Acceleration Battle
街の門に到着してすぐ、リアは衛兵のような人物に話しかけ、俺を入れて貰えるように頼み込んでいた。
その後、説得が効いたのか衛兵が一人どこか街の中へと走って行き、数分後、体格のいい男を連れて帰って来た。
「……パパ」
パパ、ということはこの人物はリアの父親なのだろう。かなり厳つい見た目をしているのでかなり恐ろしい。
あんな可愛らしい少女の父親がこんな巨漢だなんて、誰が想像できようものか……。
「リアから話は聞いた。この街の長をしているアリオスだ。娘の命を救ってくれたこと、感謝する。……だが、お前さん、何者だ? オレにはどうもお前さんが強そうには見えん。あの狼を単身五匹も撃破したってのはにわかにも信じ難い話だ」
がっしりとした両腕を固く組んだ巨漢、この街の長たる男 《アリオス》は、何か怪しいものを見るかのような目で、俺を睨む。
「近頃、隣の村で魔族が出たって話もあるくらいでな……この街の住民以外で、ここを出入りするヤツにはちと確認をさせてもらっている訳だ」
「俺は……」
──言いかけたところで、俺はあることに気付く。
もしかするとここは、俺が魔族ではないことを証明する、ないしはその件の魔族を倒すかしないと入れてもらえない系のエリアなのではないだろうか? もし前者としたらどう証明すれば良いのやら──と、思案に暮れだした俺を呼び覚ますかのようにアリオスが口を開く。
「とはいえ、お前さんはうちの娘を助けてくれた恩人だ。困らせちまうのも良くないかもしれんな」
「……え?」
予想だにしていなかったその発言に思わず間抜けた声を出してしまう俺を見て、アリオスは豪快に笑う。
「恩を仇で返すつもりはねぇよ。お前さん、名は?」
「俺はツユキ……一応、冒険者とかの類い……なのかな」
俺の返事に対して、アリオスはどこか驚いたような表情を見せる。俺は何か、変なことでも言っただろうか?
「ほう? ツユキ……か……」
俺の名乗りに対して、辺りがざわめき始める。もしかすると、同名の人物が何かしらこの地域でやらかしてくれたのか? だとしたら結構なとばっちりというか……。
「お前さん、この街の英雄の名を名乗るとはな。……それは、知ってのことか?」
この街の英雄……当然、俺がそのようなことを知っているはずがないのだが、何故かその響きに覚えがあった。
あと少しでそれが何だったのか思い出せるような気はするのだが、しかしどうも思い出しきる直前になって消えてしまう。
「この街、虹下街 《ラルカンシェル・カスケード》においてその名はちと特別だ。……かつてここが城下町だった時代、敗北続きだった弱小軍を逆に勝ち続きにしたっていう、とんでもねぇ軍師であり、最強の剣士だからな」
──それ、俺本人な気がするんですが。その弱小軍、スターレスって名前じゃないです??
先ほどなぜか英雄というフレーズに覚えがあるように感じた理由は、まさに今のアリオスの発言通りであった。
俺がかつてのめり込んでいたあのゲーム、《スターレス・レギオン》で確かに俺……というかプレイヤーは、ゲームのメインストーリークリア後に英雄と呼ばれるようになる。
多分、彼が言っているのはそのことなんだろう。
だが、あの王国の名前はラル……なんたらじゃなく、レインボウ・フォールズだから、別物のはずで……。
そのことを訊ねようかと考えたが、下手なことを言えば追い出されてしまいそうな雰囲気があるので、それは諦めることにする。
……いや、そうじゃない。何故、俺の名前が英雄としてこの街で語られているんだ?
いくら俺が、この街の特徴に激しく類似しているゲームを莫大な時間──AI搭載のNPCとの会話をしたり、模擬戦を様々な縛りで繰り返したりと、ゲーム本編とは関係のないところでさえかなり楽しんでいたため、恐らく合計時間は二千時間を優に超えるほどだ──プレイしていたとは言え、それでどうして俺が公式に認知されるようなことがあろうか。
……いや、一つあった。そういえばスターレス・レギオンは本来、ソロプレイ用なのだが、公式リアルイベントにて、対戦モードが一度だけではあるが解禁された。それのトーナメント形式の大会で俺は確か優勝者になったとかなってないとかだったような……。
こんなに似ている……というか、今思い出したが俺の開始地点のあの遺跡、あの世界で俺と共に戦った、戦友とも言える人物の名が刻まれた石碑があるのだ、きっとあのゲームの開発者がインタビューか何かしらで触れているのではないだろうか。
メニュー画面を起こし、メニュー下部に存在している腕時計のようなものが描かれたアイコンをタップ。すると、表示されていたメニューがVALDの操作に移動する。そこから検索エンジンを開き、『Crossing Worlds 義松 慎』と検索。
義松 慎とは、スターレス・レギオンのシナリオや設定などを作り上げた人物だ。
なぜそんなことを覚えていたのかは分からないが、これもまた、俺がスターレスを気に入っている証拠なのかもしれない。
一番上にヒットした記事を開いてみると、それは義松さんのインタビュー記事だった。
それを自分でも信じられないほどの速さで読み進めていくと……。
──あった。
要約するとネストピアの南西端にあるマップはスターレス・レギオンの街や周りの地形などをモチーフとしている。
その街には、かつて大会が開催された際、圧倒的に実力がトップであった当時十代の少年の名が英雄として語られているという設定及びシナリオがある……とのことだ。
名と、当時の年齢的に考えてその少年とは間違いなく俺だろう。いや、今も俺は十代なのだが。
つまり、俺がちょうどここに来られたのはまさに運命といえるものなのではないだろうか。
「……どうだろ、それ……。もしかしたら……」
あの世界でやり残したことがまだあったのだ。もしかしたら、この世界ならば、その続きができるかもしれない……。
「……お兄さん、さっきから怖い顔してるよ? 大丈夫? やっぱりあの怪我が……」
俺のどんどん深まっていく思考を止め、想像の世界から引き戻してくれたのはリアだった。このままでは危うく、長々と想像の世界へ入り込んでしまうところであった。
「いや、怪我は問題ないよ。……ただ……」
返しながらに、前方の人物を確かに睨む。
「あんたに認めてもらう戦いは、どんなもんかと想像していただけだよ」
「ほう?」
ニヤりと笑い、俺を見下ろすアリオス。その威圧感は、普通ならば逃げ出したくなるほどのものだが、ヘンに恰好を付けた手前、ここで逃げ出すわけにはいかなかった。
というより、ここで逃げ出してしまえば、しばらく拠点にできる場所がなくなってしまうのだ。近隣の村で魔族が~と言っていたのでおそらく探せば見つかるだろう。そこを拠点にすれば良いとは思うが、それがどの方向にあるかの検討もついていない以上、ここで認めてもらうしか最適な手段がないのだ。
「お前さんの実力がどれ程のものか、試させてもらおうじゃないか……と、言ってやりたいところだが、あの狼に噛まれたんだろう? 無理はするな。怪我してるやつをいたぶる趣味はねえからな」
──娘に似て、この親父さんもなかなかに心配性だな……。
噛まれて失血状態になって、HPが半分あるかないか程度、別にどうってことはないのに、これだけ心配してくるのに対して、彼らNPCと俺のようなプレイヤーとでは、命の重さが違うのだなと再認識させられる。
プレイヤーの場合は、死んでもスポーン位置を設定した場所で何度だって復活出来るが、彼らはそうではないのだ。現実世界の俺たちがそうなように……彼らはこの世界で、一度きりの命を生きている。
「この程度なら問題ないよ。そもそも、利き手じゃないし」
「……そこまで言うのならばオレは止めん。勝負は一撃先取でいいか?」
一撃先取。相手に一発でも大ダメージを与えられるような攻撃をヒットさせればよいというもの。これならば、今の俺の体力でも、受けて問題ないだろう。
「ああ、やろう!」
返事と共に、背中の剣を抜き、構える。……が。
「ここだと、派手な戦いはしにくい上に、ちと目立つ。場所を変えるぞ。ついてきてくれ」
「え……わかった……」
そんなお預けの声に、強者との試合を前にして高まりつつあったボルテージが急激に低下していくのを感じる。今のは、あのまま戦う流れだったろ! と、内心愚痴りアリオスの後を追う。
連れられて来たのは修練場だろうか、先ほどまで居なかったであろう数の衛兵が、俺とアリオスの対決を観に集まってきている。
衛兵たちの歓声が響く。まだ始まってすらいないというのに、とんでもない盛り上がりだ。
「そんじゃ、はじめるか。剣は片手剣でいいか?」
「ああ。変に癖のある武器よりも、シンプルな方が対人戦じゃやりやすいからな」
返すと、アリオスは衛兵の一人に持ってこさせた木剣を俺の方へと放り投げてきた。
これを使えという意味であると素早く察した俺は、それをキャッチし、構える。
アリオスの鈍色の双眸が俺を確かに捉える。その尋常ならざる威圧感に怯みかけるが、それでは一瞬で負けると自身に言い聞かせ、何とか耐える。
早くこの男と剣を交わしたいという衝動が、緊張を消し去っていく。次第に周囲の音も意識から外れ、相手の構えを窺うことだけに集中する。
「ふん!」
次の瞬間、目の前の空間が爆ぜた。
正確に言えば、アリオスがあり得ないほどの速さで、突進からの上段斬りを放ってきたのだ。
「うわっ!? 威力どうなってんだ今の……」
何とかそれに反応できた俺はバックステップで距離を取り、回避に成功する。
滅茶苦茶な威力を見せたその技は、後隙が大きいはずだ。やるなら今しかない。
「らあ……っ!!」
火力の最も高い一撃をこちらも放つ。だが、この一撃が当たるとは思ってはいない。あの化け物じみた力を見せたこの男だ。きっと、この攻撃を捌いてくるに違いない。
激しい反動が、俺の持つ剣を通して、肩まで……いや、全身に響く。
さすがはこの男。剣での反撃は難しいと見たのか、拳で俺の攻撃を相殺してきた。
そんな芸当を見せてくる相手に、俺は喜びすら感じる。
剣と剣がぶつかり合うたびに、その速度は上がっていく。
止まることを知らず、加速し続けている。
「まだだ……っ!! もっと行けるッ!!」
「面白い……全力で相手してやろう!!」
──楽しい。この戦いは、この一言に尽きる。俺が必ず、勝ってみせる!
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