賎奴隷とは

 あの澄んだ目を持つ誇り高い気高い狼のようなアレクが犯罪者?


 驚愕で、声が出ない。


 目の前では、綾人の反応を少しも見逃さないようにしているかのようにアレクが昏い目でじっと見ている。


 綾人は驚きで、声が出ないがアレクの昏い目の中に諦めと悲しみが入っている事に気が付いた。


 ――何か事情があったんだ。


 唐突にそう思った。

 綾人は一時期人間不信に陥っていた時、1人で町に出てはぼーっと色々な人を見ていた。

 そして気がつけば、大体目を見ればその人となりが分かるようになっていて、これが割と当たるのだ。


 綾人は自分の感覚を信じる。日本に住んでれば、冤罪の話を聞く機会など多くある。


 あんなに科学技術が発達した世界でも冤罪は絶えることがないのだ。この魔法の世界に無いとは言い切れない。


 それに、例えアレクが大悪党だとしても、この誇り高き狼のような澄んだ目を持つアレクの味方が何人か居ても良いのでは無いだろうか。


 綾人だって犯罪に手を貸す気は全くないが、会って半日もしないアレクに魅了されている自分がいて、アレクの心ごと救いたいと思う自分がいる。


 綾人はそっと椅子を立ち、ゆっくり座っているアレクへと近づく、アレクは椅子に座りながら顔だけ動かして綾人をじっと見ている。


 綾人とアレクは向かい合う。綾人が立っている為、今は綾人の方が背が高く、アレクは綾人を少し見上げている。


 綾人はそっと両手を差し出しアレクの頭をそっと触ると胸元に包み込むように抱きしめ


「辛かったね」


 と言った。


 綾人はアレクの過去に何があったかなんて分からない。ただ、昏い目の中の諦め悲しみの奥に”助けて”とすがる光を見たような気がしたのだ。


 そうしたら自然と出てきたのはその一言だった。


 暫くアレクの赤髪に何度も指を通しては撫でるようにすく。


 じわっと胸元が湿ってきた。アレクが泣いているのだろう。


 まさか泣くとは思わず少し驚いたが、安心させるように、何度も何度もアレクの燃えるような赤い髪をすいた。


 ……湿ったのは涙だよね? 鼻水だったらちょっとやだなぁ。


 そんな事を思いながらアレクが落ち着くのを待った。


***


 すっかり落ち着いたアレクは胸元のボタンを再びしめて、すまし顔で椅子に座っている。


 目元だけが赤く、泣いた後というのが丸わかりなアレクが可愛い……って、男相手に何を思っているんだ俺は! とちょっと焦った綾人だったが、改めて綾人もアレクに自己紹介をする。


 今更だけど、名乗ってすらいなかったからね!


 アレクの事情は聞かなかった。基本的には俺はスローライフを目指しているから話したくなければ話さなくて良いと思っている。余計な情報を入れたが為にスローライフを手放すなんて事もしたくないし。


 ……もう既に厄介ごとの臭いがするなんて気のせいだ。


 そして、賎奴隷の誰でも知る常識についても聞いた。普通は賎奴隷の奴隷紋も、見えるところに刻印されるらしいので、アレクは特殊パターンのよう。賎奴隷紋には誰もが知っている共通の呪文があり、魔力を込めて対象に向かって呪文を唱えると、5分間心臓が締め付けられるような痛みが走るらしい。


 ……異世界の奴隷事情がマジ怖い。


 それから、奴隷紋除去が、1,300万Gしたのも賎奴隷だったかららしい。一般的に首元にある奴隷紋の除去だけだったら300万Gするかしないかのようだが、賎奴隷だけは行政手続きがあるようで、一般奴隷のように簡単には平民にする事は出来ない。


 ……まぁ、犯罪者を簡単に野放しに出来たら怖いしね。


 ただ、中央に強いコネがある一部の奴隷販売所では、お金さえ払えば秘密裏に除去が可能だそう。


 ……手間が省けたからラッキーなんだろうけど、なんとも言えない後味の悪さ感が。。。


 その辺りの奴隷事情を聞いて綾人は、眠さがまさって、他の話は次の日に回す事にする。


 異世界転生に強制ハイキングに奴隷云々と1日の内容が濃すぎて、さすがの綾人も脳がこれ以上の情報は入れるなとシャットダウンを求めていた。


 お風呂又はシャワーも浴びたかったが、浴室なんて物が無かったので、その辺の事情は明日に回す事にする。


 そして、始めに戻るベット問題。


 ベットが2つ無いのなら、同じベットに寝るしか無い。


 綾人的に奴隷とはいえ、明日からお世話になる人を床で寝させるなんてあり得ないのだ。


 アレクにしては珍しく抵抗していたようだが、綾人の眠さの限界も来て、何度も欠伸を噛みしめながら、半ば命令のように言ったら、諦めたのか眠る準備を始めていた。


 ベットはこの世界の住人に合わせてかとても広いのだ。小柄な綾人とアレクが寝る分には全く問題ない。


 眠すぎて後半何言ったか覚えていないが、とりあえずベットに横になった瞬間、寝落ちた。


 ……人生の中で眠りに落ちる最速スピード記録を更新した気がする。

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