女神の代行者となった少年、盤上の王となる
蒼井美紗
第1章 成り上がり編
第1話 追放と帰郷
「リュカ、お前をパーティーから追放する。もうお前で遊ぶのも飽きたんだ」
いつものようにダンジョン探索をしてお金を稼ぎ、定宿に戻ってきた矢先、俺が所属する冒険者パーティーのリーダーであるアドルフにそう告げられた。
「……は? な、なんで急に。遊ぶって、飽きたって、どういうことだよ?」
「ギャハハハ、顔色が悪いぜ? 俺らがお前なんかを対等な仲間だと思ってたわけがないだろ? 無能すぎて何もできないお前が面白かったから拾ってやっただけだ。さすがにその無能さにも飽きて笑えなくなったからな、もう要らねぇ。今まで笑いをありがとよ」
アドルフは俺のことを心底馬鹿にしたような表情で一頻り笑うと、隣にいる他のパーティーメンバーに視線を向けた。
「そうねぇ〜、リュカは何の役にも立たないもの。面白くなくなったら無価値だわ」
「もうリュカの無能さは見飽きた。いらない」
アドルフ以外の二人の仲間、ジャンヌとロラまでもが俺のことを蔑みの瞳で見下ろしてくる。
「お、俺は、お前らのことを仲間だと思って……」
「おいリュカ、お前と俺らは立場が違うんだ。もうパーティーメンバーでもないんだぞ。アドルフさん、だろ? そんなことも分からないとはここも残念だなぁ?」
アドルフは自分の頭を人差し指でトントンと叩きながら、下品な笑い声をあげる。ジャンヌとロラも貶されている俺を見て楽しそうだ。
本当に、仲間だと思ってたのは俺だけだったのか……俺は怒りで体が震えてアドルフたちに殴りかかる寸前で、ギリっと奥歯を噛み締め爪を手のひらに食い込ませた。
――俺が殴りかかったって、返り討ちにされるだけだ。
「分か……りました。出ていき、ます」
こんなやつらに敬語を使うのなんて嫌だったけど、暴力に訴えられたら俺はひとたまりもないので、必死に怒りを抑え込む。
そして足早に宿から出ようとドアに手をかけたところで……
「おいおい、リュカちゃん? 今までお前のことを養ってやってた俺らに感謝の言葉一つも言えないのか?」
アドルフに声をかけられた。
「……そっ、れは……」
咄嗟に振り返って三人の顔をもう一度見ると、三人分の侮蔑の眼差しが一気に俺へと降り注ぐ。
……何でお前らなんかに感謝しなきゃいけないんだ!
そう叫びたかったけど、何もできない俺が今まで冒険者として生きてこられたのはアドルフ達のおかげであることは確かで、俺は唇を噛んで悔しさに耐えながら頭を下げた。
「今まで……ありがとう、ございま、した」
何とかその言葉を発した俺は、皆の反応を見ることなく宿を飛び出した。そして見知った街の中を走って走って走って、宿からかなり遠ざかった路地で地面に倒れ込む。
「うぅ……っ」
何でこの体は、こんなにポンコツなんだ。いくら努力をしても何もできるようにならない。
アドルフたちに対する怒りと無能な自分に対する怒り、その両方が体の中で渦巻いて爆発し、俺は思いっきり地面を殴った。すると手の皮が剥けて血がダラダラと垂れ、その痛みで少しだけ冷静になる。
今まで俺がミスをすると笑われて、食事の場に俺だけ呼ばれないこともよくあって、でも俺にはあのパーティーしか居場所がなかったから、違和感に目を瞑っていた。
――俺の居場所は、ずっとどこにもなかったのか。
そのことを認識すると、何だか全てのやる気が抜け落ちたように体に力が入らなくなる。
十二歳の時に村が原因不明の呪いによって壊滅し、俺以外は皆死んでしまった。家族も友人も家も全てをなくして……それでも俺みたいな悲しい思いをする人を少しでも減らしたいと、必死に前を向いて冒険者になったんだ。
でも頑張った結果が今のこの状況だなんて……もう、頑張る気力も無くなったな。いくら努力しても強くなれないこの体じゃ、冒険者としてはやっていけないのだろう。
「何で俺だけ生き残ったんだろうな……せめて、もう少し俺に力があれば」
これからどうするか……家もない孤児の俺を雇ってくれるところを見つけるのはかなり難しい。日雇いの仕事で食い繋ぐとしても、住む場所は確保できず路上生活になるだろう。
……そのうちスラムとかに流れて、餓死するか、人攫いにでも攫われるか。
今を逃したら、もう村に戻ることは叶わないかもしれないな。村が壊滅してから一度も帰っていなかった村の跡地だけど、皆はあそこに眠っている。
「皆に会いたいなぁ……」
俺はポツリとそう呟くと、血が流れている拳に布を巻きつけて徐に立ち上がった。そして着の身着のままで王都を出る。
俺が生まれ育った村までは、この街から徒歩で一日半ほどの距離だ。もう辺りは暗くなり始めているけど、この時間に出て歩き続ければ二日後の明るい時間には着くだろう。
廃村になった場所に乗合馬車は出ていないし、歩いて行くしかない。肩掛け鞄の中には水袋と干し肉、堅パンが入っているから一週間は生きていける。
そしてなけなしの金を叩いて買った片手剣。魔物は無理だけど、獣ぐらいなら追い払えるはずだ。
俺は街の外を一人で歩いているという恐怖に竦みそうになる足を必死に動かし、思い出だけが残る村へと向かった。
王都を出てから三日後の早朝。俺はやっと村に辿り着いていた。徒歩で一日半というのは一般的な人の話で、俺の体力ではとてもそんなに早くは歩けなかったのだ。
「はぁ……マジで疲れた」
さすがに三日も寝ずに歩き続けるのは無理だったので途中で休んだけど、獣や魔物に襲われないように狭い岩の隙間で寝たから身体中が痛いし、そこかしこが虫に刺されたり噛まれたりしている。
ただそんな最悪のコンディションだけど、目の前に広がる景色に三日間の苦労が報われたように感じた。やっぱり、村に来て良かったな。
朽ちた木材しかない村の光景には寂しさも湧くけれど、あの事件から数年経った今となっては、昔の楽しかった思い出が蘇って皆に背中を押されているような気分になる。
「俺は、一人じゃないよな」
自然とそう思えた。皆は俺のことを見守ってくれているだろうし、王都にも俺のことを気にかけてくれる人はいた。これからはそういう人をもっと大切にしていこう。
全ての場所で思い出を蘇らせるように村をゆっくりと見回していると、ふと俺の瞳に裏山が映った。この山には父さんの狩りに同行してよく入ってたんだよな。
懐かしい……俺はこの山が大好きだったんだ。少し奥に入ると小川があって水遊びをした。せっかくここまで来たんだし、あの小川も見て行くか。
村があった時代に存在していた道は当然のようにないので、剣を使って草を掻き分けながら奥に進んでいく。剣を持つ手が痺れてきたら、素手や鞄で掻き分ける。
――そうして歩いていた俺の瞳に、ふと気になるものが映った。
「あれは何だ? ……何かの像、とか?」
横倒しになって地面に半分ほどが埋まったその像は、苔がびっしりと生えていて、蔦なども巻き付いている。
俺はその像が何だか不憫に思えてしまい、何となく、本当に気まぐれでこの像を綺麗にしようと思い立った。無意識のうちに、この村を見守る役目を任せたいと思ったのかもしれない。
理由はどうあれ、その像に手を伸ばして地面から掘り出した俺は、まず巻き付いた蔦を全て取り除いた。そしてあらかたの苔を取り除いたら、川があるだろう方向に向かってずるずると像を引き摺っていく。
それから数十分後、俺の目の前には昔と同じように流れる綺麗な小川があった。
「懐かしいな」
そうだ、この川だ。この場所が俺は大好きだった。ここはあの頃と同じまま残ってるんだな。
変わらない懐かしい光景に気持ちがすとんと落ち着いて、俺は優しい気持ちで像を綺麗に洗い流した。
そして数十分の格闘の末、薄汚れた像を新品のように輝かせることに成功する。達成感を覚えながら綺麗になった像を川から引き上げ、最後の力を振り絞って河原にあった平らな岩の上に設置した。
「これって、何かの神様を模した像なのか?」
どこかで見たことがある気もするけど、俺はそこまで信心深くないのでどの神様なのかは分からない。でも雰囲気的に悪い神様じゃなさそうだし、せっかく綺麗にしたから祈っておくか。
そう思って像の前に跪き、慣れない祈りの体勢を作ったところで――
――突然目の前が真っ白に染まった。
数秒ほどで光が収まったので恐る恐る瞳を開くと、そこには……この世のものとは思えないほどに美しい女性がいた。
〜あとがき〜
読んでくださってありがとうございます!
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―追記―
書籍版とweb版は内容が異なりますのでご注意ください。
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