Who Done It? / クリスマスパーティー
設楽敏
問題編
今年もきっと白けた夜になるだろう。
終業式が終わり、部活や遊びに向かうクラスメイトのざわつきの中で、私は一人でそんなことを考えていた。そうしてため息をつくと、それを象徴するかのように白かった。
冬休みが嫌いだった。
街を彩るイルミネーションも、赤い服を着た老紳士も、浮ついた人々の空気も、それら全てがカラフルで、真っ白な私の冬を笑っているように思えた。
それというのも、家を空けがちな両親が私に妹の一人も用意してくれなかったからだ。
アンズに言わせれば、きょうだいなんて邪魔なだけらしいけれど、それでもこの寂しさと仲良くなることはできなかった。
読みかけの本も残り数ページ。これを読み終えたら大人しく帰ろうと思っていると、バスケ部の集まりから戻ってきたアンズが私の前の席、つまり彼女の席に後ろ向きに座った。背もたれを抱きかかえるような姿勢で、大きく開かれた脚の間に長くないスカートがテントのように張られている。
「そろそろ終わりそう?」
アンズが訊いた。その目はまっすぐ私の目を捉えていて、視線の間に本の表紙が挟まることはない。彼女は読書に興味がないのだ。
「うん、あと五分くらいかな」
「そっか」
それだけ言うと、彼女は体を右に向けた。窓の外には正門から散らばっていく生徒たちと、その頭上に低く垂れた灰色の雲が見えている。ここ数日はずっとこんな天気で、期末試験が終わった後のクラスに更なる倦怠感を与えていた。
「こう曇り続きだとやんなっちゃうね」
「そうだね……」
物語の結末はあっさりとしたものだった。殺人事件の犯人が探偵の名推理によって明らかになり、凶行に及んだ理由を朴訥と語る。探偵が犯人を通して読者に向けて何か道徳的な内容を語りかける。後日談で探偵のプライベートが語られ、道徳的な語りとは対照的な、やや滑稽な姿が描かれて終わり。 事件は少し複雑だったけれど、探偵は事件に関わった人物や証拠についてよく調べ上げていて、十分な情報から真相に辿り着いていた。適度な歯応えのある分かりやすいシリーズとして、最近ミステリ初心者に人気の作品だ。私もその一人。
読み終わると、ちょうどエリカが生徒会の仕事から帰ってきたところだった。
「お待たせ〜」
その声は、マイクを通した終業式での挨拶とはまた違った、綿毛のような柔らかさを持っていた。エリカはまさに文学少女といった感じの雰囲気をまとっていて、それは表情や声、所作にまで表れている。
「ちょうど一冊読み終わったところだよ」
「そうそう、ちょうどちょうど」
アンズが適当な返事をすると、エリカはやはり柔らかな笑みを浮かべて、私の隣の席に座った。そこは彼女の席ではないけれど、今や教室に残っているのは私たち三人だけだった。
「で、これからどこ行く?」
アンズが再び椅子に逆向きに座る。改めて見ると、上はカーディガンを羽織っているのに、短いスカートからすらりと伸びた脚は大胆にもひんやりとした空気に晒されていて、見ているだけで風邪を引きそうだった。
「まずは図書室かな」
「わたしも〜」
そう言ってエリカは鞄から数冊の詩集を取り出した。
「え、おしゃべりしてたら怒られるじゃん」
「エリカは返却でしょ?」
「うん」
エリカはその詩集を見せてくれた。どれも聞いたことのない作家のもので、中には英語の物も含まれている。いや、英語じゃないかもしれない。アルファベットに小さな記号がついている。
「スミレは?」
「私はどっちも。冬休みの巣篭もりの蓄えを準備するの」
机の横にかけてあった鞄を膝の上に乗せると、私はその中から返却する本を取り出した。それらはどれも日本人作家の推理小説で、エリカの読書履歴と比べると、随分おとなしいものだった。
「えぇ、本読むしかすることないの?」
アンズは呆れたように言った。
そんな失礼な言葉も、出会って八ヶ月経った今では気にならない。この八ヶ月は私たち三人にとって、お互いのことを知るのに十分な時間だった。
私たちは三人で図書室に向かった。
脚の長いアンズは私とエリカの歩幅に合わせてくれている。彼女は本に全く興味を持っていないけれど、時間が合えばいつも私が図書室に出入りするのについてきてくれる。
エリカは生徒会の仕事で忙しいながらも、合間を縫ってこうして私たちのところにやってきて、いつものほんわかした雰囲気を崩さない。
私はこういうちょっとした時間に二人の話を聞くのが好きだった。これまで学校では基本的に一人で本を読んでいることが多かったから、こんなに常に誰かがそばにいることが特別で、二人は間違いなく私にとって特別な存在だった。
図書室に着くと、私とエリカは手早く用事を済ませる。通い詰めた図書室のどこにどのジャンルの本があるかは頭の中に入っていて、私はほとんど探すことなく目的の本を見繕っていった。その間アンズは入り口の観葉植物をつついていた。
「お、お待た、せっ……」
「ちょっとスミレ、それ前見えてる!?」
アンズは私の様子を見てそう声をあげると、ハッとした表情で手を口に当てた。カウンターの図書委員が小さく咳払いするのが聞こえた。先に用事を済ませていたエリカは「あらあら」とおかしそうに微笑んでいた。
正直に言えば、今私は前があまり見えていない。
冬季特別貸出期間には、一度に二十冊まで借りることができる。どうせ暇なのだからと、中間試験の頃から目をつけていた大部のシリーズものを一気に借りたのだ。
このままだと積み上がった本が崩れるということで、アンズとエリカにそれぞれ分担してもらい、私はどうにか教室に戻り、鞄とこのために用意した袋にそれらを詰め込んでいった。三分割してギリギリ収まりきった。
「これを持ってカラオケとかは行けないね」
アンズは先ほどにも増して呆れた表情を浮かべていた。 一度に持って帰らなければいけないわけではなかったけれど、自分の部屋で全巻揃った姿を早く見てみたいという気持ちもあった。
私がアンズやエリカと違うことで悩んでいると、アンズが不思議そうに、
「ねぇ、そんなに暇なの?」
「うん」
「クリスマスに家族で食事とか、お正月に親戚の家に行くとかは?」
「全然。しばらく家には私だけだよ」
「え、どういうこと?」
それを聞いてエリカも私の言葉を待った。
「私の両親ね、仕事で大体家を空けてるの。今もそれぞれ海外に行ってて、来年まで帰ってこないって。だから特にすることもなくて、こんなにいっぱい借りたんだ」
「あらあら……」
エリカの太陽のような微笑みに少し翳りが差した。私の代わりに悲しんでくれているような気がして、私はそれほど暗い気持ちにはならなかった。
思えば、二人にはこのことをまだ言っていなかったかもしれない。去年まではそれが当たり前で、そのことをすっかり忘れていた。
去年までは、一クラスしかなかった小学校はもちろん、中学校の三年間、そして高一までの十年間、幼馴染のカエデとずっと同じクラスだった。本の虫だった私にもできた、本以外の大切な存在だ。今年初めて別のクラスになって少し寂しさはあるものの、こうして新たな友達ができてよかった。
カエデもアンズと同じバスケ部に所属しているから、カエデのことはたまにアンズから聞いていた。心配していた訳ではないけれど、やはり彼女は私以上に新しい環境で上手くやっているようだった。元々カエデは周りに気配りできる優しい人だから当然ではあった。そうした話をアンズから聞くたびに、校内でも会うことはあるにも関わらず、カエデがどこか遠い場所に行ってしまったように感じられるのだ。
「クリスマスパーティーしようよ!」
そんな私の心のモヤモヤを吹き飛ばす勢いで、アンズが突然そう言った。
「クリスマスパーティー?」
私はそのまま聞き返した。それは私の人生にはない語彙だった。
曰く、各々が持ち寄ったプレゼントを交換することは、クリスマスパーティーでは一般的なことらしい。
そういうわけで、クリスマスの夜に食事やおしゃべりを楽しみつつ、プレゼント交換をすることになった。そういうことならと、私は自宅に皆を招くことにした。
アンズが「カエデも呼ぼう」と言ったので、私は後で電話することにした。私からカエデを呼ぶことを提案するのは、この三人だけでは寂しいと二人に言うことになる気がして躊躇っていたから、アンズから提案してくれたのはありがたかった。
「それともう一人、声をかけてみたい人がいてね……」
土や油のような、鼻をつく匂いが漂っている。
美術室にやってきた私たちは、すぐに目的の人物を見つけた。
「シオン」
ゆったりとした声でエリカにそう呼ばれたその人物は、動かしていた絵筆を止めると、これまたゆったりと顔をこちらに向けた。 けれどそれはエリカの柔らかな雰囲気とはまた違った、優雅な所作だった。球関節の人形のように滑らかな動きが、端正な顔立ちの彼女の全身を制御している。
「エリカ、どうしたの」
その声は透き通るように美しく、瞳と同じ吸い込まれるような深い闇の色をしているような気がした。 月並みな表現になってしまうけれど、彼女は人形のようだった。噂に違わぬ美しさで、よく見ればカーテン越しに差し込む光だったけれど、後光が差したようで神々しさすら感じられた。 彼女は校内では有名人だった。 だから、エリカが彼女の幼馴染だと知ったときにはとても驚いた。
「クリスマスパーティーすることになったの。シオンにも来てほしくて」
そう意識すれば、エリカの声がいつもよりフランクに聞こえる気がした。
「クリスマスパーティー……うん、わかった。その人たちも?」
シオンが私とアンズを見て言った。改めて見ると、本当に綺麗な人だと思った。隣のアンズも固まってしまっている。
「そう、スミレの家でね」
エリカが私に視線を向けた。
「あなたがスミレさんね。で、そちらは」
「アンズよ。私とスミレのクラスメイトなの。当日はもう一人来るから、合わせて五人」
「にぎやかね」
「嫌だった?」
「どうかな、こんなににぎやかなのは初めてだから」
エリカとの会話の様子を見ているうちに、シオンは印象よりは話しやすい人物だと思った。 そこで彼女が描いていた絵を見てみると、そこには青みがかった黒が一面に塗られていた。抽象画だろうか。
「あの……!」
そう考えていると、同じことをアンズが代わりに訊いてくれた。
「その絵は……その、何を描いているの?」
「星空」
「そうなんだ、星空ね……え、星空?」
アンズは不思議そうな顔をした。私も同感だった。 なにせ、そこには星の輝きらしき色の点が描かれていなかったのだ。
「これはね、私が小さい頃に見た星空を描こうとしているの。星は後で描きこむことにして、今は空の色を調整しているところ」
それを聞いて私は納得した。
「シオンはね、中学でも高校でもずーっとこればっかり描いてるの」
エリカが説明した。
「小学校でも描いていたわ。描ききれたことはないけど」
「途中でやめちゃうの?」
私はシオンに訊いてみた。
「これじゃない、っていつも途中で気付いちゃって。そうなると、これ以上描くとあの日から遠ざかってしまう気がして、もう描けない。変な話だよね」
そう言ってシオンは笑った。息を飲むほど美しい笑顔ではあったけれど、どこか薄暗さが感じられた。
「よかったら、これまでに描いた絵を見せてもらえないかな」
アンズが尋ねると、シオンは美術準備室に向かい、中から何枚かのキャンバスを持ってきた。
「どうぞ。どれも同じにしか見えないと思うけど」
それらの絵が机の上に並べられると、確かに同じ絵にしか見えなかった。わずかな色の違いが判別できる程度だった。
「これ、全部ペルセウス座だ」
そう言ったのは、意外にもアンズだった。
「どの絵も同じ配置で星が描かれているでしょ。真ん中にあるのがペルセウス座で、この明るい星がぎょしゃ座のカペラ、こっちがおうし座のアルデバランで」
「アンズさん、詳しいの?」
シオンが驚いた様子で訊いた。
「えっ、まあ……昔から星座が好きで、よく見てたから……」
アンズは少し照れくさそうに答えた。それは私もエリカも知らないことだった。あのアンズにそんな趣味があったとは。
「それにしても、よく描けてるよこれ。位置だけじゃなくて、明るさも色もかなり正確で、よく勉強して描いたのがわかってさ」
私たちはアンズの言葉をただ聞いていた。アンズが何かについてこんなに詳しく語ることは初めてのことだった。
「勉強したわけじゃないの。記憶の通りに描いただけで、それがペルセウス座だってことは知らなかった」
「あれ、そうなんだ。じゃあすごく記憶力が良いんだね」
羨ましいなぁとアンズが笑っている間、シオンは少し俯いていた。 その時のエリカの心配そうな表情を、私は見逃さなかった。
その日の夜、私はカエデにクリスマスパーティーの事を伝えた。
「もちろん行くよ」
カエデは即答した。
「他のみんなもいるから、集合は高校の正門ね」
「わかった」
こうして電話で話すのは久しぶりだった。校内で会うことはあっても軽く挨拶するくらいで、こうして話すことは二年生になってからはほとんどなかった。
それはカエデも同じことを思っていたらしい。
「誘ってくれて本当に嬉しいよ。最近はあんまり話すこともなかったから、まだ声をかけてくれるんだって」
カエデの少し寂しそうな声を聞いて、私は彼女がそんな風に思っていたことに驚きと安心の両方を感じていた。きっと電話の向こうでは目を細めて前髪をいじっていることだろう。カエデはこういうとき、いつもそうして視線を誰とも合わないようにするのだ。
「当たり前でしょ?」
「そっか……うん、そうだね。スミレはそういう子だった」
彼女はそう言うと、すっかりいつもの調子を取り戻した。
「それにしても、アンズがあのシオンを誘うとはね。珍しい組み合わせだ」
「最初に言い出した時はびっくりしたけど、アンズって分かりやすいから、どうしてシオンに声をかけようと思ったのかはすぐ分かったよ。あの二人が一緒にいるところは見たことないけど」
「私も見たことないなぁ」
「移動教室でも私たちのクラスが一緒になることはないもんね」
カエデはシオンと同じクラスの生徒らしいことを美術室でエリカから聞いていた。
「それも不思議だけど、アンズが星座に詳しいこともびっくりじゃない?」
「部活じゃ一番そういうのから縁遠い感じがしてたけど、アンズにもロマンチックな趣味があったわけだ。ちょっと安心したね」
「誰目線なの?」
「お姉ちゃんとか?」
冗談のつもりで言ったのだろうけれど、確かにカエデは私にとってはお姉ちゃんのような存在だった。
そして当日。
雪が降りだしそうな曇り空の下を私服で高校に向かうと、正門には既に四人が揃っていた。
「お待たせ」
「いやいや、時間ぴったり」
カエデが言った。
アンズは紺色のダウンジャケットを着ていたけれど、他の三人は大人な雰囲気のコートを着ていた。いつもと同じ黒のダッフルコートを着てきた私は、同級生のプライベートが想像より大人びていたことに、不思議な恥ずかしさを覚えた。
特にシオンはかっこよかった。黒のタートルネックと紫のフレアスカートの上から黒のノーカラーコートを羽織っていて、フレアスカートから伸びた足には私なら転んでしまいそうな高さのヒールのグレーのパンプス。雑誌のモデルが出てきたようだった。
「それじゃ、行こうか」
カエデの合図で、私たち五人は歩き出した。
「これがスミレの家なの?」
エリカはやや戸惑った様子でそう言った。
「わかるよ、最初に来た時は私もそうだったから」
カエデがエリカの肩を軽く叩いた。
打ちっぱなしコンクリートの大きな外壁の前で、アンズとエリカが呆然としている。
カードキーで玄関を開けると、四人を中に招き入れた。
脱いだ靴が並ぶと、シオンのヒールが華やかに目立っていた。
私はそのまま皆をリビングに通した。
「広い……そして天井が高い……」
アンズがそう呟くのが聞こえた。
リビングは四十畳ほどあり、南向きの壁は大きなガラスが嵌め込まれている。その向こうにはちょっとした庭があるけれど、今は暗くて何も見えない。部屋にはいくつかのテーブルとソファが置いてあり、一人で暮らすには明らかに広すぎる。両親はこの家を建てるときに、どう使うかをあまり考えていなかったようだ。だから普段はリビングにいることはあまりなく、私は自室に籠っていることが多い。
けれど今日は、広い空間がその本来の役割を十全に発揮しているように思えた。
皆の上着をクローゼットにかけ、ソファに適当に座ってもらった。アンズだけは脱いだものをそのまま近くに置いた。
用意しておいた料理を温めるためにキッチンに向かうと、今日だけはこの家の広さがありがたいと思った。そうして作業している間、四人はそれぞれ用意してきたプレゼントを準備していた。どれも手持ちのバッグとは別の袋に入れられていて、大きさや形状がわからないようになっている。これはアンズの指示だった。
料理の用意が終わり、私が皆のところに戻ると、他の四人は既に準備が整っているようだった。
「部屋からプレゼントを持ってくるからちょっと待っててね」
私はそう言って自室にプレゼントを取りに行った。
「確認のために、もう一度説明するよ」
アンズがプレゼント交換のルールを再確認してくれた。
プレゼント交換は、お互いが用意したプレゼントがどれかわからない状態で行われる。小さなローテーブルを囲むように五人で円形に座り、音楽が流れている間に、目を閉じて隣同士で順次交換していくというものだ。それだけだとつまらないということで、アンズが交換中に二人を指名して、その二人の間で直接交換する機会もあるらしい。音楽が止まったらそこでプレゼント交換が終了となる。円形の並びは私から時計回りにエリカ、カエデ、アンズ、シオンの順だった。プレゼントは予算三千円程度で、食べ物は用意されているから避けるようにしてもらった。
「じゃあ、みんな目を閉じて」
アンズの指示で、私は目を閉じた。そして袋から用意したプレゼントを取り出した。 私が用意したのは『思い出のマーニー』の原著と訳本のセットだった。これは私のお気に入りの小説の一つで、初めて原著に取り組んだ本でもある。
「始めるよ」
アンズがそう言うと、ローテーブルに置かれたアンズのスマホから音楽が流れ始めた。きよしこの夜として知られる曲の原曲である『Stille Nacht, heilige Nacht』だった。きよしこの夜の原曲がドイツの曲だということは、知識としては知っていたけれど、聴くのはこれが初めてだった。星座に続いて意外な、アンズのロマンチックな選曲だった。
その豊かな曲想に包まれて、私たちはプレゼントを交換し始めた。最初のうちは目を閉じているせいでプレゼントを落とすこともあったけれど、次第に慣れてそういうこともなくなった。
交換する中で、皆の用意したプレゼントの手触りを感じ取っていた。目を閉じている分、触覚が普段より鋭敏になっている気がする。
最初に分かったことは、私以外のプレゼントはどれもあまり重くないということだ。文庫本二冊というのはそれなりに重いし、体積も大きい。サイズで言えば、概ね手のひらに載るくらいだった。
形については、一つだけ細長いものがあったように思う。五つのプレゼントはそれぞれ形や大きさが区別できたような気がしたけれど、それ以上のことは、視覚のない状態ではあまりはっきりとした区別はできなかった。それに交換を繰り返すうち、どれが自分の用意したものかもわからなくなっていった。
時折アンズが誰か二人の名前を呼ぶと、交換は一旦止まり、呼ばれた二人が直接交換した。それは何度か行われ、全員が一度は経験した。
数分後、音楽が止まった。その時点で私が手に持っていたのは、五つの中ではやや大きなものだった。中身は何だろう、誰からのプレゼントだろう、そうしたことが気になって、早く確認したいと思った。
けれど、その気持ちはアンズの声によって棚上げされた。
「え、あれ?」
その声には明らかな戸惑いがあった。しばらくしてもアンズからの指示がなく、不安になって目を開くと、アンズの手元には何もなかった。
プレゼントが一つ消えた?
私たちはすぐにあたりを見回したけれど、それらしき物は見つけられなかった。
私はすぐに、誰がどこにプレゼントを隠したのかを考え始めた。
「誰のプレゼントが……?」
しかし、エリカは違った。「誰が」ではなく「誰のプレゼントが」に注目したのだ。私はこれにひどく自分を恥じた。この頃ミステリを読んでいたから、という言い訳は何の慰めにもならなかった。
「それが分かったら、そのプレゼントを用意してくれた人を悲しませるだけだよ」
アンズは本当に悲しそうに、これまで見たことのない表情でそう言った。そしてその表情は、手に覆われてすぐに見えなくなった。
元々のルールもあり、私たちはそれ以上、誰のプレゼントが消えたのかを考えることはしなかった。
「とりあえず、今あるものだけでも開けてみようか」
落ち着いた声でカエデがそう言うと、エリカが頷いて手元のプレゼントの封を解いた。
中身は金属の質感が際立つシンプルなシャープペンシルだった。一見無骨なデザインのそれは、よく見れば計算されたバランスによってシンプルさの中に可能な限りのエレガントさを詰め込んでいるようだった。品の良い光沢が手の中で輝き、お世辞抜きにしてもセンスの良い一品だった。
「まあ、とてもお洒落なシャーペンね。ボールペンや万年筆じゃないから、普段使いできそう」
エリカは満足そうに言った。
次にカエデが開いた。中身は革のブックカバーと栞のセットだった。アンティーク調ではあっても硬質な印象はなく、こなれたアイテムという感じだった。これも普段使いできそうで、エリカが用意しそうなプレゼントだった。
「最近はよく本を読んでたから、なんだか応援された気分だね」
カエデのその言葉に私は驚いた。
「カエデ、本を読むようになったの?」
「うん、実はね」
カエデの意外な一面だった。私の知っているカエデは本に興味がないわけではなかったけれど、自分で読むことはほとんどしなかったはずだ。たった数ヶ月離れていただけで知らないことが増えていたことに、私はショックを受けた。十年以上も一緒にいたのに、それも読書だなんて……。
私が密かに落ち込んでいる間に、シオンが開いた。それは私が用意した二冊の本だった。ちらりとカエデを見ると、彼女は何かに納得したような様子で軽く頷いていた。きっと私の用意したものだと気付いたのだろう。
最後に私が中身を確認すると、十二色セットの水彩色鉛筆だった。これはきっとシオンの用意したものだろう。どうやらドイツ製らしい。
ここまで見てきて、カエデの用意したものだと思えるものがなかったことに気付いた。四人の表情を見てみたけれど、何を考えているかはよくわからなかった。
「飲み物持ってくるね」
私は怖くなって、キッチンに逃げてしまった。なるべくその一時的な避難を伸ばせるよう、戸棚の中で最も抽出時間の長い紅茶の茶葉を選んだ。それを丁寧に淹れ、カップと共に皆のもとに運んだ。
「良い香りね」
そう言ってエリカは目を閉じ、紅茶の香りに意識を集中させた。
「そろそろ料理も準備できるけど、それまではお茶で我慢してね」
「手伝うよ」
その申し出を受けて、私はカエデと二人で再びキッチンに移動した。
「スミレってわかりやすいよね」
「どれが私のプレゼントかって話?」
「まあ、それもそうなんだけど、色々と顔に出てたよ」
カエデの指摘はきっと、私が色々と考えてしまっていることに対するものだろう。カエデは私のことを本当によく見ている。お姉ちゃんだという認識はそうしたところに由来する。
「気になるのは当然だけどね……アンズが言っていたように、それを明らかにしたところで誰かが救われるわけじゃない」
「うん、大丈夫、もしわかったとしても言わない。本当は考えないのが一番なんだろうけど、私はカエデほど大人にはなれないみたい」
「私の方が誕生日は遅いのにね」
そんな軽口をカエデが言うと、オーブンが完成を教えてくれた。 ミトンをして中から器を取り出し、他の皿も合わせて二人でローテーブルに運んだ。
「今日のメインディッシュだよ~」
カエデがそう言って並べていった。その表現には、このクリスマスパーティーのメインイベントだったプレゼント交換から主役性を移し替える意図があったのだと思う。
それからしばらくは食事をしていた。次第にアンズはいつもの調子を取り戻し、料理にも手が伸びるようになっていた。
少しずつにぎやかになる中で、プレゼントのことを避けるように、会話の内容は自然と高校での普段の話題に落ち着いた。
不思議なことに、私たち五人は、こうしてクリスマスに集まるくらいには関わりがあるにもかかわらず、所属するコミュニティがバラバラだった。
私はどの部活にも入らず、放課後は図書館に通う毎日だし、アンズとカエデはバスケ部、エリカは生徒会と文芸部に所属していて、シオンは美術部で星空の絵ばかり描いている。お互いにプライベートのことを話しあっていた。
「ごめん、ちょっとトイレに行きたいんだけど」
エリカに尋ねられて、私は場所と行き方を伝えた。エリカが席を立ってリビングから出ていくとき、彼女は手元に置いてあった小さなバッグ持って行った。それはプレゼントが入っていた袋とは別のもので、その袋は小さくまとめられてあのバッグにしまわれた。
エリカに限らず、四人はプレゼントを持ち物の入ったバッグやリュックとは別の袋に入れて持ってきていて、それらはバッグなどにしまわれたか、中に何も入っていないことが明らかな状態で近くに置かれている。
カエデにああ言われてもまだ、私は誰がプレゼントを消したのかを考えていた。
だからエリカがバッグを持ってリビングから出ていったとき、反射的にその様子を観察していた。けれどそのバッグはとても小さく、確信を持つことはできないにしても、交換中に触って感じられたそれぞれの大きさからするに、あの中にプレゼントを隠すことはできないと思う。着ている服にも何かを隠せるようなポケットやスペースはないようで、それは全員に共通して言えることだった。特にシオンの服は体のラインが結構出ていて、彼女のスタイルの良さを改めて確認することになった。
そんなことを考えていると、エリカが両腕をさすりながら戻ってきた。
「廊下はちょっと冷えるのね~。外があんなに寒かったから仕方ないのでしょうけれど、コートを着ていけばよかったわ」
「そうさせてもらおうかな」
今度はアンズが席を立った。カエデもついてくようだ。二人とも上着を羽織って出ていった。
悪いとは思いつつ、二人の荷物を遠目に観察した。アンズのリュックは少し離れたところに置いてあり、あの状況でプレゼントを隠すことは不可能だろう。
一方のカエデは手の届く範囲にバッグを置いていて、大きさについても中にプレゼントを隠すことは十分に可能そうだった。よく見るとそれは何年か前に私が誕生日に贈ったもので、今でも使っていてくれることが嬉しかった。確かあれはメインのスペースを閉じる部分がマグネットになっていて、閉じるときにどうしても音が鳴るはずだ。交換中にそんな目立つ音はしなかったから、私はカエデの潔白を証明できたことになるだろう。そのことにとても安心した。
ついでにシオンの様子も見てみると、彼女は私たちの話を聞きながら黙々と料理に手を伸ばしていた。彼女のバッグも手元にあり、大きさも隠すのには十分に思われたけれど、プレゼント交換前に何度かそれを開くことがあり、中にたくさんのものが詰め込まれているのが見えていた。あの中に更にプレゼントを入れることはちょっと無理がありそうだった。
そういうわけで、四人とも持ち物にプレゼントを隠すことはできそうにないのだった。
では、プレゼントは隠されたのではなく、どこかに紛失されてしまったのか?
それはまずない。すぐにあたりを探したけれどそれらしきものはなかったし、元々物が少ない部屋だから、何かが増えればすぐに気付くはずだった。
他にもいろいろな可能性を考えているうちに二人が戻ってきた。カエデは私がまだ真相を考えているのを察して目配せしたようだった。
カエデには悪いけれど、私は何が起こったのかを理解してしまった。
けれどそれを言うつもりはない。もしそれが皆に知られてしまえば、私たちは今のままではいられなくなるだろう。普通で幸せな日常を、失ってしまうことになる。 私はどうすれば犯人がバレないまま終われるかを考え始めた。
(解答編につづく)
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