第166話

 凄まじい風と巻き上げられた氷や石が機体を叩き耳障りな音を奏でる。

 フカヤと護衛の要珍宝は嵐の中を進んでいた。

 例の大暗斑に近づいただけでこの有様だ。 最初は風が強い程度だったのだが、外縁に近寄っただけで歩く事すらままならない。 気を抜けばトルーパーでも吹き飛ばされてしまいそうだった。


 最初から下手に飛ばない判断をしたヨシナリの事を流石だと思いながら進む。

 

 「ま、まだ進むんですか? もう一歩進むだけでも大仕事ですよ」

 「すいません。 中心に届かせたいからもうちょっと近寄りたいです!」


 フカヤのボルトはミサイルほどの推進力が出ないのでかなり近寄らないと難しい。

 こんな事ならミサイルポッドでも持ってくればよかったかと思いながら暴風のヴェールをかき分けるように一歩、また一歩と前に進んでいく。 改めて見るととんでもない環境だ。


 吹き荒れる嵐に瞬く間に凍り付く寒さ。 戦闘以前に行動するだけで機体が消耗する過酷な場所で敵の拠点をいくつも陥落させる。 前の防衛イベントも大概だったが今回は輪をかけて酷い。

 

 「すんません自分、そろそろ無理です」


 吹き荒れる嵐に要珍宝がついに音を上げた。 

 振り返ると武器を地面に突き立ててどうにか飛ばされずにいる状態だ。

 フカヤもそろそろ限界を悟る。 本来であるなら設置しても問題はない距離なのだがこの暴風の中、狙った場所に飛んでくれるか非常に怪しかった。 


 ――限界か。


 これ以上進むのは難しいので妥協するべきだ。 ヨシナリに提案しておいてこの体たらくと言うのは情けのない話ではあるが、発射にすら失敗するような無様は晒したくない。

 フカヤはボルトを地面に突き立てて、発射の設定を弄る。 先端の弾頭部分だけが飛ぶようにだ。

 

 これをやると飛翔時の安定性が落ちるのであまり推奨はされない使い方だが、発射台が要るのでこうするしかない。 三つほど離して仕掛ける。

 

 「よし、セットは完了したから急いで離れよう」

 「了解です。 できればこんな嵐にはもう近づきたくは――」


 要珍宝が少しだけほっとしたような口調でそう言いかけたのだが、その言葉が不意に止まる。

 何故なら嵐が止んだからだ。 唐突に訪れた無風。

 そして目の前に存在した巻き上げられた氷のヴェールがゆっくりと薄れていき、その中身をさらけ出す。


 前回の防衛戦にも巨大なエネミーは出現した。 カタツムリ、蝦蛄、クラゲ。

 最後に出て来たイソギンチャクとウツボは格が違うと思っていたが、目の前に現れたそれはそれと同等かそれ以上の威圧感を放っている。 暗視装置越しなのでカラーリングまでは不明だが、金属の輝きと圧倒的な質量。 そして特徴的なヒレを持つその存在はある海棲生物と酷似していた。


 サメだ。 途方もなく巨大なサメがそこに居た。

 イソギンチャク型が目測で約五百メートルクラスと言われていたが、それよりも更に巨大なサメの全身には凶悪なデザインの砲やミサイルの発射口らしきものが大量に搭載されており、目の前の獲物を確実に消し去るといった絶対の意思を感じる。


 「ヨシナリさん。 あなたの言葉は正しかった」


 フカヤは思わず呟く。 これは知らずに襲われたらたまったものではない。

 正体を暴いたのだ。 一先ず任務は完了ではあるが、可能であれば生き残りたい。

 フカヤは要珍宝に逃げるように促そうとしたが振り返ってさっと背筋が冷えた。


 さっきまで遠目に見えていたはずの嵐、このサメを隠していたヴェールが背後に存在していたのだ。

 ここに来てフカヤは悟った。 こいつは見つけた得物をこの大暗斑――自分のテリトリーの中に取り込んで仕留めるのだ。 


 ――逃げられない。 

  

 せめてヨシナリ達にこいつの正体を伝えようとしたのだがエラーを吐いてできない。

 どうやらこの中は通信不可エリアのようだ。 


 「フカヤさん。 自分が気を引くんでどうにか逃げてください」

 

 要珍宝がハンマーを構えるが、フカヤが小さく首を振る。

 

 「隙を作るならもっといい手がある」


 小さな炸裂音がしてフカヤが仕掛けたボルトが起動。 弾頭が真っすぐにサメへと飛翔する。

 幸か不幸か嵐の中心に入る事で真っすぐに飛んだ。 

  

 「逃げろ!」


 フカヤと要珍宝は即座に踵を返し、推進装置を全開に噴かしてその場からの離脱を図る。

 嵐を突破できるかは非常に怪しいが、勝てる気がしないのでやるしかなかった。

 

 ――が、それは彼等の寿命をコンマ数秒伸ばす結果にしかならなかった。


 何故ならサメ型エネミーの全身に搭載された圧倒的な火力は飛んできたボルトごと彼等の機体を蒸発させたからだ。 大出力のレーザー、雨のようなミサイル、嵐のような弾丸。 

 あらゆる防御を飽和させる圧倒的な物量は広範囲に及び、別れて狙いを散らそうとした二人のプレイヤーの思惑を嘲笑うかのようにあっさりと攻撃範囲に捉えて消し飛ばしたのだ。


 サメ型エネミーは目玉の形をしたセンサーをギョロリと動かしてある一点を見つめるとゆっくりと方向を変えた。



 嵐に阻まれ、光源もないここは視界という点では最悪だ。

 だが、そんな悪条件にもかかわらずそれははっきりと見えた。 

 

 ――見えてしまったともいえる。


 フカヤ達との連絡が取れなくなってはいたが、識別信号――要はレーダーには映っていたので生存している事は分かっていた。 その為、信じて待っていたのだが、嵐を突き抜けて凄まじい密度の攻撃が地面を穿った時点でヨシナリ達は二つの事を悟った。


 まず、大暗斑の中にはエネミーがいた。 これを確認する事が目的だったなので裏が取れたと喜ぶところだろう。 そしてもう一つ、フカヤ達の識別が消えた。 つまり撃破された事を意味する。

 

 「そりゃあんなもん躱せる訳がねぇよ……」


 思わず呟く。 嵐を突き抜けた極太のレーザー攻撃を見れば攻撃範囲の広さが窺える。

 二人がやられた事は残念だが、目的は達した。

 可能であればボスの詳細な情報を持ち帰りたいが、欲張って全滅しても笑えない。 

 

 「逃げよう。 全員散ってどうにか拠点と通信が可能なエリアまで後退。 一人でも生き残ればそれで問題ない」


 全員が頷くとその場で散って別々の方向へと動き出す。

 悩む間もなく撤退の判断をしたのは嵐が明らかにこちらに近寄ってきていたからだ。

 間違いなく捕捉されている。 あんな攻撃に晒されたら生き残る自信がないので、急いで距離を稼がないと死ぬ。 ヨシナリはもう哨戒機に見つかるリスクを受け入れ、背にあるメインのブースターを噴かして速度を上げた。  

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