第7話
■
<下屋敷さんの家>
「押沢さんはどうでした?」
「今まで見たことないよ、あんな恵美」
今日は家に帰るまでずっと恵美が離れてくれなかった。こちらが恥ずかしくなるくらい耳元で『好き』や『愛してる』と囁かれたし、帰りも恵美の家に誘われて断るまでかなり時間がかかってしまった。
今までも距離は近い方だったと思うが、こんなにではなかった。
「その……恵美がこういう風になったのも下屋敷さんの作戦の想定内なの?」
「はい。危ないところを助けてくれた王子様。その王子様が最近冷たくされてきた自分の彼氏。女性の影が見えていたけど絶対に私を助けてくれる、やっぱり選んでくれたのは彼女の自分だった。ふふっ……堕ちてしまいしたねとても深い深いところに」
下屋敷さんは微笑むと紅茶に口を付ける。
「今日は大変でしたね。お疲れ様です」
「すごく疲れたよ。指輪も捨てろって言われて……」
「あら捨てたんですか?」
「す、捨てないよ。大事な人にもらったからって説得したから」
「……そうですか」
再び紅茶を一口飲む下屋敷さん。心なしか先ほどより頬が赤い気がする。
「そういえば岩成くんってどうなったの? 今日学校には来てなかったけど」
「……転校することになったそうです」
「て、転校……。急になんで」
「わかりません。……ご家庭の都合ではないでしょうか?」
「家庭の都合……。もしかして僕のせいじゃ────」
「そんなことは絶対にありません」
僕の言葉を遮るように言い放つ下屋敷さん。さっきまでいつもの優しい目をしていたのに、今はとても冷たい目をしている。
「もういない人のことは放っておきましょう。いなくなった人の心配をするのは時間の無駄ですから」
「…………わかった」
「ところで春日井くん……一つ大事なことを聞いてもいいですか?」
「えっ……うん大丈夫だよ」
そう切り出した下屋敷さんはいつもの優しい目に戻っていた。
「今の押沢さんのことをどう思いますか?」
「どうって?」
「浮気相手だった岩成さんももういない、今まで以上に春日井くんのことを好いてくれている押沢さんに心は揺れ動いてないでしょうか?」
「……ううん。前と何も変わらないよ。恵美とは何があってもよりを戻すつもりない」
下屋敷さんと一緒に恵美たちに仕返ししようと決めた時に恵美への恋心は一切なくなった。ここから恵美が僕に対してなにかしらの行動を見せてきても心が動くことはない。
「では春日井くんはもう押沢さんとは恋人ではないという解釈で受け取ってもいいですか?」
「うん。まだしっかりと別れの言葉を切り出してないけど、僕の中ではもう恋人じゃないと思っている」
「そうですか……。そ、それでは私と付き合ってくれませんか?」
「……えっ?」
突然の告白に動揺して、飲もうとしていた紅茶が零れそうになる。下屋敷さんの方を見ると頬を赤らめながら真剣な様子で僕を見つめている。
「このタイミングでお伝えするのは卑怯で無礼なことだというのは重々分かっています。でもこの気持ちをもう抑えることができません。ずっと前から好きでした。春日井くんが押沢さんと付き合う前からずっと……。こうやって一緒に過ごす時間が増えてより一層この気持ちが強まりました」
ずっと小刻みに震えている下屋敷さん。いつも余裕があって、気品があって、優しい下屋敷さんが一生懸命に言葉を紡いで僕に告白してくれた姿を見て胸を打たれる。
「……ありがとう下屋敷さん。下屋敷さんには感謝しかないんだ。落ち込んでいる僕に声を掛けてくれて、こうやって色々と協力もしてくれるし」
「はい」
「僕も下屋敷さんと一緒にいてすごく楽しいし心が満たされる。だから、その……恵美ときちんと別れてからでもいいかな」
「……は、はいもちろんです」
目を潤ませながら喜んでくれる下屋敷さん。こんなにも喜んでもらえると僕も嬉しくなってくる。
「ではこれからは私のことは銀華と呼んでください。私も千尋くんと呼びますので」
「う、うん。わかったよ……銀華さん」
「………………さん付け」
「ご、ごめん」
「……いいえ。そこが千尋くんらしくて私は好きですから」
今まで敬語で接してきたからいきなり呼び捨てにするのはちょっとハードルが高い。でも絶対いつかは銀華って呼べるようにしてみせる。
「千尋くん。押沢さんへの最後の仕返しについてはまた後日お伝えします。今は私自身がとても浮かれてしまっているので……。申し訳ありません」
「う、うん大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
時計を見てみると夕方を回っていた。
「じゃあそろそろ僕帰るね」
「ふふっ。千尋くん今日はここに泊まりですよ」
「えっ? で、でも着替えも何も持ってきてないけど」
「こちらで全て用意してあります。千尋くんの家にも連絡をしておきましたので安心してください」
じゅ、準備が完璧すぎる……。もう銀華さんの家にお泊りするのは確定のようだ。
「じゃ、じゃあ今から何する? ゲームとか?」
「愛し合いましょう。明日から三日間学校も休みですから。今から三日三晩ずーっと溶け合ってしまうくらいに……ね?」
「あ、愛し………………それって」
「はい。千尋くんが想像している通りです。今まで我慢していた分、覚悟してくださいね」
「え、えっと……そ、その」
頭で処理できず混乱していると携帯が鳴っているのに気づく。
「け、携帯っ! 鳴ってるから出ないと」
とりあえず一回違うことをして気を紛らわさないと……。電話に出ようとするが銀華さんに遮られ、ベッドまで手を引かれる。
「今は銀華のこと以外を考えないでください。さあ……こちらに」
『着信 恵美』
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