おやすみMONDAY
香久山 ゆみ
#1
犯人捜しが始まった。
だから嫌だったんだ。来たくなかった。でも来てしまった。山の中。貸切のロッジ。ここにいるのは会社の同僚の男たち、俺を含め四人だけだ。
いちばん先輩の一ノ瀬がちらりと俺を見る。疑っているのか。そんな目で見られたって、俺は知らない。くだらない。
「やっぱり、お前じゃないのか。怪しいなー」
一つ上の定岡が冗談めかして言う。一ノ瀬の代弁のつもりか。こんな所でまで太鼓持ちを発揮して、ご苦労なことだ。
溜め息を堪えて、同期の田中に視線を向ける。助け舟を出してくれるかと期待したが、「そうっすねー。こいつが怪しいですよねー」なんてへらへらしている。くそ。
田中に誘われて、三連休を会社の同僚と過ごすことになった。いや、もともと行くつもりはなかった、というか、そもそも誘われていなかったのだが、行く予定だった奴が一人ドタキャンしたもんで、穴埋めに俺が誘われたわけだ。普段なら、休みの日まで同僚と過ごすなんて断るところだが、思うところあって誘いに応じたのが間違いだった。
もともと人付き合いが苦手で、人間関係が希薄だ。仕事に差支えが出るほどではないが、時々はこのままでいいのだろうかと自問自答したりする。いや、正直に言おう。寂しい、と思うことだってある。そんなタイミングで誘われたものだから。ついのこのこついてきてしまった。
しかし、たまに輪に入れば、やはり馴染まない。
窓の外では、到着した一昨日からずっと、雨が降り続いている。山の中ということもあり、ロッジの中は薄暗い。
どんより重い空気。天気のせいか。俺のせいか。それとも。
「だってさあ、前にオレたち三人で伊豆に行った時はこんなことなかったもんよ。なあ」
俺の不機嫌に気付かないのか、定岡が続ける。一ノ瀬も意地の悪そうな視線を俺に向ける。
「そうっすねー」
へらへらと田中が返事をする。最悪だ。この場は苦痛以外の何物でもない。くだらない。
田中の俺に向けた視線の意図には気づいている。――お前も、この冗談に乗ってへらへらしていろ。この空気を壊すな。
だから、俺も笑顔を作ろうとするものの、どうしても引きつってしまう。田中は、このくだらない冗談に付き合うことがコミュニケーションだという。俺には意味が分からない。この、終わりのない犯人捜し!
早く彼女が来てくれることを祈る。小花さん。うちの課のマドンナ。容姿端麗、頭脳明晰。彼女さえ到着すれば、すべてが解決するのだ。
「あー、早く小花さん来ねえかなー」
定岡が声を上げる。他の者たちも同じことを考えていたようだ。
「なにせ、今回ついに小花さんも参加してくれるってんだから」
「念ずれば通ず、だ」
話題は小花さんへと移行し、矛先は俺から外れたようだ。
毎回イベントの度に誘うものの、やんわり断り続けてきた小花さんだが、今回は初めてこの旅に参加してくれることになったのだとか。けど、野郎ばかりの泊まりは遠慮して、最終日だけ合流するという、堅実ぶり。それが嫌味にならないあたりが憎い。
かくいう俺も。ヒロインの登場を待ちかねている。彼女なら、きっとこの状況を打開してくれるはずだ。
と、ロッジの前に車が止まる音がする。
男たちはいそいそと玄関までお出迎え。扉が開き、小花さんが顔を出す。雨も吹き飛ばすような爽やかな笑顔で。
「遅くなって、すみません」
「いや、せっかく来てもらったのに、こんな天気で申し訳ない。どうやら俺のせいみたいで」
彼女の私服姿に見惚れる先輩方に代わって、挨拶を返す。
「俺のせい?」
小花さんが不思議そうに小首を傾げる。愛らしい。
「はい。どうも俺が雨男のようで」
そうなんだよ、こいつのせいでー。この雨の犯人だよ―。と、定岡が俺をディスることで自らをアピールする。うざい。ふふ、と小花さんが笑う。
「でも、もう大丈夫ですよ。雨、やみそうでしたから」
あ、ほらやんでる。玄関扉を開けた小花さんが声を上げる。彼女のうしろに、真っ青な空が広がる。
「ね。大丈夫ですよ。私、晴れ女なんで」
そう言って、俺に笑顔を向けてくれる。
ほら、彼女が来たらすべて解決だ。
けれど、あの謎はまだ――。ずっと断り続けた集まりに、今回に限って彼女が顔を出してくれた理由を、この時の俺はまだ知らない。
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