第13話 アメリス、考える

「では話し合いましょう、これからどうするかを」


 ロストスが手を叩いて口火を切った。短いオールバックの黒髪をかきあげながら、彼は私たちの顔を見る。私たちは先ほどの晩餐会の会場から部屋を移して、客間へと戻ってきた。私の隣にヨーデルが座り、向かいのソファにはロストスとルネが座っている。


「とりあえずお父様の出方がどうなるかわからないのが不安よね。真っ先に心配するべきなのはヨーデルの村のことかしら」


 お父様の怒りの矛先がどこに向くかが不明瞭なのだ。そうなると一番簡単に被害を与えることができるのはヨーデルの村なのである。ロストスやルネはナゲル連邦の国民であり、マハス公国に所属するお父様とて国を超えて手を出してくるには時間がかかるだろう。


「心配しないでくださいアメリス様。俺の村は大丈夫です、村のみんなだってアメリス様のやったことなら理解してくれるはずですよ」


 私の隣に座るヨーデルが言った。彼はどっしりとソファに座り何も問題などないといわんばかりの雰囲気を醸し出していた。私が責任を感じないように言ってくれるのだろうが、実際の問題を考えなければならない。意外にもロストスはヨーデルと同じ考えらしく、「そうです、こいつの村は放っておいてもどうにかなりますよ」と呟いていたが、横に座っているルネに肘で小突かれていた。


「考えれられる報復としては年貢を更に重くするとか、ヨーデルさんに罪を着せるとかじゃないですかね。もしかしたら最悪の場合村の全員が処罰を受けるかも。いずれにしても早めに対策を立てたほうがよさそうです」


 向かいに座る私の顔を見ながらルネは言った。その表情は敵を見る尖った表情ではなく、ロストスに向ける表情と変わりなかった。先ほどの一件で彼女は私に対して心を許してくれたらしい、やってしまったことは後悔しているが、それだけは嬉しいことだった。


「でも対策ってどうしたらいいのかしら……」


 私は腕を組んでう〜んと唸る。仮に私が貴族の身分であったなら立ち回りようもあっただろうが、今はただの何もないアメリス、どうしようもない。何か手段はないのだろうか。


「こんなやつに協力するのは癪ですが、僕に一つ考えがあります」


 するとロストスが指をパチンと弾いた後、立ち上がると部屋の隅にあった棚から何やら紙を取り出してこちらまで持ってきて、テーブルの上に広げた。それはナゲル連邦のマスタール州とマハス公国との国境を示す地図であ李、「ここの部分を見てください」と言って彼は地図の一部を指差した。そこはマスタールの居住地区の一角であった。


「そこって廃村になった地区だよね? 村人全員が宗教にのめり込んでどこかに一斉に移住したっていう……なんて名前だっけ」


「ヨース村だ」


 ロストスはこの村について軽く説明してくれた。ヨース村、マスタールの居住地区の外れにあり以前はその豊かな土壌で栄えていた農村であったそうだ。しかし最近、人の出入りが比較的自由なマスタールであるからこそ怒った問題なのだろうが、そこに一人のある女性が訪れたことがきっかけで事件が起こる。彼女は数日滞在しただけであったが、村に大きな変化をもたらしたのだ。


 ある日年貢の取り立てのためにマスタールの役人がヨース村を尋ねた。すると村人は全員奇妙なペンダントを身につけていた。それは星型のものであり、村人曰く魔除けだと言う。役人は今までそのような風習など見たことなかったので、不気味に思い外すように命じた。だが村民は一向に外そうとせず頑なに抵抗したらしい。


 そこでその役人は態度が気に入らず無理やり引きちぎったそうだ。すると突然その村人は暴れたし、神の教義に逆らってしまったと言ってその場で命を絶ったそうだ。怖くなった役人は逃げ出して辞職届を出したんだとか。


 当然一人が辞めれば新たな人間が職に就く。後任の役人がヨース村を訪問したところ、驚くべき光景が待っていた。家屋、作物、家畜などはいつもと変わらない様子であるのに、村人はごっそり一人だけを残していなくなってしまっていたそうだ。その一人は星型のペンダントを身につけていたものの宗教にハマることがなかったので、村人から異端として村長の家の座敷牢に監禁されていた。


「……という話がある村なんです。役人とその残っていた少女の話を統合しただけらしく、これで全てとは思いませんがね」


 ロストスは語り終えると、あくまで噂ですが、と付け足した。


「まるで魔法みたいね、昔話にそんな話があった気がするわ」


 不思議なことがあるものだと感心していると、ルネが深く腰掛けていたソファから少し体を浮かして前のめりの姿勢になり、地図を凝視しながら、


「それでこの話とヨーデルさんの村に何が関係あるの?」


 とロストスに訊ねた。


 ロストスは察しの悪い妹だと呟いてルネから睨まれた後、私の方を向いてから、


「アメリスさん、ヨース村にこいつの村の人間を全員移住させてみてはどうでしょうか」


 と驚くべき提案をしてきた。


「そんなこと可能なの?」


 確かに村人全員を避難させることができれば、お父様の魔の手からヨーデルの村のみんなを守ることができる。しかし村ごと他国に移動するなんて聞いたことがないし、前代未聞だ。


「可能ですよ、アメリスさんなら」


 だが自信満々にヨーデルは返す。その姿は何かを確信しているようであった。


「おいオールバック、お前のいうことはわかる。俺の村のみんなもアメリス様の危機なら喜んで行動してくれるはずだ。でも実際国を越えるにはあまりにもリスクが高すぎるんじゃないか?」


 座っているヨーデルがロストスの方に顔を向けくってかかる。その動作で彼の乱雑に切られた髪が揺れた。あだ名を付け合うなんていつの間にそんなに仲良くなったのかしら。


「最後まで聞け馬鹿農民。もちろん僕だって何も考えず提案したわけじゃない。もちろん策はある」


「「「策?」」」


 ロストス以外は彼の意図がわからず同じような感想を抱いたらしく、言葉が揃う。

「切り札があるんですよ。それはあなた……アメリスさんです」


 ロストスは私の前までやってきて、私の顔を指さして言った。


「私?」


 つられて私も自分の顔を指さしてしまう。彼の中にどんな未来予想図が描かれているのか、全くわからなかった。


 私にできることなんてまだあるのかしら?

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