2-4 Moonlight Love Game No.2

『ドゥルジ・シリーズ』――『混沌の蠅人間』に強化された蠅人間。


『混沌の蠅人間』、奴の趣味は『蠅人間を強化すること』だった。

 まことに不思議な趣味ではあるが、奴は蠅人間の帝王と呼ばれる存在。

 半端な常識で測れるはず、ない。


『ドゥルジシリーズ』が死ぬと体内から、強化の源である『ウジ』という生物が現れる。

『ウジ』は、生みの親である『混沌の蠅人間』のもとへ戻っていく性質があり、それが奴を探すための唯一の手掛かりなのだ。


 * * *


 車が停まったのは首都で一番大きな美術館の駐車場だった。

 私は零さんに続いて、美術館の入り口まで足を運んだ。


 そびえ立つ赤レンガの建物の門には黄色い立ち入り禁止テープが張り巡らされている。

 中からは、一切人の気配が感じられない。

 ここも、いつもなら人で溢れ返っているような所ではあるのだが……。


 私と零さんは、門前にいた見張りの駆除師に挨拶をして、美術館へ入っていった。

「この美術部では、不可解な失踪事件が相次いでいるんだ。美術館に入った人間が忽然と姿を消すらしい……」

「それをやっているのが、『ドゥルジ・シリーズ』なんですか?」


「あぁ、多分な」零さんは肯定した。

「実はな、前に何人か駆除師がここに派遣されたんだ。その唯一の生き残りが『ドゥルジ・シリーズ』だって証言してたんだ」


 唯一の生き残り――しれっと、怖いことを言ってきたので、私の背筋が凍った。

「あの……それって、私たち大丈夫なんですか。二人だけですよ?」

「……このぐらいで殺(や)られていたら、『混沌の蠅人間』なんか殺せないってことだ」


 急に正論を言わないでくれ、と私は心の中で呟く。

 まぁ、でも……。


 レンちゃんが生き残るには――どの道、蠅人間と戦わなくてはならない。

 ここから逃げて、私が生きていたとしても、レンちゃんが死んでいたら意味がない。

 私たちが、二人が生き残るには蠅人間に勝たなくてはいけない。


 ――敗北なんて絶対にあってはいけない。


 そう思いを込めて、エントランスへと足を踏み入れた。

 

 * * *


 室内は思いの外、広かった。

 チェック柄のタイルが床一面に敷き詰められ、壁があまりない。


 この中で蠅人間を探すなんて、骨が折れそうだ。

 私たち二人は広い廊下を通り抜け、企画展示室へいった。


「うわぁ……」

 部屋に入った瞬間、思わず呻いてしまう。


 別に芸術に感激した訳ではない。

 部屋に飾られている作品が不気味そのものだったからだ。


 お茶を飲んでいる貴婦人の絵、寝ている犬の絵……など、気持ち悪いぐらい写実的な絵が隙間なく壁にかけられている。


 これだけなら、まだ不気味じゃあない。


 問題は絵の額縁の裏から、赤い液体が絶えず流れ出ている所だ。

 液体は作品を汚しながら、滝のように流れ落ち、床を赤一色に染め上げている。

 こんなの普通じゃあない。


「随分と散らかしたな。こりゃあ弁償が面倒臭くなるぞ」

 ぴしゃっと、零さんの足が液体を踏む。


 それに続いて私も恐る恐る、一歩を踏み出した。

「うぅ……」

 冷たい感触が足裏に侵蝕し、叫びたくなったが、寸前でこらえた。


「新しい靴下買わないと……」

 そう思いつつ、零さんと共に部屋を進んだ。


 奥へいく度に、絵のサイズが大きくなっていく。

 その内容もバラバラになった人形だったり、腐れた女性だったりと、気持ちのいいものではなくなってきている。


 少しして、行き止まりに到達した。

 そこには、見てきた中で一番大きな絵が飾られていた。


 無地に髪や目などの顔のパーツの写真がコラージュされて、女の顔になっている。

 唯一、赤い液体は出ていないものの、今まで以上の薄気味悪さを醸し出している。


「ふん、無駄足だったか」

 零さんは絵に向かって毒を吐いた。


「こんな絵を見せて一体、何がしたかったんでしょうか……」


「何がしたいも何も、絵見せる以外に絵を飾る理由なんてあるか?」

 どっかから地雷が飛んできた。


「そうですねぇ」私は地雷を避けつつ応答した。


 見せたいから飾るか――もう一度、女の絵を見てみる。


 雑なコラージュ。

 口角が上がっている口の写真のお陰で、笑っているように見える。


 笑顔の絵なのだろうか……そう思っていると、写真の口角がさらに上がった。

 口角が……さらに上がった……?


 突然、パカっと女の口が開き、そこから巨大な手が出てきた。


「おまえ、下がれ!」零さんが私の方へ駆け寄る。

 しかし、虚しいことに、私の体が巨大な手に握られた。


「り、零さぁぁぁん!」

 そのまま、私は絵の口の中に引き込まれてしまった。

 その寸前で見たものはこちらへ手を伸ばす、零さんの姿だった。

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