奴隷を購入する者2〈アレク視点〉

 アレクは表向きは淡々と賎奴隷の説明と、自分が賎奴隷である事を主人に告げた。


 ……結論から言おう。


 何故か、主人に慰められてしまった。


 そう、ずっと辛かったのだ。


 主人に”辛かったね”と言われた時に初めて理解者を得られたと感じた。


 アレクは3年前まで”人”だったのだ。


 アレクは品行方正とまでは行かなくても、犯罪は犯していない。陥れられたのだ。


 賎奴隷に落とされた瞬間弁明の余地など無く、自死も選択出来ない家畜以下の物に落とされたのだ。


 それが、会って数時間しか経っていないというのに、何故か自分を理解してくれた主人。


 救われたのだ。


 誰か1人でも良いから自分を救ってくれる人を待ち望んでいた、かつての友人、同僚、上司、誰も救ってくれる人は居なかった。


 それがたった数時間前に自分を購入した主人から1番欲しい物が与えられた。


 もしかしたら、アレクを懐柔する為の嘘かもしれない。


 それでも良いのだ。


 誰も救う者など居なかったアレクの心を一時的にでも救ってくれたのはこの目の前の主人なのだから。


 国王暗殺だろうが、大量殺人だろうが、特攻だろうが、悪魔に魂を売り渡すのだって主人のお願いは何でも行おうと心に誓った。


 まずはこの薄い胸板と細い腕の主人を守る事からはじめる事にする。


***


 泣いたのはいつぶりだろうか。


 今迄押し込めていた感情が解放されて、心地よい疲れの中、今更感はあるが主人より簡単な自己紹介を受けた。


 “アヤト・タカサキ”


 異国の響きの名前だが、とても主人に合った良い名前だと感じた。


 そして、随分しっかりした子供だと思ったら、まさかの24才で今年25才になると言う。


 この小さい主人が成人を超えている事に驚いたし、まさか自分の1才年上だとは思わなかった。


 身長は165センチあるという事だが、骨格が違うのかもっと小さいように感じた。


 この国や周辺国ではガッチリした体型が普通で、男性でこのように線が細いのは子供か病気の者位しか居ない為心配だが、種族の差だろうか?


 今後確認していきたい事項だと思っていた所、主人は眠そうな顔で言った。


「もう、眠いから寝よう。アレクもベットね」


 “アレクもベットね”という言葉が頭の中で繰り返される。


 奴隷が主人と同じベットで寝るのが許されるのは交合する場合のみだ。


 眠そうだし、子供だがしたいんだろうか?


 ……いや、そういえば子供じゃないんだと思い返す。


「アレク嫌なの?」


 あくびを噛み殺した時に出た涙で潤んだ瞳で見上げられて思わず”可愛い“と感じてしまい、主人に対して何を思っているのだと、益々混乱する。


「ねぇ、アレクだめ?」


 成人男性とは思えない小さい手でアレクを掴み、潤んだ瞳で喋る様はおねだりしているようで、とても断れず了承を返す。


 先程、主人の願いはどんな事でも全て叶えると心に誓った身だ。


 体を求められるのも前の主人の時のように嫌悪感はないし、それが主人の願いであれば叶えたい。


 ただ、主人はどちら側を希望しているのだろうか?


 主人が抱かれるのを希望した場合を想像する。


 あの潤んだ茶色い瞳で、小さな口で”アレク“と呼ぶのを想像すると、お腹の底が熱くなってきた。


 うん。抱くのは問題なく出来そうだ。


 逆に抱かれる方は……経験がないが問題ないだろう。ただ主人に経験はあるのだろうか? ないのであれば導いてやらねばならないだろう。


 香油等は持っているのだろうか? 


 とりあえず、どちらが希望か確認してからにしよう。


 主人がベットに入ったようなので、確認する為にアレクもベットに上がる。


 随分端っこにいるなと思ったものの、近づいたら既に眠っていた。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 見つめても全く起きず深い眠りに就ついているようだ。


 襲って欲しいのか? と、そういうプレイを希望なのかと一瞬思ったが、常識が全くない主人だという事を思い返し、もしかしてベットに上げる意味も知らずに純粋にベットで寝ろという意味で言ったのだろうかと思った。


 ひとまず、主人の意に沿うようにベットに寝そべる。


 起きている時のあの焦げ茶の瞳を見ていると何だか達観しているような目に感じ、それが見た目よりもずっと大人っぽく感じて不思議な印象を与える。


 ただ、今目の前にある寝顔は子供のようなあどけない寝顔だ。


 成人を超えているなんて嘘にしか思えない。


 あっさりした、自分たちとは違う顔立ちの主人。


 そんなあっさりした顔がアレクにはとても好ましいものに映った。


 とりあえず、主人のベットに上げる意図は分からないが、ベットの端に寄りすぎている為、真ん中に引き寄せアレクも眠る事にした。


 認識のすり合わせは明日行えば良いだろう。


 久しぶりに幸せな気分で眠れそうだと、泣いて少し腫れた目蓋を閉じると深い眠りについたのだった。

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