仮初論者の適当話

ヒゲ虎

 

 ファンタジーっていうのは、時にハッピーであり、時にアンラッキーであり、それ一つ取っても様々なジャンルがある。

 ファンタジーってのは、漫画や小説のジャンルの話ね。


 最近読んだファンタジー漫画はアレだったな、神と人間が闘うやつだったな、たしか。

 いやあ、とても面白いね。

 発想はテンプレート、でもそのテンプレに乗せた具材がこれほどマッチするとは、って感じだ。


 ファンタジーってのは、大抵は面白い。

 そりゃそうだ、空想で架空で、妄想で想像なんだから。

 この世であり得ない事象も、その世界ではあり得るし、この世界であり得ることは、その世界ではあり得ない。


 根本的に世界観が違う、だからファンタジーは面白い。


 ってのが、仮初の理論だ。

 所詮ファンタジーなんて、仮初の面白さなのさ。

 ここで言う仮初は、一時的って今だ。

 ようは、ファンタジーを面白がるのも一瞬ってことさ。


 いずれ分かるよ、ファンタジーがファンタジーじゃなくなった時。

 すなわち、ファンタジーがこの世に降りた時。


 ファンタジーがどれだけつまらないかね。


 ———


「へぇ、翼が生えてる人間か、変わってるね」

「その、この翼、どうにかならないでしょうか......」


 ファンタジー、超自然的な発想や妄想で繰り広げられる、人間の頭の中にしか存在しないはずの世界。

 それが、ごく僅かだけど、この現実世界にこぼれ落ちてしまう時がある。


 その妄想世界の滴が、この世界にこぼれ落ちるとどうなるか。


 今目の前にいる少年、ジョン・ヴァリーナのようになる。

 今からこの少年のことはジョンと呼ぼう。


 ジョンは顔立ちは日本人なのに、名前は何故か外国人っぽい名前だ。

 国籍やらなにやらもなく、突然この地に降り立った人間。


 この地、つまりは地球だ。


 いや、この宇宙、この世界に降り立ったと言うべきかな。

 彼は、誰かのファンタジーが生み出した『仮初の人間』だ。


 本来、人間が頭の中で、その一瞬しか想像せず、その想像した一瞬しか存在できないはずの者が『仮初の人間』だ。

 もっと簡単に言うと、妄想で作り出した一時的な人間、ってことだ。


 これを見てる君達も、妄想ぐらいはするだろう?

 はたまた、いやはや、想像ぐらいはするだろう?


 目からビームが出るヒーロー! とか。

 口から炎を吐くドラゴン! とか。


 それらは結局、君らの中の想像でしか生きられない、ファンタジーの世界で生きる生物達だ。

 例えそれを、絵に起こそうと、文字に起こそうと、結局は次元の違う世界の中に閉じ込められたままだ。


 その中にいる生物、それも人間。

 その人間が現実世界にやってくる、それが『仮初の人間』


 これだけ説明すればわかるだろう。

 分からないのなら、説明が下手な俺が悪い。

 飛ばし飛ばしで読んで分かるぐらい簡単な話ならいいんだけどね。


 いや実際、単純明快な話なんだけどね。


 おっと、話が大逸れしてしまった。

 とりあえず、この少年の話をしよう。

 この少年ジョンは、わけもわからずこの世界に生み落とされた、哀れなファンタジーの人間だ。


 本来、数多の人間の中の、そのうちの誰かの脳内にいたであろうはずが、何かの拍子にひょいっとここに来てしまったのだ。

 詳しい原因は分からない。

 でも、残酷な話だ、ファンタジーがこっちにやってくるとはね。

 いや、彼からしたら、こちらがファンタジーなのだろうけどね。


「翼をどうにかする、というよりかは、君をどうにかしなくてはならないね」

「僕を?」

「そう、いたいけで愛らしい君を、だ」


 今年で僕もまあまあな歳になる。大人面しないとね。


「僕をどうにかって、どういうこと?」

「君を元の人間のところに帰すのさ」

「帰す?」

「あー、分からないか。そうか、分からないタイプの子が来てしまったのか。たまたま何故か、何故かたまたま、僕のところにやってきてしまったのか」


 困ったことになった。

 普通、仮初の人間であれば、元の世界はいわゆるファンタジーの世界だ。


 ある程度、今いる世界と自分の元いた世界に相違がある。

 例を挙げるなら、この世界の景色とかね。

 ファンタジー世界では、草木に包まれた優しい世界だったのに、この世界はコンクリートジャングル、まさに違いがはっきりしている。


 これぐらいはっきりしていると楽だ。

 なんせ、何もしなくても自分で勝手に気づいて、主の記憶へ帰ってくれることがほとんどだからね。


 しかし、この子の場合はそれがない。

 この子の持ち主は、現実世界と丸っきり同じ景色を想像し、そして、この少年の方をあやふやに想像してしまった。


 いや、あやふやというより、全て完璧に想像してしまったのかもしれないけれどね。


 現実世界と、1ミリとも相違なく。


 そうなるとめんどくさい。

 なんせ、元の世界に戻すのではなく、実質殺してしまうようなものになるからね。


 見えてる世界は同じなのに、見えない中身が違うんだから、仕方ないのだけれどね。


「ねえジョン君。僕が今から、君のその翼をどうにかしてあげよう」

「ほんとっ!?」

「ああっ、本当さ」


 ま、仮初論者の戯言だけどね。


「君は何故、その翼が生えているのか分かるかい?」

「んー、わかんない」

「分かんない事はないだろう。翼にはきっと意味がある」

「意味?」

「大抵、翼ってのは何かを表しているものだよ。例えば、自由、とかね」


 探りを入れる。

 仮初の人間には少なからず、元いた世界の『主』の記憶があるはずだ。

 ようは、元いたファンタジー世界の主である人間の記憶って事だ。

 それを思い出させて、人間の記憶と同じ世界観をこの子に作り出す。


 そうすると、それは超自然的に、ファンタジー的に、主の記憶と仮初の人間がマッチし、サラサラと砂のように消える。

 消えさせ、元の世界に戻す。


 それが、この僕呪々林じゅのばやしの仕事、仮初論者の仕事だ。


「自由......って感じはしないよ」

「そうか、違うか」


 見えてる景色に相違がある類の人間であれば、周りの景色を思い出させて、リンクさせるだけで簡単に消える。

 しかし、こういった子は違う。

 見えない中身をリンクさせなくてはならない。

 だから複雑で、面倒臭い作業が増えるのだ。


「自由でないなら、鳥にでもなりたいんじゃないか? もしくは、君は鳥が好きだとか」

「まさか、僕は鳥なんて憧れないよ」

「そうか、これも違うか」

「ねえ、翼は本当にどうにかなるの?」

「質問に答えていればね」


 質問をぶつけ続ける。

 ただタコ殴りにするように、ひたすらに、執拗に。


 しかし、翼に対してのピンとしたものは、依然としてない。

 手応えがないのだ。


「よし、一旦視点を変えるよ。翼の話じゃなく、君の名前の話だ」

「名前?」


 行き詰まる時は、一旦別のものを見てみる。

 観点を変えるのだ。そうすれば、案外見えてくるものだ。

 見えない中身の部分がね。


「名前だ。ジョン、君は何故ジョンなんだい?」

「そんな哲学的な事言われてもな......僕は生まれた時からジョンだよ」

「生まれた時って?」

「生まれた時......生まれた時は生まれた時さ」

「そうかい。じゃあ、何故君の顔は日本人、もしくはアジア人のような顔つきなんだい? これは差別とかではなく、純粋な疑問だよ、安心してね」

「う、うん......僕がこの顔なのは、日本に来たかったから、だった気がするよ」


 記憶のカケラが垣間見えた。

 一瞬、リンクしたんだ。

 でなければ、顔つきの話でその話題は出ない。

 そう確信した。


「それじゃあ、もう一度考えてみよう。何故君の名前はジョンなんだい?」

「それは、元々だからだよ......」

「なら、またまたもう一度考えてみよう。何故君は翼が生えているんだい? その翼の意味はなんだい?」


「......国を渡りたいんだと思う」


 その一言で、僕はピンときた。

 まあ、勘だから外れてるところはあるだろうけど、完璧でなくともリンクはするはずだしね。大丈夫だろう。


「よし、ありがとうジョン君。出揃った、君のその翼をどうにかする方法が」

「えっ!? 今のでですか!?」

「ああ、今のが重要なんだ」


 あー、でも酷いな。

 こんな少年をこの世から消すだなんて。

 消すと言っても、戻すだけなんだけどね。


 ......よし、それじゃあ、仮初理論適当な話、開始だ。


「まず、僕の話をしっかり聞いてくれ」

「はいっ!」

「元気がいいね、花丸をあげよう。

 さてさて、今その背中に生えてる君の翼なんだけれど、それは取れない。どうにもならない」

「どうにもならない?」

「そう。正確に言えば、どうにかしてはいけないんだよ。

 その翼の理由、さっき思い出したろう? 僅かなカケラから、一瞬だが掴みとれたろう?

 その理由と、顔と名前が、翼が取れない原因なんだ」


「なんだか難しいよ」

「まあ、話を聞くだけでいいよ。

 とりあえず話を進めよう。君に翼があるのは、そして、君の顔が日本人なのは、おそらく国を超えたいからだ。


 国境の壁、というやつだね。

 しかし、君は行かなかった。おそらく、自分に金や才が足りないせいで、日本に行く事が出来なかった。

 でも、君は諦められなかった。

 諦められず、何度も何度もこの世界を夢見たんだ。

 そうだろう? ジョン・ヴァリーナ」


 僕は人と話すのが苦手で、その上説明するのが苦手だ。

 だから、うまく伝わるかは分からないけれど、もし仮初の理論、適当ででっちあげた話が正しければ、彼はきっと——


「......そうだ。俺はずっと、ここに来たかった......」

「こんな狭い、男一人が住んでる部屋にかい?」

「......こんな狭い、男一人が住んでる部屋がある、日本にだ」


 どうやら思い出してくれたようだ。


「君の話、聞かせてくれ。その、仮初の話を」

「俺の名前はジョン・ヴァリーナ。

 日本にいる女性を愛している、ただの男。


 彼女の名前は園原愛美そのはらまなみ、24歳だ。

 俺は、その女と毎日のようにメールをしあってた。

 経緯は省くが、とにかく楽しかったのを覚えている。

 でもある日、メールが途絶えた。


 話せなくなったのだ。

 俺の家の金が尽きたせいで。

 俺は貧しかった。元々貧しかったのにも関わらず、親父の借金が俺に降ってきたんだ。


 おかげさまで、日本には行けなかった。

 もう一度喋りたかった。

 メールでもいいから、喋りたかった。

 でも俺は行けなかった。


 金が俺の足枷になって、動けなかった。

 そんなある日、願ったんだ。

 あの空飛ぶ鳥に、あの鳥に。


 お前のように、羽ばたいて、空の向こうにあるあの島まで行かせてくれって」

「......そうかい。そりゃ、お気の毒な話だね。でも良かったじゃないか。君はもう、ここに来れたんだ」

「ああ、あんたのおかげだよ。ありがとう」


 ジョンの体はサラサラと砂のように崩れ始めていく。

 これが運命だし、見守るしかない。


「礼はもう1度、翼じゃなくてその足で、この島にやって来た時に頼むよ」


「......ああ」


 そして、彼は消えていった。

 サラサラと、砂上の粒になって、主の元へと帰っていった。


 よし、一件落着だ。

 これで僕の仕事は終わりだ。人殺しも終わり。

 しかし、彼ら彼女らは、この世界に産み落とされてもすぐに消えてしまうな。






 よし、仮初は一旦終わりだ。

 ここからは、ファンタジーに深入って楽しむとしよう——

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