第31話 アメリス、動き出す
「……もどかしいわね」
私は誰もいない部屋の中で、用意してもらったベッドに寝っ転がって言った。大の字でぼんやりと天井をひたすら眺めている。
ヨース村にやってきたから一週間が経った。タート村のみんなも次第に生活を整えだして、元の暮らしを取り戻しつつある。本当に喜ぶべきことだ。
しかし、しかしである。
例の薬屋の前で見張りを続けている兵士たちからの報告では、特に怪しい動きを店主は見せるわけでもなく、ひたすらに家と店の往復をしているだけらしく、尻尾を掴むことはできていない。
ロストスの方も頑張ってくれてはいるものの、目覚ましい成果は未だ得られずといったところである。
ローナにあれだけ大見え切って約束した手前、何もできていない自分への苛立ちが沸々と湧き上がってくる。しかもお母様やお父様に未だ大きな動きはないが、事態が急変する可能性だってありそちらからも目が話せない。奇妙なことに私が追放されたことはマスタールはおろかロナデシアでも広まっていないようである。課題は山積みで嫌になってくる。
もう勝手に一人で行動しちゃおうかしら。
前に言われた警告のことなど綺麗さっぱり忘れて、自分で問題への対処に乗り出してしまおう。そんなことを考えていた時、部屋のドアをコツコツと叩く音がした。
いるわよとドアに向かって返事をすると、開いたドアの横から人影が現れる。
「アメリス、ちょっと相談があるんだけど」
それは、随分と大荷物を背負ったローナであった。
「いいけど、どうかしたの?」
私は起き上がってベッドの縁に腰をかけると、マットレスをポンポンと叩いて横に座るように促した。荷物を床に置いたローナがちょこんと座る。彼女の表情からは、初めて会った時のような嫌悪の感情はすっかり削ぎ落とされ、代わりにやけに思い詰めたような顔を浮かべていた。彼女とはこの一週間で打ち解けた気になっていたが、こんな彼女を見たのは初めてであった。私も何を言われるのかと緊張して身構えてしまう。
ローナは美しい金色の髪の毛を何度か手櫛で撫でていた。すぐに口を動かすことはせず、何か考え込んでいるようであった。
やがて決心したのか、たまたま外から鳥の鳴き声が聞こえた時、それが合図となるようにローナは、
「アメリス、今から例の薬屋まで調査に行ってみない?」
と言った。私に目は合わせず、拳を固く握っていた。やはり家族のことが心配なのだろう、早く自分でも動きたいという気持ちは私と同じらしい。なんだかこの一言で、踏ん切りがついたような気がした。
「わかったわ、行きましょう」
私は二つ返事でローナに返した。早速立ち上がって部屋から出ようとすると、彼女はぽかんとした表情をして、硬直していた。私が首を傾げて彼女を見つめていると、
「いや、ごめん。聞こえなかったわけじゃないんだ。ただこんなにあっさり承諾してくれると思わなくて。少しは迷ったりするかなと思ったから。アメリスは失敗ばかりしてたんでしょ?」
とローナは言った。
ローナにも私の今までのドジはバレているらしい。まったく誰がこの子に話したのよ、兵士の誰かが軽口叩いて話したのかしら。
「ええそうよ、でもそれが止まっている理由にはならないでしょう?」
アルドやロストスたちからはおとなしくしているように言われたが、やはり私だって自分で行動して問題に取り組みたい。それでこそ私って気がするもの。それにこれだけ失敗したのにまたつまらないことでやらかしたりしたら、それこそ本当の大間抜けだ。そこまで私だって馬鹿ではない。
「早く行きましょう? 善は急げよ」
私はローナの手を掴み、腰掛けていたベッドから立ち上がらせる。するとローナは、「これはみんなが慕うわけだ」と呟いた。どう言う意味なのだろう。もしかしてドジのことを皮肉っているのかしら。
「そうだね。今すぐ行こう」
ローナはそう言うと、バッグの中から一枚の紙を取り出して、私に見せてきた。
「これはこの辺りの地域の地図だよ。ここが私たちの現在地で、ここの丸で囲ってあるところが例の薬屋がある地区」
彼女は指を刺しながら、解説する。
「思ったより距離はないのね」
私は先にペイギの屋敷に寄ってからこの村に来たのもあるが、なんとなくこの村は商業地区からすごく離れていると思ったが、そうでもないらしい。
「直線距離だとね。だけど整備されている道から来ようとすると相当な回り道になるんだ」
そう言われてよくよく地図を見ると、確かにこの村へと至る道は入り組んでいて、遠回りしている印象を受けた。
「でもよく見て、逆に考えれば直線距離なら結構近いってことなんだよ。しかもここを直線で突っ切ろうなんて人は滅多にいないからタート村の人や兵士たちにバレる心配も少ない」
ローナは誇らしそうに言った。詳しく経路を聞くと、地元の人しか知らない抜け道があるらしい。
「それなら短い時間で移動できるし、騒ぎになる前に村に戻ってくることもできそうね」
私がそう言うと、ローナはその通りと言って地図をしまった。なんだか事がうまく運んでいるような気がしている。何かいいことでも起こるんじゃないかしら。上機嫌のまま部屋を出て、ローナの手引きのもと、抜け道へ向かう。
しかし、この時点で私は見落としていたのだ。どうしてローナがこんなに大荷物であるか。そしてどうして直線に道が切り開かれておらず、滅多に人が来ないのかを。
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