三話 完璧なサプライズ計画

 あれから翌日、来たる十二月二十四日。

 本日はクリスマスイブである。


 通常、クリスマスでは主に二種類の人種に分類される。


 一つは、恋人や家族など大切な人と共に過ごすクリスマス。

 ケーキのように甘く、雪のように溶けてしまうような濃厚な時間を最愛の恋人と過ごす者。又は唯一無二、血の繋がりのある親愛なる家族と美味しい手料理を囲み一家団欒。

 両者共に、笑顔絶えまず過ごす彼ら彼女らはまさしくリア充と言えるだろう。


 他にも例はあるのだが、まぁ何が言いたいかというとエンジョイ勢ってことだ。

 イェ〜イ!楽しんでるぅ〜?みたいな。


 他方、もう一つは、悲しみに明け暮れたボッチクリスマス。

 友人もいなければ恋人もいないぼっち諸君。何が聖の六時間だと、ふざけんな殺すぞと血涙を流しながら、この世全てに絶望する者達。

 そんな彼らはリア充どもが色々とお楽しみの中、家で一人スーパーで安売りされたチキンとス〇ゼロで乾杯し完敗する。


「あぁ、今日もいい朝だ」


 そんな天国と地獄に別れるイベント前夜祭。

 朝の冷え込む寒空の下、清々しい笑顔で一人呟く男がいた。

 それは、ブレザーな学生服に身を包んだ少年。その声からは昨日、BARでオレンジジュースを嗜んでいた厨二男その人。


 唐突だがこちらの厨二山田、年齢=友達がいない歴を誇る正真正銘ぼっち男である。

 そんな彼がクリスマスを迎えるとしたら、先ほど例に挙げた二種類のうち、どちらに分類されるだろう。

 多分、誰もが後者だと十中八九口を揃えて回答するのではないだろうか。


 確かに、去年までの彼ならば正解も大正解だった。

 しかしながら今年の彼は一味違う。

 なんと今年の夏頃に彼女という救済が現れ、ぼっちな彼にも春が訪れていたのだ。

 青天の霹靂である。


 肝心のお相手は一度たりとも交流のなかった同級生。挨拶すらしたことのない相手である。

 だがしかし、これにはもう普通顔のぼっちは大歓喜であった。

 怪しさ極まりない相手ではあるのだが、同じ学校に通う仲間という点から山田は二つ返事で受け入れていた。何よりも「彼女がいる俺」という肩書きが魅力的すぎたのだ。


「フッ。今夜はホワイトなクリスマスになりそうだ」


 濃く濁った曇り空を眺めながら山田はニヤケつく。

 今日はクリスマスイブ。例の愛しの彼女とクリスマスパーティーが控えている。

 場所はなんと彼女の住むマンション。以前から何度かお邪魔したことがあるのだが、どうやら彼女は一人暮らしのようだ。

 これは、もしかしたらもしかするかもしれない。


 ドキドキ、ワクワク。明日は男として一皮剥けたニューヤマダ、否、νヤマダに進化を遂げていると思うと居ても立っても居られない。

 高鳴る鼓動が、童貞のそれをこれでもかと掻き立たせる。


 あぁ、早く放課後にならないかな。


 期待いっぱい。夢いっぱい。

 軽い足取りで普段より早く登校するνヤマダ擬きだった。



 ーーーーーーーーーー



 同日放課後。

 ただいまの時刻午後五時過ぎ。


 彼の今いる場所は、彼女が住まうマンション宅前。

 例によって本日の科目が終了後、SHR(※ショートホームルーム)を済ませた山田は我先にと学校を飛び出していた。


「…………」


 その手には、コンビニ袋と何やら大きめの真っ白な正四角形の箱が握られている。

 更に言えば、本日に合わせて事前に購入していたプレゼントも通学用鞄に絶賛待機中。


 箱の中身は、四号サイズのワンホールケーキ。こちらに来る途中、確保してきた予約の品である。

 インターネットの普及により、多種多様な情報を可視化できるようになった昨今、それは洋菓子店の評価などちょっと調べればすぐに丸裸。

 無論、こちらの山田も今回のクリスマスに向け、隅から隅まで目敏くケーキ屋さんの評価を調べ尽くしていた。それはもう血眼になる勢いで。


 童貞は脱童貞のためにかける労力は惜しまないのだ。


 そしてやっと見つけました口コミ評価4.9。

 もうこれだと、これしかないと意気込んだ山田は、早速電話予約開始。

 電話した当初、相手の女性店員から「もしかしたら枠がないかもしれません」と不穏なことを言われ、冷や汗を掻いた彼。

 それも束の間、どうやら店長に確認を取ってくださるそうで、数分の末に伝えられたのはなんとご予約承りましたの旨。


 これには山田も思わずガッツポーズ。


 しかし今月中頃、急に彼女から「二十五日にどうしても外せない用事があるので、二十四日にして欲しい」と伝えられた時は、またもや焦る。

 急遽店舗に電話したところ、一日ズレならなんとかなります、と快く承諾してくださったあの優しさは今でも忘れない。


 名も知らない女性店員さん、本当にありがとう。

 甘味類はそこまで好物ではないが、今後は贔屓にさせていただこうと思う。

 二つの意味で思わず涙がほろり。

 受け取る際のあの笑顔が、煩悩に塗れた童貞の邪な心を抉ったのは秘密だ。


「…………」


 そんなこんなでマンション前にいる彼だが、実は彼女とのクリパにはまだ早い。

 正式な時間は決まっているわけではないが、こちらから適当な言い訳を述べていたことで、午後八時以降からと互いに折り合っていた。

 これに関しては彼女も部活があるとのことで、これといって問題にはならなかった。


 そのため、今は三時間ほど空き時間が生まれている。


 ではなぜこれほど早く山田が開催場所に足を運んだのか。

 まさか時間を忘れてしまったのか。

 安心して欲しい。そこまで認知に障害を患っているわけではない。


 結論から言うと、この度山田はサプライズを仕掛けようと目論んでいる。


 作戦はこうだ。

 彼女の家に侵入後、目ぼしい場所へ隠れ山田は待機。

 目標が帰ってきたところでメリークリスマスすると同時に、プレゼントとケーキを進呈。

 彼女は嬉しびっくり。山田も喜んでもらえて嬉しい。


「…………フッ」


 あぁ、なんて素晴らしい作戦なんだ。

 思わず笑みが溢れる。


「…………いくか」


 今夜は山田にとって忘れたくても忘れられない一日になりそうだ。

 輝かしい自分の未来に一歩踏み出した。

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