第50話 王都出発
突然街の中に現れた隊列に、街を歩く人たちは何が起きてるんだと近づいてくる。早朝だからそこまで人数は多くないけど、これが昼間だったらかなりの騒ぎになっていただろう。
「そういえばアンリエット様のお姿、見られなかったね」
レベッカがポツリと呟いた声が俺の耳に届いた。この護衛任務の最中は、アンのことはアンリエット様と呼ぼうと決めたのだ。誰にも聞かれてないと思っても、万が一が怖いから。
「お綺麗なんだろうな」
「着飾ってるもんね」
謁見の時とか、かなり綺麗だったもんな……ちょっと見てみたい。休憩時とかに遠くからでも見られたらいいな。
「――今はこの隊列がなんなのかって混乱してる人が大多数だけど、これって誰かが輿入れだって気づくよね?」
レベッカが俺に顔を近づけて、小声でそう聞いてきた。それは俺も危惧している部分なんだよな……
「近いうちには気づくと思う。馬車が陛下や王子殿下じゃなくて、王女殿下だってすぐに分かるから」
この国の馬車は男女でかなり飾り付けが変わるのだ。馬車はカッコいいよりも可愛くて綺麗な感じだったし、知識がない人でもなんとなく気づくだろう。
「それなら後半は特に警戒が必要だよね。方向でどの国に向かってるのかなんとなく分かるし」
「そうだよな……魔物以外にも警戒しよう」
そんな話をしている間に馬車は王都の半分ほどまで進み、その頃には周囲に多くの人が集まっていた。皆はよく分からないけどとりあえず祝い事だと思っているのか、明るい表情で手を振ってくれている。
「いい雰囲気になって良かったね」
「本当だな。……これって、俺たちは手を振らないほうがいいと思う?」
「ふふっ、リュカが手を振ったらなんか違わない? でもここまで手を振られると振り返したくなるよね」
俺たちに視線を向けてくれてる人もいるし、反応しないと無視してるようで申し訳ない気持ちになる。
「騎士たちは凄いな。堂々としてて」
「やっぱりかっこいいよね」
それからも少し居心地が悪い気分を味わいながら馬車に揺られていると、特に問題はなく隊列は王都を出た。街道に入るとさっきまでよりもスピードを上げて、どんどん先に進んでいく。
「リュカさん、レベッカさん、あと一時間ほどで休憩になりますが、問題ありませんか?」
隊列の一番後ろを馬に乗って警戒している騎士が声をかけてくれた。
「はい! 大丈夫です!」
少し距離があるから声を張ると、若い男性騎士は笑顔で手を上げる。
「この国の騎士達ってさ、めっちゃいい人ばかりだよな。――国王はあれなのに」
「本当にね……アンリエット様の輿入れに心を痛めてる人が大半みたいだし、帝国で崖に落ちたなんて知らせを聞いたら……」
「……騎士達にも、知らせたいよな」
俺とレベッカは小声でそんな話をして、顔を見合わせた。しかし作戦を伝える人数が多いほどアンが生きていることがバレる危険性も高まり、すぐには頷けない話だ。
というかそもそもだけど、帝国で死亡を偽装して逃げた後ってアンはどうするんだろう。今の状態の帝国がなくなれば、輿入れの可能性はなくなるから王国に戻る?
例えば……崖下に落ちたけどかろうじて生き残ったとかって感じで。
でもそうするとあの国王の下に戻ることになって、また変なところに嫁がされる可能性もあるよな。アンを逃すことばかりに意識が集中していて、その辺を聞いていなかった。
アンは俺たちの仲間にして欲しいって言ってたけど、王女として王国に戻れるのならその方がいいんだろうか。
『セレミース様、ミローラ様を通してアンと連絡が取れたりしますか?』
『ええ、取れるわよ。今ちょうどミローラのところにいるの』
『そうなのですね。ではいくつか聞いて欲しいのですが』
それからさっき思い浮かんだ疑問を全て伝えてもらうと、アンからすぐに答えが返って来た。
それをまとめると。
――俺とレベッカに迷惑じゃなければ、王女じゃなくて冒険者として自由に生きていきたい。
――しかしずっと身分を偽るのも王国に近づけないのも皆を悲しませるのも本意じゃないから、帝国が滅ぶか正常に戻った後に一度王国に戻ることも考えている。
――帝国に嫁がされて死にかけたことを条件に、王家からの離脱を提案したい。
そんな感じの意見だった。そして騎士達にアンが逃げ出すことは伝えない方針でいくらしい。その代わり帝国の件が片付いたら、生きて元気だと伝えたいのだそうだ。
確かにアンの言う通り、ずっと隠れて生きていくのって大変だよな。堂々とできるのならその方が絶対にいい。問題は帝国を正常に戻してから王国に帰って、アンがどういう扱いになるのかだ。
とりあえず死にかけたけど生きて戻ったということで歓迎はされるだろう。でも王家からの離脱は……認められるのかな。そういう事例が過去にあったのかどうかも知らないし、そもそも王家に関してなんて詳しくないから全く分からない。
でもアンは認められる可能性があると思ってるから、この話をしたんだよな。
『リュカ、アンリエットは一度王国に戻れば、リュカとレベッカの依頼も達成になるって考えてるみたいよ』
俺はセレミース様のその言葉で、初めてその部分に思い至った。確かにアンを連れて帰れば、さすが一級だって絶賛されるだろう。でもそんなことのためにアンがリスクを犯す必要はない。
『その事は考えなくていいって伝えてください。俺たちの依頼はアンが戻らなくても、ヤバい国への護衛依頼だったって事で大きなペナルティはないはずです』
『分かったわ。――――それでもアンは王国に戻りたいと思ってるみたいよ。国王はあんなだけど、王宮にも仲の良い人はいるのでしょう。それに別人になりきるのは予想以上に辛いわ』
『分かりました。アンの意思ならば俺たちは従います。ただこれはもう少し先の話なので、また後で直接会った時に話をしようと思います。レベッカも交えて。……とりあえず現段階では王国の騎士に伝えるかどうかですが、そこは伝えないって事でいいんですよね』
俺のその質問にセレミース様から肯定の言葉が返ってきて、俺は会話を止めて警戒に集中することにした。
あとでレベッカにもさっきの話を伝えておこう。
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