第2話 神域

 とても綺麗な銀髪に薄い水色の瞳が目立つその女性は、俺の顔をずいっと覗き込むと突然瞳を潤ませた。


「助け出してくれた人間が、貴方のような心優しき者で良かったわ。あなたはこの世界の救世主よ。平和の女神である私のことを救ったんだもの」


 俺は突然の事態に全く頭が働かず、口を開いたり閉じたりするだけで何も言葉が出てこない。


 えっと……どういうこと? これって夢? それとも自分では自覚できないほどの一瞬で魔物に襲われて、ここはあの世とかだろうか。


 でもそれなら救世主とか、平和の女神様を救ったとかって話は出てこないよな。というかさっきの言葉から考えると、この目の前にいる人って平和の女神様?


「突然のことで驚いているかしら?」


 目の前の女性が心配そうに表情を変化させたのを見て、俺はとにかく何かを話さないといけないと思い、口を開いた。


「あ、あの……何が何だか、よく分からないのですが。俺は死んだの、でしょうか?」

「いいえ、あなたは生きているわ。混乱させてごめんなさい。助けてもらえたことが嬉しくて気が急いたわね。しっかりと説明するわ。私は平和の女神セレミース。数百年前に破壊の神の眷属によって神像をこの山の中に捨てられて、それからずっとここで助けてくれる人が来る時を待っていたの」


 なんだかその話、まだ母さんが生きていた時に物語として聞かせてくれた話に似ている。もしかしたらあの神様同士の争いの話って、実話だったりするのだろうか。


「神は直前で神像に触れてくれた人間しか神域に呼べず、眷属にもできないのよ。さらに神が直接下界に干渉することもできない。だからずっとここに捨てられた神像に気づいてくれる人間が現れるのを待っていたの。本当にありがとう」

「はぁ……あの、お役に立てたのならば、良かったです」


 これが現実なのか夢の中なのかも分からず曖昧な返答をすると、それでもセレミースと名乗った平和の女神様は優しげな笑みを見せてくれた。


「それで突然なんだけれど、貴方……私の眷属にならない?」


 眷属……眷属か。え、俺が眷属になるの!?


「ど、どういうことですか!?」


 俺はあまりにも突然の提案に、今までは平和の女神様と会話をしているという衝撃でぼーっとしていた頭が一気に覚醒した。


 眷属という存在がいるということは知っている。神の眷属となった人間はその事実を公にすることはほとんどないので、歴史上数人しか神の眷属として名を馳せた人はいないけれど、その数人に関しては物心ついた者ならば誰でも知っているほどに有名だ。


 なぜなら全員が例外なく、圧倒的な力を持っていたから。大災害から世界を救ったとか、ダンジョンから溢れた魔物によって滅びかけた国を助けたとか、災害級の魔物を一人で討伐したとか、そんな逸話がたくさん残っている。


 そんな眷属に俺がなるとか……絶対に無理!


 俺は自慢じゃないけど、普通の人なら楽々一人で討伐できる魔物に殺されそうになる男だ。そんな俺が眷属になったって何もできないだろう。


「神は一人だけ眷属を選ぶことができるのだけど、私は貴方に眷属になって欲しいわ。心優しい貴方は平和の女神の眷属にぴったりでしょう?」


 女神様はパチンとウインクをして、さもそれが正解だとでも言うような雰囲気だ。


「いやいや、あの、俺には無理です! 俺は本当に何もできないんです。冒険者になって一人でも多くの人を救いたいと思ってたのに、無能な俺はいくら努力してもダメで。冒険者として底辺な俺が、女神様の眷属なんて……」


 俺は説明しながら自分の無能さを再度認識することになり、落ち込んでどんどん声が小さくなっていった。しかしそんな俺の懸念を、女神様は一言で解決する。


「心配いらないわ。眷属になれば特別な力が与えられるから強くなるもの」

「……そうなの、ですか?」

「ええ、元の能力なんてほとんど関係ないほどに強い力よ。少なくとも普通の人間なんかじゃ絶対に太刀打ちできない。災害級の魔物とだって互角に戦えるわ」


 ――それが本当なら、俺は女神様の眷属となれば無能な自分と決別できるってことだ。


 そして俺のような悲しい過去を持つ人を、少しでも減らすために冒険者として活躍できる。諦めかけていた夢を叶えることができる。


 俺はここが自分の人生の転換点になると悟り、緊張で手が震えた。


「……ほ、本当に、俺を眷属に、していただけるのでしょうか?」

「もちろんよ。貴方が望むならば」

「何か代償を払ったりとか……?」

「そんなものいらないわ。でもそうね、私の志に共感して達成の手助けをして欲しいの。私の目指す場所は世界平和よ。貴方の目標とも重なるんじゃないかしら?」


 それはもともと俺が目指していたもの、目指したかったものじゃないか。

 こんなのもう、断る理由はない。

 断るどころか、こちらから平身低頭お願いする事柄だ。


「重なります。もし平和の女神様さえ良ければ、俺を眷属にしてください。お願いします……!」


 ガバッと勢いよく頭を下げてからゆっくりと顔を上げると、平和の女神様はふわりと微笑みを浮かべてくれた。


「ありがとう。では貴方を私の眷属にしましょう。貴方の名前は?」

「リュカです」

「リュカ、これから私の神力を貴方に流すから、抵抗せずに受け取りなさい」


 女神様のその言葉を聞いた直後に、温かいものが体全体を覆うのを感じた。その温かさから逃げようとせず身を任せていると……その温かいものが体内へと入り込んでくる。


 そして数十秒で、温かさを感じなくなった。しかし体が確実に変化したというのは分かる。


「これで貴方は私の眷属になったわ。リュカ、これからよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 差し出された平和の女神様の手に恐る恐る自分の手を重ねると、女神様の手は……なんだか爽やかな風に触れるかのような不思議な感触だった。




〜あとがき〜

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