第74話 アンと合流

 イヴァンさんたちは俺たちの滞在を快く了承してくれて、一ヶ月もいるならと部屋の布団を干したり大掃除をしたり、快適に過ごせるように手を尽くしてくれた。


 そして昨夜は早めに眠りについて次の日の早朝。俺たちはアンとの待ち合わせ場所である帝都近くの森の中にやってきた。


「確かこの辺だよね」

「そのはずなんだけど……」


 周囲を見回しても人影はない。森の中だし場所を間違えたかな……そう思ってさらに森の奥に向かおうと一歩足を踏み出したその時。


「きゃあぁぁぁ!!」


 突然レベッカの悲鳴が背後から聞こえた。それに驚いてすぐに後ろを振り返ると、そこにいたのは――レベッカとアンだ。


「もう、アン! 脅かさないで……!」


 二人の様子を見るに、アンがレベッカの目の前に突然姿を現したらしい。神域で俺たちを脅かそうと待機をしてたんだろう。


「ふふっ、ごめんね。二人の姿が見えて嬉しくて、つい悪戯心が湧いたわ」


 そう言って笑みを浮かべるアンは元気そうで、なんなら王国にいる時よりも伸び伸びとしていて安心する。


「アン、久しぶり」

「久しぶり。迎えに来てくれてありがとう」

「そんなの気にしなくていいよ。それよりも……なんだかアン、少しだけ逞しくなった? いや、逞しいというか健康的?」


 レベッカがアンの全身を見つめながら首を傾げると、アンは握り拳を掲げて得意げな表情を見せた。


「ええ、毎日鍛えていたの。魔法を主に使うにしても、あまりにも体力や筋力が心許なかったから。とりあえず山の中を歩き続けることも、魔物の攻撃を咄嗟に避けることもできるわ」

「それは心強いな。魔法は使いこなせるようになった?」

「そうね……この辺りにいる魔物なら一人で問題なく倒せるようにはなったわ。あと一応、全部の属性魔法を使いこなすことも。ただ苦手な属性と得意な属性に差があるのが今の課題ね」


 この数週間でもうそんなに実力を上げたのか……ちょっと驚く。眷属だということが大きく影響してるとしても、相当努力したんだろう。


「アン、凄いね! ほとんど戦いの経験がないところから、もうそんなに強くなったの?」

「ふふっ、ありがとう。強くなれているかしら」

「この辺りの魔物はかなり強いから、それを倒せるなら相当強いよ。ブラックベアやオークは倒せた?」

「ええ、少し苦戦したけれど倒せたわ」


 それは相当な実力だな。アンの実力によってはこのまま帝都に入らず待機していてもらおうと思ってたけど、そこまで魔法を使いこなせているなら加勢してもらわない手はない。


 となると、どうやってアンのことをエルネストに信頼してもらうかが問題だ。


「凄いね、やっぱり眷属は規格外だよ。……あっ、そういえばリュカと話してたんだけど、アンの特殊能力って何なの?」


 これからのことについて悩んでいると、レベッカがアンに気になっていた質問を投げかけた。


「特殊能力って、神様ごとに違う能力のことかしら?」

「うん。その能力のこと」

「俺は仮初の平和って能力なんだ」

「仮初の平和……って名前だけではよく分からない能力ね。私の能力は魂の再定着というものよ。まだ使ったことはないけれど」


 魂の再定着、何だか凄い能力な気がする。名前から受ける印象の通りなら……


「数日以内で死体が存在している場合、死者を生き返らせれるの」


 やっぱりそうか。仮初の平和もだいぶ強い能力だと思ってたけど、ミローラ様の能力も相当だな。


「生き返らせるって……そんなこと、本当にできるの?」

「まだやったことはないけれど、ミローラ様はできると仰っていたわ。ただ老衰の場合は無理だったり、体が欠損していたら難しかったりするから色々と条件はあるみたい。それに年に数回しか使えないわ」

「条件はあるにしても相当凄い能力だな……」

「私も最初に聞いた時には驚いたわ。リュカの仮初の平和はどんな能力なの?」


 それから俺たちは能力の話に加え、帝国に来てから今までで得た情報について全てをアンに伝えた。するとアンは真剣な表情で、俺とレベッカの顔を交互に見つめる。


「私もクーデターの手助けをしたいわ。ミローラ様もそれを望まれるでしょうし、私個人としてもこの国の人を助けたい」

「ああ、俺たちもアンに手伝ってもらいたいと思ってる。アンの力は貴重な戦力だからな」

「問題はアンについてどう説明するかだよね……」


 レベッカがそう呟いて俺たちが考え込むと、アンは顎に手を当ててゆっくりと口を開いた。


「それなんだけれど……そのエルネストという方に、私のことをアンリエットだと打ち明けるのはどうかしら?」


 アンからの大胆な提案に、俺とレベッカは少し固まってしまった。しかし頭が働き始めると、案外悪くない策かもしれないと思えてくる。


「エルネストは帝国の上層部に対抗している存在だから、その上層部に振り回された形のアンのことを告げ口はしないか」

「そうだね……エルネストがアンのことを信用してるって言えば他の人は受け入れてくれるだろうし、エルネストだけに伝えるのはありかも」


 アンが実は魔法にかなりの才能があって、その力を駆使して落下した馬車の中にいても助かったということにすれば、そこまで不自然さはないだろう。


 そして無理やり嫁がされそうになったアンが帝国の上層部を嫌っているということは疑いようのない事実だから、アンがエルネストたちの勢力に加勢することは自然なはずだ。


「アンが自力で帝都まで辿り着き、俺たちに助けを求めたって筋書きでいけるか?」

「私はいけると思う。変身ローブは私たちが持っていたことにすればいいし」

「ではそのエルネストという方にだけ、私の正体を伝える方針でいきましょう」


 アンのその言葉で、今後の大きな方針が決まった。後はエルネストにいつ伝えるかだが、それは俺がこっそりと拠点に向かって、エルネストが顔を出す日時を聞けばいいだろう。

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