第20話 救出

 宿の一室に戻ってきた俺は、何も持たず着の身着のままで宿を飛び出した。そして今まで何年間も俺が暮らしていた宿に向かって全力で駆ける。

 アドルフの部屋は二階の角部屋だ。宿の受付にいた顔馴染みの女将さんに軽く挨拶をして、一気に階段を駆け上った。


「アドルフ! 来たぞ!」

「……入れ」


 部屋の中から怒りと愉悦が入り混じった不気味な声が聞こえてきて、俺は深呼吸をしてからドアに手をかけた。

 ゆっくりと開くと……そこには口を布で塞がれて、手足を縛られたレベッカと、そんなレベッカの体を足で踏みつけて押さえつけているアドルフがいた。


 俺はその光景を見た瞬間に怒りで飛び掛かりそうになったけど、アドルフが取り出した鋭いナイフを見て寸前で足を止めた。


「動くな。動いたらこいつの命はないぜ?」


 ナイフはレベッカの頬に突きつけられている。レベッカの様子をよく見ると、服に覆われてないところだけでも無数の傷があるみたいだ。それに、顔もかなり腫れている。


「うう〜、うぅっ!」

「うるせぇ! 静かにしてろ!」


 俺に何かを伝えようと思ったのか声を発したレベッカを、アドルフが思いっきり蹴り飛ばした。俺はその様子を見て、奥歯を噛み締めて拳を固く握り締める。


「……レベッカ、俺は大丈夫だから。アドルフ、こんなことして何がしたいんだ」


 レベッカに笑いかけてからアドルフを睨みつけると、アドルフは一気に顔を怒りに歪めた。


「リュカ……お前のせいで、お前のせいで俺は恥をかいたんだ! 今まで築き上げてきた地位も無くした! 全部、全部お前のせいだ……!」


 はぁ? 俺は何もしてないし……アドルフが勝手に俺を追放して、勝手に絡んできて、返り討ちにされて勝手に恥をかいただけじゃないか。

 それに築き上げてきた地位って、そんなの取り巻き連中にちょっとちやほやされるぐらいの低い地位しかないくせに。


 そう言いたかったけど、さすがにレベッカがアドルフの手中にある中では言えずに口を閉じた。


「それで、何が望みなんだ」

「はっ、その余裕そうな態度もムカつくんだよ……!」


 アドルフはそう言って俺を睨みつけると、何かを思いついたのか楽しそうにニヤッと嫌な笑みを浮かべてレベッカを踏みつけていない足で床を叩いた。


「とりあえずここに来い。一発殴らせろ。ギャハハハッ、お前に拒否権はないぜ? この女の命が惜しいなら早く来い!」


 俺はアドルフのその言葉に少しだけ躊躇い、しかしレベッカの姿を見て意を決したように――


 ――演技をしながら、内心ガッツポーズをしてアドルフに向かって一歩ずつ近づいた。


 レベッカの体に一部分でも触れられさえすれば、一緒に神域に行けるのだ。レベッカを取り返せたらこっちのものだ。


「ギャハハハッ、早く来い!」

「……分かった」


 卑しい笑いを浮かべながらレベッカに突きつけたナイフをゆらゆらと揺らすアドルフに視線を向けながら、俺はゆっくりとアドルフの足元に跪き…………アドルフが俺を殴ろうと体に力を入れたその瞬間、レベッカに向けて手を伸ばした。


 そして神域干渉を発動して――


 ――無事に、レベッカを取り戻すことに成功した。


「レベッカ!! 大丈夫!?」

「リュカ、上手くやったわね」

「見ていたのですか?」

「ええ、早く仮初の平和を使いなさい」

「分かってます。その前にこの布を……」


 ナイフは宿に置いてきてしまったので持ち込んでいた剣で上手く布を解くと、レベッカが大きく息を吸った。


「レベッカ、大丈夫!?」

「ゴホッ、ゴホゴホっ……だ、大丈夫……っ」

「足と手も解くからちょっと待って。……本当にごめん。俺のせいでこんな目に合わせて」

「ううん、リュカのせいじゃ、ないよ。悪いのはアドルフだし……、私が、弱かっただけだから」


 レベッカはそう言って、俺の気持ちを軽くするためか痛いだろう頬を動かして笑みを浮かべてくれる。


「レベッカ……本当にありがとう。レベッカと仲間になれて良かった」

「ふふっ、私も、だよ」


 それからレベッカの手足を縛る布を全て外し、俺は横たわるレベッカの側に膝をついた。そしてレベッカの体に手を翳し……仮初の平和を発動する。


 能力の発動は一発で成功した。レベッカの体から紫色のモヤが立ち上り、それと同時にレベッカの怪我がみるみる治っていく。

 十秒ほどでレベッカは完治し、俺の目の前には拳大の紫色の球が浮かんでいた。その球は電気を帯びているかのようにバチバチと音を鳴らしながら、その球の中だけ嵐のように紫のモヤが動き回っている。


「凄いね……本当に、一瞬で治っちゃった」

「リュカ、五分以内よ」

「分かってます。じゃあレベッカはここにいて。アドルフを倒してくるから」

「うん、気をつけてね」

「もちろん。セレミース様、アドルフの様子はどうでしょうか?」


 水鏡を覗き込むセレミース様に問いかけると、セレミース様は黒い笑顔を浮かべて「今すぐ戻りなさい」と言ってくれた。


「部屋の中で呆然と立ち尽くしてるわ。ふふっ、間抜け面ね」

「ありがとうございます。では行ってきます」


 レベッカを安心させるように笑みを浮かべて一つ頷いてから、俺は紫球と共に神域干渉を発動した。




〜あとがき〜

いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます!

明日からは毎日一話更新となりますので、よろしくお願いします。

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