7. ダサセーターの日(千秋)
「千秋さん」
大学から帰ってくるなり珍しくバタバタと駆け足で駆け込んできた凪が、何やらやけに機嫌良さげに台所に入ってきた。
本日のメニューはもはや定番となってしまったコロッケとグラタン。今はちょうどじゃがいもを茹で終えて、炒めた玉ねぎと挽肉と混ぜているところだった。その匂いを嗅ぎつけてきたのだろうかと思ったのだが、千秋の前にぬっと何かの包みが差し出されて、どうやら違ったらしいと認識を改める。
「何だ、クリスマスにはまだ早いはずだが?」
「さすがの僕だってクリスマスの日程くらいは把握してますし、あわてんぼうのサンタクロースほど迂闊じゃないですよ」
やけに陽気な様子から、何やら企んでいるらしいことは予想がついたが、そこまで上機嫌な凪も珍しい。我ながら甘いな、と思いつつ、千秋は料理の手を止め、手を洗って包みを受けとった。
見慣れたファストファッションブランドの簡素なラッピングを開くと、中に入っていたのは、紺色をベースにしたセーターだった。何となく、その先の展開が読めたが、折り畳まれたそれを広げて、呆れるより笑いが漏れた。
紺ベースの
「流石にひどいな」
「え、なんかあんまりサプライズになってない⁉︎」
「まあ、十二月の第三金曜日だしな」
欧米では毎年クリスマスの時期に、祖母が孫たちに手編みのセーターを贈る慣習がある。そのセーターがもれなくダサく、子供たちにとっては苦い思い出になっているのだという。それをネタにして楽しんでしまおうというのがアメリカで始まった「クリスマスダサセーターの日」らしい。
「くっ、これだから季節ネタ探しに貪欲な作家先生ってやつは……!」
がっくりと肩を落とした子供じみた態度にさらに千秋の頬が緩む。サイズはちゃんと千秋に合うものを選んできたらしく、着てみれば暖かそうだ。
「デザインはひどいが、つくりはしっかりしてんな」
「お、気がつきましたか? 一応薄いのから厚いのまでバリエーション結構あったので、一番あったかそうなやつを選んできましたよ!」
「言っとくが着ないぞ」
「え、この流れで何で⁉︎」
「ここで俺がこんなダサいセーター着て何が楽しいんだよ?」
「僕が楽しいです」
「本当にか? ちょっと想像してみろよ」
千秋がそう言うと、本当に想像したらしい凪が、何やら腕組みしながら難しい顔になる。それからじっと千秋の顔を見つめてため息をついた。
「……せめて櫂を誘えばよかったですね」
「絶対着ねえけどな」
「ええ⁉︎ 櫂ならめっちゃ喜んで着てくれそうなのに」
確かにあの子犬のような青年なら自ら喜んで着てくれそうではあった。ついでに、何だかんだ彼に甘いパートナーの方も押し切られていそうでもある。
「想像してみろ、俺と湊さんが二人でそれ系着込んでる姿を」
「……怖ッ!」
遠慮のないセリフに軽く頭を
「こっちの方が楽しいな?」
言いながら、凪が着込んでいた茶色のセーターを引き抜いて、上からダサい大きなセーターを被せる。
「ちょっと、千秋さん! せっかく千秋さんのために買ってきたのに!」
「俺としちゃあ、こっちの方が楽しい」
凪は決して小さい方ではないが、それでも千秋の体格と比べればかなり細いし、何より袖が余っている。柄はダサいが、ざっくりしたタートルネックから覗く細い首筋と、長い袖のせいで指先しか見えない様子はいわゆる——
「萌え袖だな」
「その顔で萌えとか言う⁉︎」
「可愛いぞ。丈もだいぶ余ってんな。何なら下も脱——」
「こんのエ……!」
続く暴言は、例の如くとりあえず塞いでしまうことにした千秋だった。
——その行動がますますそれだと言われることは覚悟の上で。
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