第37話 アメリス

 私とローナは縄で椅子ごと縛られて、身動きが取れなくされてしまった。ローナは再び眠らされてしまっている。

「さ、白状してもらおうか。どうして私の能力が効かないのかを」


 男はずいと顔を近づけてきて、私のことを凝視してくる。


「知らないわよ。そもそも能力って何? あなた化け物か何かなの?」


 だが質問をされたところで、全く何を言われているのか見当もつかない。私はどう答えていいかわからず、むしろ質問を質問で返す形となる。


「本来なら催眠状態にして自分で話させるんだが、それが効かないから困る。だったらこっちの小娘に聞いてみるか」


 男はそう言うと、ローナの額に手を当てた。すると眠っていた彼女の目が急に見開かれて、意識を取り戻したかのように見えた。しかしその瞳の中に光は宿っておらず、うつろでどこを見ているのかわからない状態である。


「彼女はアメリス。マハス公国ロナデシア領の令嬢の次女だよ。最近追放されたみたいで私の村にタート村の人々を連れてやってきたの」


 抑揚がなく感情がこもっていない声で、ローナは淡々と答えた。はつらつとした彼女の姿はどこにもない。男はその言葉を聞くと、突然「くくっ、あははははは!」と高らかに声を上げて笑い出した。なんなのこの人、訳がわからない。


「なるほど、なるほどな。お前があいつの子供か。だったら魔法に異常な耐性を持つのも納得できる。せいぜい楽しむんだな、その能力を」


 あいつの子供? お父様を指しているのか、お母様を指しているのか私には理解しかねるが、この人は何か彼らについて私が知らないことを知っているの?


「どうした、何がなんだかわからないって顔をしているな。だったら教えてやろう、お前は……」


 男は私の顔を見てにやりと笑うと、衝撃的な言葉を放った。


「人間であり人間でなく、淫魔であり淫魔でない。そういった存在なんだよ。ああ面白い、ここで殺してしまうのはあまりにも惜しい。いいだろう、逃してやる。ヨース村の人間も解放してやる。ロナデシア連邦を乗っ取ってやろうかと思っていたが、こっちの方がよっぽど興味深い。さあ見せてくれ’君の紡ぐ物語を」


 男は言い終わると、パチンと指を弾いてからスタスタと薬やから出て行ってしまった。


「待ちなさいよ!」


 私は彼の後ろ姿に向けて叫ぶが、こちらを向くことなく右手を少し上げるとひらひらとさせながら私の視界から消えてしまう。


 男がいなくなって身の危険は無くなったが、依然として縛られたままだ。自分の力ではどうすることもできないので、棒立ちになっている兵士たちにひたすらに呼びかけていた。


しばらく呼びかけていると、


「あれ、俺は何を……ってアメリス様? なんで縛られているんです?」


 兵士たちは正気を取り戻したようで、彼らは椅子に括り付けられている私たちを見ると、何事かと大慌てで騒ぎ出した。パニックなっている彼らを見ているのもなんだか面白かったが、そんなことをしている場合ではない。


 とりあえず縄を解いてもらい、私は彼らに何が起きたのかを話した。兵士たちは何も覚えていないようで、何が起きていたのかまるっきりわからない様子であった。


「あの男はどこ!」


 ローナも目を覚まし、起きて早々叫び声を上げた。今度は完璧に覚醒しているらしく、グルルと犬のように唸っている。


 昂っているローナをなだめ、私たちはヨース村に引き返すことにした。


    *


「嘘でしょ……」


 ヨース村へと戻ると、何やら村が騒がしかった。何か問題でも起きたのか、まさか私がいなくなったことで揉めているのか。


 兵士たちの影に隠れて恐る恐る村の中へと入っていくと、駆け寄ってくる足音が聞こえた。足音の方向を見ると、それはヨーデルであった。


「アメリス様、探しましたよ。どこに行っていたのですか!」


 すごい形相でこちらに向かって歩いてきて、兵士たちの制止を振り切って私の元へと歩いてきた。よっぽど無断で薬屋へと向かったことを怒っているらしい。


「ご、ごめんなさいって。ここまで騒ぎになるなんて思ってなかったのよ」


 ローナはバレずに出ていくことができると言っていたが、そんなことはなく完全に失敗していたらしい。あんなに苦労して商業地区まで向かったのに!


「そんなことはどうでもいいんです、それよりも重大な事件が発生したんですよ。いいから来てください!」


 だが予想外なことに、村を勝手に抜け出したのが理由でここまで怒りを買っているのではなかったらしい。だったらこの焦りようは一体なんなのだろう。


 ヨーデルは私の肩を掴むと、一度深呼吸をした後に衝撃的なことを言った、


「ヨース村の人間が戻ってきたんですよ! 急にうつろな表情で大勢で村に現れたと思ったら、急に正気に戻ったんです。しかも何者かに操られていたらしく、今までの出来事は何も覚えていないみたいでもう村中パニックですよ」


 ヨーデルが言い切ると、横で話を聞いていたローナがずいと前に出てきて、


「本当に帰ってきたの!」


 とヨーデルに詰め寄った。彼が「本当だ、なんなら自分の目で確かめてみろ」と言うと、一目散に村の中央へとローナは駆け出した。


「待って!」


 私も彼女の後を追って駆け出した。全速力を出しているようで、立ち尽くしている彼女の元へと追いついた時には、すでにへとへとになってしまった。


    *


「お母さん!」


 村の中央にある広場に辿り着くと、ローナは一目散に一人の女性の元へと向かった。女性は彼女の方を向くと、二人は視線を交差させた途端に抱擁を交わした。抱きついたまま二人はしばらく動かなかった。先ほどの発言から察するに女性はローナの母親であるらしい。ローナの目からは涙がつたっており、これまでどれだけ我慢をしていたかが伺える。なんだかこっちまで泣けてきてしまう。


「よかったわね、ローナ。家族と会えて」


 私は抱き合っている二人に話しかける。


「うん、よくわかんないけどアメリスのおかげでお母さんとも再開できた。ありがとう!」


 ローナは見たことのないほどの素敵な笑みを浮かべ、私に微笑みかけてきた。喜んでくれるのは嬉しいが、私は何もしていないので複雑な気分である。


 やはりあの男がヨース村での事件に深く関わっているのは間違いないようであるが、全貌が見えてこない。なぜあんなことを言ってきたのか。半分は人間で半分は淫魔、何を言っているのかさっぱりわからない。それにお父様かお母様に秘密があるっぽいけど思い当たる節など全くない。追放された身であり、直接会って尋ねることも叶わないだろう。


 微笑ましい光景を見ながら、事態が複雑に絡みあってきていることに不安を覚えた。


「……そんなことがあったんですか。全くアメリスさんはいつも問題の中心にいますね」


 ロストスは呆れるように言った。


 私は再びヨーデルとアルド、そしてロストスを交えて事態の整理を行なっていた。しかしどう対処していいのか全くわからない。四人で話し合ってもこれからどうすべきかの結論は全く出てこなかった。


 お母様のこと、お父様のこと、姉妹たちのこと、あの男のこと、そして私自身のこと。解決しなければならない問題はてんこ盛りだ。


 真剣な顔をして四人して顔を突き合わせていると、なんだかその顔が面白くてお互いに笑い合ってしまった。


 その姿を見て思う、彼らと一緒ならどうにでもなると。どんな困難だって乗り越えることができると。


「ねえみんな」


 私は彼らに向かって問いかける。


「もしかしたらこれからはこれ以上の問題が降りかかるかもしれない。でも私に力を貸してくれる?」


 すると彼らは、


「「もちろんです」」」


 と息をそろえていった。その言葉はふかく心の奥に染み込み、こんなに困難な状況なのにどうにかなってしまう気がした。


「ありがとう」


 私は彼らに心を込めて言う。


 先程まで曇っていた空は、切れ目から光が注いでいた。黒い埃のような雲の間から注ぐ光、それは私たちの行く末を照らすような美しい神光であった。

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