんな事より、奴隷として扱わないと宣言しておかないから、こんな事になっているのだと気がついた。


「アレク。違うから。そんな意図ないからね。えーと、俺としてはアレクを奴隷として扱うつもりは無くて1人の人間として扱うよ。だから友達……という割には対等じゃないから……友達みたいな使用人って思ってくれないかな? 1年はこき使っちゃうと思うけど、1年経ったらちゃんと解放するからさ。あ、やりたい事とか考えておいたら良いと思うよ! いきなり自由だと言われても困ると思うけど、あと1年あるからゆっくりやりたい事考えていけば良いよ!」


 アレクが何故か切なそうな表情をする。これは何に対して切ない表情をしてるのか分からないけど、なんだかアレクをいじめてるみたいな気分になってくる。


「あー、と、なので、外では奴隷と主人でいなきゃいけない事もあると思うけど、2人の時は基本的に友達みたいな対応でお願い!」


 アレクは渋い顔をしている。


「俺奴隷とかいない国で育って奴隷との付き合い方とか分からないんだ。あとちょっと言ったけど、訳ありでさ。今知り合いも味方も誰もいない状態なんだ。アレクが友達とか対等に近い関係だと心強いなと思ってる。友達みたいに出来ないかな?」


 綾人は下から見上げて目を潤ませるようにしてアレクに懇願する。


 因みにこれは綾人の必殺技だ。平凡な容姿の綾人が友人にこれをやると「可愛い女の子で見たいわ!」と即座にツッコミを入れられ、大抵笑いになって、引き受けてくれるのだ。つまりウケ狙いからの懐柔作戦である。


 綾人はそのいつもの要領でやってみたのだ。


 そうしたら、アレクは何故か真っ赤になって横を向き、深く頷いている。


 何だか友人にやる時と反応が違って大丈夫か不安だが、まぁ、アレクが納得してくれたみたいなので良しとする。


 早く女神の願い事の選定を行わなければならないのだ。


 アレクに呼ぶまでは適当に過ごしててと言い、綾人はテーブルセットの椅子に座り早速昨日購入した本を読み始めた。


***


 スキル一覧の流し読みが終わったので、顔を上げると、いつの間にか朝食の時間を過ぎ、お昼になっていた。


 いつの間に取りに行ってくれたのか、またパックに入った食事が棚に置いてあり、その横にアレクが立っていた。


「わー。ごめん。え、もしかしてずっと立ってた?   


ごめん。全然座ってていいから、ベットに腰掛けてても良いし。あ、ベットは誘いじゃないからね! 


お腹空いたでしょ! とりあえずご飯たべようか!」


 綾人は1人で過ごすことが多く、休日に好きな読書をしていると寝食を忘れて読み続けるのだ。


 綾人が集中して読んでいたのもあるが、アレクがあまりにも静か過ぎてつい家に1人でいる感覚になっていた。


 食事をテーブルに移動し、アレクを椅子に座らせると、食事を開始する。


 “子供にきかせるように一般常識を教えてね”と前置きをし、食事の間もこの世界の情報収集をする。


 この世界は24時間365日なのは地球と一緒だが、この地域は1年を通して日本で言う春~初夏の温度で一定だそうだ。


 日本で使っていたソーラーパネル内蔵のシンプルな腕時計をこちらの時間に合わせればそのまま使えそうで良かった。


 そして、この世界では電気の代わりに魔石が使われているらしい。


 昨日使ったトイレのボタンだと思ったものはボタンじゃなくて魔石で、直接触らなくても近づけるだけで体内の魔力を吸い出して勝手に流れるそう。


 ……勿論綾人はそんな事知らなかったから普通に魔石を押してたよ。道理で固くて動いた感覚がしなかったわけだ。


 そして、お風呂という文化はこの辺りには無いそうで、じゃーどうやって体を綺麗にしているかというと、洗浄魔法という生活魔法があるらしい。


 とりあえず、使い方は後で教えて貰うとして、今はアレクにかけて貰ったよ。


 まだまだ知りたい事はあったけど、女神のお願いの加護のタイムリミットが迫ってるので一旦お預けして、アレクには日用品を購入してくるようにお願いし、綾人は昨日購入した“魔法大全”という本を流し読みし始める。

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