お嬢様と一緒に浮気した彼女をわからせる

ハイブリッジ

第1話

「…………あっ」




 買い物をしているとたまたま彼女の押沢恵美おしざわめぐみと同じ学校の男子生徒が仲睦まじくしているのを発見してしまった。どんな会話をしているのかここからでは聞こえないがとても楽しそうにしている。


 声を掛けたいが踏み出せない。そのまま何もできずにいると恵美は一緒にいた男子とキスをする。何度も何度も、何度も……。そのまま二人は恵美の家のある方へ歩いて行った。


「おえっ…………うぅ」


 恵美が浮気していた。


 吐き気がこみ上げてくる。そこから自分がどのように家に帰ったのかあまり記憶がない。




 ■




 <学校・教室>




「おはようございます春日井くん」


 机に突っ伏していた僕に挨拶をしてくれたのは同じクラスで銀色の髪がとても綺麗な下屋敷銀華しもやしきぎんかさんだ。


 下屋敷さんの家はなんでもとんでもないお金持ちらしく、普段の所作一つとってもどこか僕たちとは違う雰囲気がある。


 そんな超お嬢様なので初めは取っ付きにくいのではと思っていたがそんなことは全然なく、とても親しみやすくてクラスみんなと仲も良い。僕にも毎日話しかけてくれる。


「うん。おはよう」


「顔色が冴えないようにみえますよ。大丈夫ですか?」


「…………ちょっとね」


 昨日はほとんど寝れなかったし、食事も喉を通らなかった。本当は今日学校を休みたかったけど、お母さんが行け行けとうるさいから仕方なく行くことにした。


「春日井くんの顔色が優れないのはもしかして……押沢さんの件のせいですか?」


「えっ」


 下屋敷さんの口から恵美の名前が出てきたことにびっくりしてしまう。


「……ううん。恵美とは何にもないよ。ただ寝不足で」


「噓です。私たまたま見てしまったんです。昨日、押沢さんが彼氏である春日井くんではない男子と楽しそうにデートをしているところを」


「…………そっか。下屋敷さんも見たんだね」


 昨日、あの場所に下屋敷さんもいたようだ。


「申し訳ありません。見ようと思って見たわけではないのですが」


「いいんだ。僕が頼りないからだよ。僕みたいなチビで勉強も運動もできない、何の取り柄もないやつと一緒にいるより恵美も楽しそうだったし」


 今思うと僕が恵美と付き合えたこと自体、とても不思議だ。


 恵美はとても可愛らしい容姿をしている。性格も社交的で誰とでもすぐに仲良くなれるので友達もたくさんいる。クラスだけでなく学校中の男子からもすごくモテている。


 そんな恵美と一緒にいる時間はとても楽しくて、ずっとこの時間が続けばいいと思っていたけど……。


「はぁ……。あっごめんね。下屋敷さんの前で溜息なんて吐いちゃって」


「春日井くん。今日の放課後って時間ありますか?」


「えっ……うん」


「よかった。…………春日井くん、私と一緒に押沢さんたちに仕返しをしましょう」


「し、仕返し?」


「はい。また詳しいことは放課後に話しますね」


 そう言って微笑むと下屋敷さんは自分の席に戻っていった。




 ■




 下屋敷さんの言葉にモヤモヤしたまま、放課後を迎えた。今日の授業は何も頭に入ってこなかった。


 帰りのホームルームが終わると下屋敷さんから『私の家に来てほしい』と言われ、そのまま下屋敷さんの家に付いていくことになった。


「ここです」


 下屋敷さんの家はとても広かった。今まで見たことのない広さでまるでお城みたいだ。部屋の数もどれくらいあるのだろう。お庭もあるし、車も何台もあって……ドラマや漫画でみるようなお金持ちって本当にいるんだ。


「す、すごいね」


「ただ広いだけですよ。さあ入って」


「お、お邪魔します」


 中に入るとメイドさんが何人もいて、近くを通るたびに挨拶をされてとても緊張をした。ここに僕がいることが場違いな気がする。


「ここが私の部屋です。お茶菓子を用意するので適当な椅子に掛けて待っててください」


 下屋敷さんの部屋はとてもきれいに整頓されていて、大きなベッドが目立っている。当たり前だが部屋もとても広い。


「お待たせしました」


「どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 下屋敷さんと一緒に来たメイドさんが紅茶とお茶菓子にクッキーを持ってきてくれた。紅茶のいい匂いが部屋を満たす。


「遠慮せずに食べていいですからね」


「じゃ、じゃあいただきます」


 紅茶は香りが良くて、クッキーもサクサクしてすごく美味しい。な、なんか高級な味がする……かも。


「せっかく春日井くんが来てくれたんだから、私が一番好きなものを用意しました」


「あ、ありがとう。すごく美味しいです」


「よかったです」


 下屋敷さんは微笑むと紅茶を一口飲み、真っ直ぐな目で僕を見つめる。


「じゃあ本題に入りましょうか」


「う、うん。あの下屋敷さん、学校で言ってた仕返しって?」


「簡単ですよ。押沢さんには春日井くんを裏切ったことを後悔させてあげるんです。もちろん浮気相手の男子生徒である岩成くんも同罪なので、当然の報いを受けてもらいます」


「男子生徒、岩成くんだったんだね」


「はい。間違いありません」


 岩成俊介いわなりしゅんすけ。恵美と同じクラスでバスケ部のエースで僕たちの学校の有名人だ。顔も整っていて、爽やかな雰囲気が漂っており学年問わず女子から人気がある。


 あの時は恵美の方ばかりを目で追っていたので相手の男子生徒が岩成くんだって気付けなかった。


「…………」


「悲しいですよね? 悔しいですよね? 押沢さんは春日井くんを裏切っているのに何食わぬ顔をして今日も過ごしています」


「それは……」


「そういう人たちに仕返しをする。それは悪い事でしょうか? 私は正しいことだと思います」


 正直ここに来るまでは仕返しなんてせずにそのままスパッと別れるだけでもいいかなって考えていた。僕だけに落ち度があると思って勝手に納得していた。


 でも下屋敷さんの言葉に思わず心が揺れてしまう。あの光景を見た時、悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて仕方なかった。


「…………っ」


「決心されましたか?」


「うん。……僕、恵美と岩成くんに仕返ししたい」


 どうせ別れるなら一つ何かアクションを起こしてやる。浮気をすることは悪い事だとわからせたい。


「その……仕返しって例えば何をするの?」


「まだ押沢さんは浮気のことを春日井くんに気付かれていないと思っていますよね?」


「たぶん……」


「では初めは押沢さんと距離を取りましょう。連絡や会話も最低限、冷たく接してください」


「え? そ、それだけでいいの?」


 もっと複雑なことをお願いされるもんだと勝手に思っていたから、少しホッとする。


「はい。焦らず……ゆっくり仕返ししていきましょう」


 紅茶を飲む動き一つ一つが華やかに見える下屋敷さん。


「下屋敷さん、ごめんね。僕なんかの為に……」


「なんかじゃありません。春日井くんは立派な殿方です、自信持ってください」


「ありがとう。嬉しいよ」


 その後も他愛のない会話をして、日が暮れるまで下屋敷さんの家で過ごした。





「春日井くんの彼女なのに浮気なんて……馬鹿な女」


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