第7話 アメリス、父に会う決意をする

「なるほど、そんな事情が……」


 私が一通り事情を話し終えると、ロストスは手であごの少しだけ生えているひげを撫でてから、


「要するにアメリスさんはテレースさん一人の独断で一家から追放されてしまったというわけですよね?」


 と言った。


「ええ、そういうことになるわね。アサスお姉様がいくら頭がきれるといっても私を追放するほどの権限をテレースお母様が与えているとは思わないもの。これは妹のマリスに関しても同じね。あの子にも重大事項の決定権はないはずよ。極めつけに私の追放がお父様のいない時に実行に移されたのが何よりの証拠じゃないかしら」


 ロナデシア家では全ての権限はお母様とお父様が掌握している。そもそも私たち姉妹にはいまだに何の権限も与えられていないのだ。アサスお姉様はその頭脳を生かして財政の管理を任されているけどあくまで管理である。基本的な方針や方策はお母様が決めるのだ。お母様の決めたことがスムーズに進むように財政をやりくりするのがアサスお姉様の仕事だ。


 マリスにも同様に役割がある。それは様々な貴族との人脈形成だ。彼女は一言で言ってしまえば男たらしだ。どんなに堅物な男性であっても彼女にかかればイチコロである。その容姿は人形のように可愛らしい。女の私でも見入ってしまうほどだ。


「だったらバルトさんに頼んで仲介に入って貰えばいいんじゃないですか?」


 そう言ってロストスは軽く手をぱんと叩いた。


「そうですよ、テレース様がダメならバルト様に頼ればいいじゃないですか。あの方は優しい方だ、きっと仲を取り持ってくれるはずです」


 話を静かに聞いていたヨーデルもロストスの言葉に乗っかる。


「でもお父様に会おうにも手立てがないし……」


 確かにお父様に依頼して私を家に戻すように言ってもらうには一つの手ではある。しかし私は今は放浪の身だ。お父様に会う手段などない。


「そんな時に僕の出番です。バルトさんは今マハス公国とナゲル連邦の小競り合いの調停でマスタールに来ているんですよね? だったら僕の力であなたをバルトさんに会わせてみせましょう」


「そんなこと可能なの?」


「僕を誰だと思っているんですか、それくらいわけないですよ」


 ロストスは自信満々に語る。


 だが私には一つの不安があった。お父様がお母様の決めた決定に逆らうことがあるのかということである。お父様とお母様の二人が権限を持つと言っても実際は全てお母様が物事を決めている。メイドから聞いた話だと、私が生まれる前は二人は平等に権利を分け合い、いつも二人の話し合いで決めていたそうだ。しかし私が見ていた彼らの姿は完全にお母様が支配権を握り、お父様はそれに従っているだけの姿である。まるで主人と従者のように。


「それで上手くいくのかしら」


 良い案ではあるが問題が解決する案とは思えなかった。


「でもアメリスさん、他に現状を打開する方法なんてないんでしょう?」


「うっ」


 痛いところをついてくる。ヨーデルに世話になってここまできたが、何か作戦があったわけではなく流れるままに身を任せただけなのだ。それにこれ以上彼に世話になっている訳にはいかない。彼にも生活があり、大変な思いをしているのだ。領主として不甲斐ないばかりではあるが、そういった現状を変えるためにも再びロナデシア家に戻った方がいいのはわかりきっていることである。


「アメリス様、俺も彼の考えに賛成です。あなたは追放されるようなお方ではありません。ぜひロナデシア家に戻って再び我々領民に笑顔を振りまいてくたさい」


 ヨーデルは真剣な表情をして私を説得してくる。こんなに領民が私のことを考えてくれているのに、やはり無視はできない。


「わかった、お父様に会って私をロナデシア家に戻してもらえるように頼んでみる」


 二人ともそれがいいと言わんばかりに満足そうに頷いた。その顔を見て私は思う。くよくよ迷ってられない、私にできることをしなければならない、と。


「そうと決まれば善は急げ、です。早速アメリスさんとバルトさんの面会の舞台を整えますよ。その格好はアメリスさんに相応しくない、私の屋敷に来てください。上質なドレスを仕立てます。面会も僕の屋敷で行いましょう」


 ロストスはいざいかんとばかりに立ち上がってパンパンと少し汚れた膝を払うと、ポケットからメモ帳とペンを取り出して文字を走らせ出した。


「ヨーデルはどうする? 一緒に来てくれる?」 


 私は横に座っている、ここまで付き合ってくれたヨーデルに問う。


「もちろんです、お供しますよ」


 ヨーデルは力強く答えた。彼も一緒でいいかしらとロストスに問うと、少しうんざりしたような顔をしてからまあいいですよと言った。もしかしたらロストスとヨーデルはあまり馬が合わないのかも。何でかしら。


 ロストスがペンを走らせ終わると、私たちは彼に続いて路地を歩いた。行きと同じ道を通って大通りへと戻って行ったのに、暗い道がそこまで不安ではなかった。だが、大通りに出てもあの路地の暗さが妙に記憶の片隅に残っていた。


 ロストの住居はマスタールの商業地区ではなく、居住地区の方にあるそうだ。商業地区には店だけ持っており、毎日居住地区から通っている人もいるのだとか。


 ロストスに案内されて、彼の馬車が停車してある馬車置き場まで向かう。ここですと彼が指差した馬車はヨーデルのものとはうってかわって豪華な装飾がなされており、頑丈そうであった。屋根も完備してある。しかも騎手は別に雇っているらしい。


 私たちが馬車に乗ると、中には向かい合った一対の長椅子が設置されており、私の隣にロストスが座って向かいにドレスの入った袋を抱えるヨーデルが座る形となった。ドレスは高級なものなので下手に捨てることができず、いまだに持ったままである。ロストスの家で引き取ってもらえるかしら。


 ガタゴトと馬車に揺られている間、私は何となく外の景気を見ていた。人で溢れていた地域から少しずつ離れて、次第に住宅が多くなっていく。店の前で商売をする人の代わりに、家の前で遊ぶ子供たちの姿が目立つようになる。仲が良さそうで羨ましい。私は何もした覚えがないのに姉からは嫌われているし、妹からもなぜか暴言を会うたびにはかれる。本当に私が何をしたというのだ。


 私が黙って景色を見ている間も、ヨーデルとロストスは活発に会話していた。ロストスはヨーデルに対して「君は帰らなくていいのか、村の人間が心配するだろう」と言って優しい言葉をかけていたし、対するヨーデルは「ご心配なく。お前は本当にいい性格をしているな」と誉めていた。短時間でもう打ち解けてしまったらしい。外を見ていたから二人の顔は見えていないが、きっと二人は笑顔だったことだろう。仲良くなってくれたようで何よりだ。


 そんな二人の会話を聞きながら外を眺めていると、なんだか心が安らぐような気がして少し瞼が重くなってきた。これだけ怒涛の一日だったのだ、疲れだって溜まっていたのだろう。私は気づくと夢の世界へと旅立っていた。

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