第33話 アメリス、画策する
「マスタールにこんな道があったなんて……」
横を歩くローナがつぶやいた。その表情ははっきりとは見ることができないが、彼女が手元に持っているランプのおかげでなんとか私たちお互いの存在を認識し合うことができる。
「ね、いい案でしょ?」
私たちは真っ暗な道のりを、小さな光を頼りにして進んでいる。響き渡る音は横を流れる下水の音だけであり、他には何も存在しない。
「確かにこれなら兵士たちにも見つからずに薬屋の元まで辿り着けそう。まさかマスタールにこんな膨大な地下道が張り巡らされていたなんてね」
ここはマスタールの地下街、輝く市街地とは対照的にどこまでも続くような闇が広がる世界である。ロストスから以前聞いた話によれば人も住んでいるらしい。彼もここで育ったと言ってたが、人が住めるような環境であるとは到底思えない。正直下水の匂いはひどいし、先ほどから虫の死骸やネズミがうろちょろしたりしている。
確かにここには普通の人間は立ち入ろうとは思わないだろう。だが一方でロストスが私を追いかけた時に小声を利用したように、街を秘密裏に移動するには十分有効であるはずなのだ。
薬屋に行くとなった時に、地下道のことをすぐに思いついた。私にしては冴えてるんじゃないかしら。
「薬屋に行く途中の道のマンホールから地下に入ったから、このまま真っ直ぐいけば薬屋の下にはいけそうだね」
「ええそうね、絶対尻尾を掴んでやりましょう!」
私たちは二人して意気込んだ。
ここまでは良かった。だがここからが問題であった。
私たちは薬屋の下であると思われる場所までやってきた。しかしやって来ただけであった。
「ここからどうしよう……」
そう、やってきたはいいが、ここからどうするかを全く考えていなかった。せっかく一手先を読んだ気になっていたが、二手目を全く考えていなかったのだ。完全にやってしまった。アサスお姉様だったら十手先くらいまで読んで行動していただろう。もう!
「とりあえずそこの道に入っていったん考えようよ」
ローナは「はあ」とため息をついた。ああ、せっかくいいところを見せられたと思ったのに……。
そして彼女はランプで自分の手を照らしてある方向を示した。その方向を見ると、そこには地下道の壁が削られて別の場所へとつながるような道が掘られていた。暗くて気づかなかったが、ローナは気づいていたらしい。
ローナの言う通り脇道へと入り、そこに腰掛ける。ランプだけが私たちを照らして、ここにいることを教えてくれる。これが無かったら、もはや闇へと同化して飲まれてしまいそうだ。
「とりあえず薬屋の下の地下道の部分には何も無かったし、近くにあるマンホールから地上にあがったほうがいいんじゃない?」
薬屋の下に何かしらの穴でもあれば別であるが、そんなものは見つからなかった。もしかしたら地下道を利用して何やら動きを見せるのではないかという予想も立てていたが、まんまと外れてしまったのである。
「それしかないわよね……」
私は頷いてローナの言葉に従う。上に出れば兵士に見つかってしまうリスクを高くなるが、ここでじっとしていても仕方がない。そう思って立ちあがろうとした時であった。突如視界が失われ、暗闇が全てを支配し出した。何事かと思い隣を見ると、ローナが手に持っていたはずのランプから光が消えていた。
「どうしたのよきゅむぐっ」
事情を尋ねようとしたが、ローナに口を塞がれてしまい何も話せなくなる。彼女の手を振り払おうとした時、「誰か近づいてくる音がする」と私の耳元で囁いた。私の耳には何も聞こえなかったが。しかし万が一のことがあるので彼女の言葉に従い、おとなしく息を潜めているとコツコツという足音が聞こえてきた。音は次第に大きくなってくる。どうやら私たちが座り込んでいる道ではなく、先ほどまで私たちがいた道から聞こえてくるようだ。お願いだから見つからないように願っていると、姿は見えなかったが私たちの横を足音が通り過ぎた。
異常なまでの緊張感が走り、全身から発汗するのを感じる。鼓動が速くなり、心臓をハンマーで打ち付けられているような感覚に襲われた。
しかし、見つかることはなかった。地下道が真っ暗であるということもあったが、何より今横を通り過ぎた人物はこんなに暗い道をランプも松明も持たずに歩いていたのだ。随分と地下道に慣れている人間なのだろうか。そういえばロストスもランプを持っていなかったわね。というか地下街に住んでいる人たちはどこにいるのかしら、もっと最深部があるとか?
足音が止んだのを確認して、ローナが薬局のある道に少しだけ顔を出す。私がどのような様子か尋ねようとしたが、彼女は何も答えなかった。不思議に思って、私も顔をだす。するとそこには驚きの光景が広がっていた。
「なんなのあれ……」
思わずつぶやいてしまった。それがこの世の光景であるとは思えなかった。ちょうど薬屋のしたあたりだろう、そこにたった男性が手を天井に向けて掲げて、何やら口を動かしていた。背が高く、黒いコートを着ており何故かコウモリのような印象を受ける。
どうして先ほどまで真っ暗で性別さえも分からなかったのに、行動まで細かに把握することができたのか同然疑問に思った。視覚では認識できていても頭の処理が追いつかなかったのである。
ゆっくりと、何が起きているのかを解釈する。だがこんなのおとぎ話、空想の話の世界ではないか。そう思い目の前に広がる光景を認めようとしない自分がいた。
男性の足元では、太陽に匹敵するほど眩い光は放たれていた。その光は円形の中に何やら幾何学的な模様を描いているようにも見える。あんなものが現実に存在するなんて!
円形の光り輝く幾何学模様、それはもう魔法陣としか解釈するしかなかった。もしかしたら私たちは暗闇を歩くうちに異世界にでも迷い込んでしまったのかもしれない。
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