第9話 打ち明ける
ギルドの中で乱闘してしまったことを職員に謝って、吹っ掛けたのは相手側だからと特別な咎めもなく解放された俺は、レベッカと一緒にギルドを後にした。
「それにしても二級を目指せるなんて、本当に凄いね」
「あの言葉は嬉しかったな」
元々眷属の力を使えば二級はいけると思ってたけど、剣の実力だけで評価されたのが本当に嬉しいのだ。
「私もせめて四級に上がりたいな。五級仲間のリュカはすぐ上にいっちゃいそうだし」
「レベッカは弓の実力はかなりのものだしナイフの扱いだって上手いんだから、三級ぐらいまではいけると思うよ。ただ上がるには依頼を受ける時間を確保しないとなんだよな……」
レベッカは病気の母親とまだ幼い妹と、小さなアパートで三人暮らしなのだ。だから冒険者として仕事をできるのは、隙間時間を見つけて少しだけ。
レベッカはいつも俺を助けてくれてたから、今度は俺が助けてあげたいんだけど……
――そういえば、俺って神力行使で光魔法が使えるよな?
ということは、ヒールも使えるようになったわけだ。確かヒールで病気を治すには、病気が完治するまでヒールをかけ続けないといけなくて、それが出来るほどに光魔法使いの数を揃えるのは余程の金持ちしか無理だから、病気の治癒はほぼ不可能だって聞いたことがある。それこそ王族や高位貴族にしか。
でも俺は眷属になったことで、ほぼ制限なく魔法を使うことができる。ということは……もしかしたら病気、治せるんじゃないか?
『セレミース様、病気の治癒って俺に出来ますか?』
『ふふっ、唐突な質問ね』
『あっ、すみません。突然思い至って』
『大丈夫よ。質問の答えだけど、これはイエスね。この世界のヒールという呪文は、魔力量が多くてヒールを連続で使えるほどに治せるものが増えるわ。だから今すぐに死んでしまう病気か、ヒールをかけ続けた場合の治癒効果よりも病気の進行の方が早い病気、その二つ以外なら眷属には治せるのよ。怪我も同じね。ヒールの治癒効果が間に合わない怪我の治癒は無理だけど、それ以外なら治せるわ』
やっぱりそうなのか……! じゃあ、レベッカの母親を治せるかもしれない。ただ問題はレベッカの母親を治した場合、レベッカに俺が光魔法を使えることを、しかも病気が治せるほどに連続使用ができることを明かすことになる。
『セレミース様、ありがとうございます。――あの、俺がセレミース様の眷属だってこと、レベッカに、隣にいる女の子に伝えてもいいですか?』
『そうねぇ……基本的には眷属であることをあまり明かしてほしくないんだけど、まあこの子なら大丈夫でしょう。信頼できる人に対してなら良いわよ。でもあなたが眷属だってことが公になると、必ず他の神の眷属に狙われるからそのことは覚えておいてね。特に破壊の神の眷属は要注意よ』
破壊の神の眷属に狙われるとか……考えただけで恐ろしいよな。気を付けよう、出来る限りバレないようにしよう。
幸い俺には呪いが解けたっていう事実があるから、呪いがなかったら凄く有能だったって言い訳が使える。公にする実力は、この言い訳が通用する範囲に留めておきたい。
『気をつけます』
『危険性を理解しているのなら良いわ』
俺はセレミース様との話を終えると、突然黙り込んだ俺を不思議そうに見つめるレベッカに顔を近づけた。
「レベッカ、大事な話があるから家に行ってもいい? 絶対に他の人には聞かれたくない」
「……うちは一部屋しかないから、お母さんと妹がいるけどいいの?」
「それはちょっと避けたいな……宿を借りるか。あっ、俺と宿の部屋で二人きりになるのは怖い? もし嫌ならどこかの食堂の端の席とかでも……」
レベッカと内緒話をする難しさに頭を悩ませていると、レベッカは楽しそうに微笑んで俺の腕を取った。
「リュカなら宿でいいよ。リュカは私が嫌がることをしないって分かってるし。それに私は……リュカになら何をされてもいいから」
「え、何? 声が小さくて聞こえなかった」
後半が聞き取れずに首を傾げると、レベッカは顔を真っ赤にして頭をブンブンと横に振った。
「なんでもない。気にしないで」
「それならいいけど。じゃあ宿に……って、ちょっと待って!」
衝撃の事実に気づいてしまった。お金がなくて魔物素材を売るためにギルドに行ったのに、アドルフや冒険者たちとの騒ぎで完全に忘れていた。
「レベッカ、本当に申し訳ないんだけど……ギルドに戻ってもいいでしょうか? 売れる魔物素材はあるんだけど、売るのを忘れたみたいで……」
俺のその言葉を聞いたレベッカは、楽しそうに吹き出すと笑いながら頷いてくれる。
「も、もちろんいいけど。ふふっ、はははっ、こう決まりきらないのがリュカだよね」
「本当にごめん。素材を売らないと今は全くお金を持ってないんだ。ちょっと走って戻ってくるから、少し待ってて!」
楽しそうなレベッカに見送られた俺はギルドまで全力で駆け戻って、素材を売ってお金を手に入れた。そこまで多くのお金にはならなかったけど、数日は暮らしていけるほどの金額だ。
やっぱりお金を持ってるって安心感があるな。
「レベッカ、マジで、ごめん……はぁ、はぁ、お待たせ」
全力疾走を繰り返したことで上がった息を整えていると、レベッカは笑顔で俺の手を取った。
「すぐそこの宿に空いてるか聞いてみたら、一部屋空いてたよ。そこでいい?」
「もちろん。ありがたい」
「じゃあ行こうか」
なんだかいつもより楽しそうなレベッカに手を引かれ、俺たちは宿に入った。そしてレベッカには椅子に座ってもらい、俺はベッドに座って向き合う形になる。
「今更だけど、家に帰らなくても大丈夫だった? 夕食とか」
「うん。今日はもう作ってきたから大丈夫」
「それなら良かった」
懸念事項がなくなったところで一度深呼吸をした俺は、少し前のめりで椅子に座っているレベッカの瞳を射抜いた。そしてゆっくりと口を開く。
「これから話すことは現実感がなくて信じられないと思うんだけど、全部事実だから」
「……分かった。信じるよ」
レベッカの真剣な表情に勇気をもらい、まだ俺も完全には信じきれていない今朝からの出来事を思い出した。そして一番重要な部分を口にする。
「俺さ……神の眷属になったんだ。平和の女神様の、眷属に」
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