第24話 出張は漆黒の刺激

 もうちょっと若い頃の出来事

会社の敷地の端っこに社宅がある。実際に社宅して住んでいる妻帯者はおらず、海外研修生が主に住んでおり、少数の独身者がひっそりと独身寮がわりとして使っていた


私はそこで一人暮らしを謳歌していた

そこは地方の陸の孤島。バスは1日2本

新幹線での出張という時は、前の日に朝来てくれとタクシーを予約をする

築30年4階建て摩天楼下までタクシーは来てくれる


その日は東京工業大学で開催される溶接学会への出張だった。他人の発表を聞くだけだ

 高尚な事はよくわからないが、自分のやってる仕事の範囲の技術はわかる。そんなレベルだった私は先輩と新幹線の中で落ち合うようにしていた

朝のタクシーの気配を感じた時、私はまだ布団の中にいた

やばい。やってもうた。私は超高速で支度をし着慣れないスーツを着てドカドカと階段を降りタクシーへ乗り込んだ。ネクタイを車中でしめた。大丈夫だ。この素早さ。このリカバリーは大したもんだ


決められた新幹線に乗り込み自由席でくつろげた。先輩はこの車輌の何処かにいる


あれっと思った。足に違和感を感じる。妙に片足がスカスカ

私は自分の目が信じられなかった。左足を見ると黒い革靴、スカスカのほうの右足を見ると黒くてごつい安全靴だった

昨今あるようなおしゃれでカジュアルな安全靴ではない。まるで昔の造船所で使うようなごつくて真っ黒な安全靴。真っ黒だからこそ、寝ぼけた私は黒い革靴と認識した


玄関にいろんな靴が転がっていた。まさにカオス。そしてその靴の中から、左右の靴を選択した。それに少々ズレがあったとしても、誰が非難できるであろうか


靴を買っている時間は無かった

溶接学会史上、片足だけ安全靴を履いてきた聴講者は私以外にはいなかったのであろうと確信する


先輩が唖然とした事は言うまでもない

私は昼休憩の時間に、靴を買いに外へ出た


東京で、片足の漆黒が消え、両足共に茶色っぽくなった


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