第26話

 秋の気配は急激にやって来た。先日までの残暑が跡形もなく消え、時おり冷たい風が吹く。もう少し気温が下がれば、あの部屋と同じになるなと志乃ゆきのは思った。

 待ち合わせたパーラーで買ったケーキを田舎のお土産と一緒に後部座席に置いて、ベンツの助手席に座った志乃は「よろしくお願いします」と浩宇に頭を下げた。

「気負わなくていい。いつも通りでかまいません」

 バックミラーに目をやったまま、浩宇ハオユーは笑った。

 リーシャンに会うのは一か月振りだ。その間にCDデビューの話があり、今日は午後からレコード会社の人が来るのだそうだ。リーシャンに付いていてやってくれと言われた。あの子が動揺どうようしないように、側にいてくれるだけでいいからと。

 深呼吸をした。心臓の音が聞こえる。緊張がピークに達した頃に、車はマンションの駐車場に停まった。

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