ビリビリビート

海の字

前哨戦編

第1話 戦情に溺れて

『自分探し』なんて言葉がある。僕は不運にも、戦場でじぶんを見つけてしまった。

 友情、愛情、痴情は意味をなさない。だけが僕の喜びのすべてだった。


 昭和二十年、三月某日。

 米軍が拠点とするマリアナ諸島と日本本土の、ちょうど中間地点に位置する火山島にて。太平洋戦争屈指の激戦が繰り広げられていた。


『硫黄島の戦い』


 のちにそう呼ばれる戦場において、自軍の約二万人九分九厘が散華してなお、わらう歩兵が一人。

 

 いざ踊らんや、オドらんや。おどろおどろの『八尾やんま』。


 銃を構える、トリガを握り、歓喜の銃声、ピカリと光った! 

 敵兵に命中。死に行く彼のまなじりは驚愕と虚ろの狭間。それがどんな景色よりも美しく思えて。


「うぅ」


 無骨なこしらえからとき放たれる軍刀、渇きを示さんとギラ。

 たたき割る、たたき割れ。鉄も、頭蓋も、脳をも一太刀まとめて

 手のひらへ直にきた感慨、ゴクゴクゴク、満ち満ちて。


「うぅ!!」


「突撃ー!!」

 よい命令、上官に感謝を。

 さぁやんま、馳走ちそうをゴチだ。


 暗い塹壕飛び越え。「おべそかい?」銃撃の雨に晒された。

 死がこびんをかすめた。

 嗚呼──。


「たまらない」


 セイの実感すらなまぬるい。より神聖で卑猥な悦楽。頭ん中がパチチです。


 肉叢ししむら細胞内小器官オルガネラが絶頂、細胞膜を突き破ってはじけた。神経系がたわむ、感覚器はバカになる。なぜ甘露を味覚? 脳内物質過剰分泌、前頭葉でモルヒネと交雑するように──。


「ビリビリ、鼓動!!」


 興奮ではらわたを煮れ、たぎりよ脳まで届け。するともう、殺すしかなくなるじゃん?

 他人の血で水冷するしか、熱は冷めようがないのだから。


 死体を盾に射線をくぐり、塹壕、米兵の群れ中へおり立つ。多勢に無勢、なのでほいな。手榴弾てりゅうだんをおいてみました。


 するとどうだ。益荒男ますらおどもが蜘蛛の子をちらすみたいに逃げた。

 塹壕の壁に軍刀を突き刺し、銃口を乗せ安定姿勢、どタマへ標準。 

 顔面をお洒落にしてあげて!? 引き金しぼり、赤黒く花弁が舞い散った。 


「シッ──」

 

 軍刀を投擲、ほどよく逃げた敵兵の脚部を貫いた。倒れ込んだ彼へ向け、「ヒョイと」榴弾を蹴る、炸裂、即殺。


「Hello!」

 喜色満面の米兵がすり寄る、手にはナイフ。

「ども」


 戦場、実は出会いの場であったり。ときたまいるんだ、社交的なヤツが。


 彼も足下に手榴弾を落とした。

It's up to you君次第だ

 歩兵銃をあえて捨て、拳を構える。

「楽しむとしよう」


 愉快に♪


 ナイフが閃く。すんでで躱し、反撃、鼻頭に強烈な打撃を見舞ってやる。次にこめかみ顎先肝臓と一度二度。


「あっは!」

 鍛え抜かれた彼のからだ、何て硬さ、まるで殴った気がしない!


 振り下ろされた凶刃。どうにか腕を掴んで御する。すかさず軍靴を踏み抜き、右指の骨を砕く。


「Shit!!」


 米兵はナイフを落とし逆手に持ち替えた。臓物をえぐられるまえに離れよう──、「I love you」胸ぐらを捕まれた!?


 膂力りょりょく、あちら。

 胆力、あちら。

 能力、あちら! 

 

 ので死にます。

 了解した、意識を切り替える。


 八尾やんまは戦争が好きだ。つまり八尾やんまは──。

「勝つことが好きだ!」


 懐に隠していた、僕はためらわない。

 

 ──バン。


 歩兵銃を捨て、ナイフ相手に徒手空拳で挑んだのは、決闘で飛び道具を使うような大和男児でないと思い込ませるため。奴から拳銃という選択肢を払いのけるため。


 戦争が好き。手段を選ばなくていいから好き!


 銃弾は左大腿部に命中、体制が崩れた。


「さらば」

 前蹴り、米兵を榴弾の上に転がす。

 動いてしまわないよう、足で蓋。のべ三秒。


「Nooooooooo!!??」 

 爆発、足裏がビリつく。米兵、ぐちゃぐちゃの内容物を吐く。

 

 興味はすでに移ろった。

 銃を拾い、刀の元へ歩む。引き抜き、振って血払う。戦況は──。


「はい、負けです」


 いましがた最後の日本兵が白旗を掲げ、米軍がこれを射殺。

 あなぐらの奥、上官サマは切腹なされただろうか。


 あまり関心はなかった。

 なにせこの島が堕ちたなら、いよいよだ。

 泳いでいけるのかな。


「どたん場どたん場~」

 一、二と、伸びを。


 ──駆け出す。


 終幕に呆ける兵士達の首をそいでいく。むろん掃討射撃敢行。


 これは個人的な話なのだけれど、銃声って、つづみの音色に聞こえない?

 ドンドン、胎児のころ聞いた、外界の音にも似た。

 ひどく耳に心地よくて、懐かしいよね。

 

 逃げることに迷いはない、誇りは重荷だ。

 塹壕に飛び込んで、できるだけ撃たれにくい走法で。

 もち、死ぬときは死ぬ。


「怖いなぁ」

 僕だって一応人並みの恐怖心はある。

 むしろなくさないため、必死に抱きしめています。


 怖い方が『ゾクゾク』だろ?


 つくづく僕の居場所は戦場だ。こんなにも楽しい所は他にない。

 生きる喜びも、死ぬ悲しみも。戦場がすべてを教えてくれた。

 人という獣の正体も。僕というの救われなさも。


 八尾やんま。


 ガダルカナル島の戦い、サイパン島の戦い、ペリリュ島の戦い、硫黄島の戦い、そして沖縄。

 負け戦のすべてを最前線で戦い、これに生き延びた。


 僕は不運にも、戦場でじぶんを見つけてしまった。


 地獄と呼ばれるものがあるのなら。

 僕にとって『平和』がソレだ。

 日常に座はない。


 だからどうか永久とこしえに。

 極楽焦土が続きますようにと──。




 終戦から八十年、令和八年現在、日本において実質的な戦争行為は、ついに行われなかった。

 よわい百を超えたワシは。


『栄光のとき。若かりし頃。かつてに』


 ──日々に怯えていた。 


 ピカッ。

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