第27話 アメリス、慈しむ
「もしかして……」
彼女の悲痛な叫びを聞いて私はあることを思い出していた。ロストスは言っていた、ヨース村には一人だけ失踪事件でついていかなかった人間がいると。ならば彼女がその最後の一人の村人なのではないかと頭によぎったのである。
それならば、私が顔も名前も知らなかったことにも納得がいく。彼女はタート村の人間ではないのだ。
そしてもう一つの推測が頭をよぎった。彼女がただの作物に対してあれほど怒りの感情を剥き出しにするとは思えない。ならばもしかしたらあの作物は彼女の怒りに深く関係する、つまりヨース村の人間の失踪に関係している可能性があるのではないか。
「アルド、とりあえず人払いをお願いできる? 私、あの子と直接話がしたいの」
アルドは私に何か考えがあるのを読み取ってくれたのか、すぐに行動に移してくれた。このままでは下手をしたら村中が混乱に陥ってしまう可能性がある。私はそう思い、アルドに命令して人だかりを解消させ、後のことは私と兵士たちに任せるように言って村人たちを元の持ち場に戻るように促した。
村人たちは気になることもある様子だったが、私に任せておいてと力強く言うと、渋々ながら納得してくれ、作業へと帰って行った。
人払いを済ませた後、村人たちに変わって兵士たちが彼女を拘束している。私は彼女の前にしゃがみ込んで話をしようとしたところ、突然頬に冷たい感触が走った。
ほおを触れてみると、粘液質の透明な液体がついており、彼女を見るとざまぁみろと言わんばかりの表情をしていたので唾を吐きかけられたのだと理解する。
「何をやっているんだ小娘!」
兵士の中の一人が激昂し、少女の髪を引っ張ろうとしたところで私は、
「落ち着きなさい。私は大丈夫だから」
そう言って彼の動きを静止して、そのまま少女に向き直る。
「まず最初に言っておく、私たちはあなたの家族やヨース村の人間をさらった人たちとは違う。決してあなたの生活を脅かそうなんて考えていない。だから教えて欲しいの、ヨーデルたちの持っていた植物について」
少女の目を見て話しかける。しかし彼女の目には明らかに警戒の色が浮かんでいた。
「うるさい、お前らなんかに話すことなんてない! みんな死んじゃえばいいんだ」
彼女の瞳は潤い、乾いた朝の大地に一滴、また一滴と垂れていく。
「……あなたが苦しかったのはわかる。でも私もヨーデルたち、タート村の人間を守りたいの。もしあの植物を育てていることが非道なことにつながるようならやめさせなくちゃいけないの。だから話してほしい、あなたに何があったかを」
ロストスから話は聞いていたが、又聞きということもあり、あの植物についての話はなかった。だから正体を知っているのは彼女だけなのだ。
それにヨーデルは旅人から種をもらったと言っていたが、その旅人の身元は一切不明であり信用に足る人物ではない。さらに品を卸しているのがあんな怪しげな店なら何か裏があってもおかしくないわよね。
「わたしの苦しみがわかるって? 笑わせるなよ、あんたみたいな恵まれて不自由なさそうなお姫様に私の気持ちがわかってたまるか。わたしは一番大切な家族を奪われたんだぞ、この孤独がわかるわけないだろ!」
少女は死に物狂いで負の感情を私にぶつけてくる。兵士たちの拘束を解こうとしてもがき、四肢をばたつかせる。
だが、私は彼女から向けられた言葉を聞いて、なぜか親近感を感じてしまった。彼女は物理的に家族がいなくなり孤独を抱えていたが、私には家族はいても、家族として愛されることはなかった。後から穴が空いたか、元から穴が空いていたかの違いだ。
しかも挙げ句の果てに追放だ、家族とも思われていなかったのだ。もしかしたら私が慈善事業をずっとしていたのも、どうしようもない孤独を埋めるためのものだったのかも。
この子も一人でもがいて、苦しんでいるのね。
目の前の、私に殺意を向けている少女が急に愛おしく感じられる。そっと彼女の頬を撫でた。叩かれるとでも思ったのだろうか、びくりと体を震わせて目を閉じた。
「……私もあなたと同じよ。私がここにいるのは家族から追放されたから。私も孤独よ」
そう呟くと、彼女は目を開いて、
「嘘だろ、そんなことがあり得るのか?」
と言った。首だけを動かして兵士たちの反応を見るが、彼らも私の事情は知っているので下手な反応はしない。
「本当よ、私は家族から疎まれていらないものとして扱われたの。でも私はアルドやヨーデル、ロストスやタート村のみんなのおかげでどうにか乗り越えられた。だから私は彼らが何かに巻き込まれているなら助けたい。だから話してほしい、あなたの力が必要なの」
しかし、彼女は黙ったままだ。何かにたえているようにも見えるが、グッと唇を噛んだまま何も話さなくなってしまった。口の端からは血が細い線のように垂れている。しばらくして、
「でもわたしが何か話したところで、私の家族は帰ってこないんだ」
と呟いた。その小さな声が、私の中の何かを動かした。はっきりとはしないが、この子をこのままにしてはおけない、そう頭の中で誰かが告げるのだ。
タート村の人間に手を差し伸べるのに、この子に手を差し伸べないのはおかしいことではないか。どうしようもなく、悲痛な叫びをあげる少女の孤独を放置することなど誰ができる。その小さな声は、先ほどまでの叫び声よりも遥かに心に沁みわたった。
「わかった。話してくれたらきっとあなたの家族を取り返してみせる」
知らないうちに、私は彼女に言葉をかけていた。頭で考えて紡いだ言葉ではない、心の奥から吐き出した言葉であった。
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