第39話 アメリす、唸る
「アメリス様、どうされたのですかそんな真剣な表情をして……」
アサスお姉様のことを考えていると、アルドが怪訝な顔をして私の方を尋ねてきた。
「失礼ね、普段は真剣じゃないみたいな言い方して。少し思うところがあって思考を巡らせていたのよ」
私がそう返すと、アルドはまさか私がアサスお姉様のことを考えていたとは微塵も思っていなかったようで、
「そうですよね。ずっと歩みを続けてきたアメリス様ですから今更立ち止まるのには抵抗感があって当然です」
と言った。私が休めと言われたことに対して気に病んでいると思われたのかしら。
そうではなくアサスお姉様のことを考えていたと弁明しようかと思ったが、こんな雰囲気でお姉様の口にできる状況じゃない。休んでくれと言われるのがオチだ。
私はどうしたものかと考えて、腕を組み「う~ん」と唸ったところ、私の前にいるロストスが、
「アメリスさん、一人でとりあえず考えてみてください。僕たちはとりあえず村人たちへの説明に戻ってますから。疲れたでしょうしゆっくりしてください。とりあえず世話係にルネを扉の前に待機させるので、何かあったらあいつに言ってください」
と言って立ち上がった。それに対してアルドも、「いったん失礼します」と言って追随する。ヨーデルはロストスの発言に対してなぜか不快そうな表情を浮かべていたが、ロストスが彼に向かって何かを囁くと、重そうな腰を上げて部屋から出ていった。
私だけがポツンと取り残される。
なんか、すごい病んでるみたいに取られたのかしら。
誤解中の誤解であったが、一応事態が一時的ではあるが小康状態となり、今すぐ対処すべき問題は無くなったので(問題は山積みだが)、少し一人でゆっくりしたいという気持ちもないわけではない。正直疲れてるは疲れてるに決まっている。こっそり獣道を通って商業地区まで行き、さらに魔法使い? にまで遭遇したのだから。
だから私は何も言わず三人が部屋から出ていくのをぼんやりと見ていた。
久々に一人でゆっくりしているなぁとふと思う。元々一人が好きというわけでもなく、領民と話したり、家庭教師やメイドたちといった屋敷の人間と積極的に関わっていたからむしろ人と一緒にいるのは好きだ。
でもたまには独りになりたい時もあるわよね。ひゅうと軽く息をはいて脈を整える。今まで溜まっていた疲れが噴き出てきたようであった。
さて、一人になったところで続きを考えよう。アサスお姉様にならつけ込む隙があるんじゃないかという話だ。
結局、彼女が最も大切にしているのは財力だ。上品に言えば国の財政を厳しく管理して利益を最大限にすることを考えている。下品に言えばドケチの年増だ、私と五つしか歳は変わらないが。
見た目も内側に秘めているものが溢れ出ている。丸い眼鏡の奥から覗く瞳は切れ目で鋭く。帳簿の読みすぎかいつもうっすらと隈が浮かんでいる。その下にはプライドを表すような高い鼻に、一度開けば私への小言が止まらない口を備えている。
そんな財政第一主義の姉が、だ。お父様やお母様の方針で重要な取引の対象であるマルストラス領とマスタール州という二つの大きな取引相手に溝が入ったのだ。この状況対して思うところがないわけがない。
もし一方だけならば相手を苦しめることができ、ロナデシア領にとって有利な状況を作ることができたかも知れない。しかし同じマハス公国に所属するマルストラス領がマスタール州側についたことで、むしろ取引において被る損害はロナデシア領の方が甚大だろう。
しかも、マスタール州がロナデシア領と取引をやめた分、むしろマルストラス領とマスタール州の取引が増加してしまい、ますますロナデシア領から潤いは消えていくのだ。
と、ここまでが確固たる現実。
そしてここからが本当の問題。アサスお姉様がどう動こうとしているか、だ。今のところはお父様とお母様に従ってはいるだろうが、内心は穏やかではないはずだ。
ここに、何かつけ入ることができないか。両親はダメでも、アサスお姉様ならば利益のことを考えて和解のテーブルについてくれるかも知れない。もし仮にロナデシア領とマスタール州の間で戦争でも発生したら、多くの血が否応なしに流れることになる。それだけは絶対に避けたいことであった。
考えるのよアメリス、どうにかしてアサスお姉様と会う方法を!
会って話をしなければ物事は始まらない。しかもそれはお父様とお母様にバレないようにである。二人は私の顔を見た瞬間処刑せんばかりの勢いで処刑してくるだろうし。
ちなみに妹のマリスはお母様と同じくらい私のことを嫌っているから、こちらを会ったら何をされるかわからない。
感情論ではなく、損得勘定で動いているアサスお姉様だからこそ、見えてきたチャンスだ。あれだけ冷酷でひどいと思っていた性格のおかげで道が切り開けそうになるなんて思いもしなかった。人生何があるか分かったもんじゃないわね。
うんうんと唸って何か案がないか、必死に考える。頭を掻き、手の指をグーパーさせ、伸びをして、妙案を捻り出そうとする。
しかし、私の出した結論はただ一つであった。
「……何も浮かばないんだけど」
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