いいわけ?

夏木

第1話 いいわけ?






 いつも、こういう時、彼女の言葉と顔が浮かぶ。


「いいわけ? あんたは本当にそれで」


 何故か、私じゃなくて、彼女の方が悔しそうで。

 いつも、ちょっとだけ不思議だった。


 ずっと、父さんと母さんの言葉は間違ってないって思ってた。

 出来が良いのに、お金をかけるのは当然で、不出来な者には最低限で。

 何にだって、お金はかかるから。

 うちは貧乏じゃなくても裕福ではないんだろうって子供心に思ってた。

 お姉ちゃんのお下がりが嫌だって思った事もあった。あったけど、誕生日には私のためのお洋服を買ってくれるから、そういうもんなんだって、段々思うようになった。

 でも、お姉ちゃんの希望は通っても、私の希望は通らない。

 お姉ちゃんは好きな志望校に行けるのに、私は行けない。

 部活だってそう。

 興味があっても、許可は下りない。

 頭の出来がお姉ちゃんとは違うから。

 趣味も、両親に決められた。

 趣味って、親が決めるものだっけ? そう反論する気力はなかった。

 それが、私の幸せのためなんだって。

 

 学校も、部活も、趣味も、遊ぶ友達も。

 

 全部全部、馬鹿な私には任せられないから、お父さんとお母さんが、決めてしまう。

 私の幸せのために。

 将来のために。


 そんな私にお姉ちゃんは何も言わない。

 言うのは、隣に住む亮子ちゃん。

 もう一人のお姉ちゃんみたいな人。


 昔はよく三人で遊んでたけど、気付けばお姉ちゃんは遊ばなくなって、その影響で私も遊べなくなったのだけど、でも中学が一緒だったから、交流は途切れずにすんだ。

 亮子ちゃんが私一人でも遊びに来て良いって言ってくれたから。

 中学を卒業しても、高校生になっても、お隣さんだったから、私にとって一番良い話相手だった。

 だからこそ、亮子ちゃんは、ことある毎に、あのセリフを口にした。


「いいわけ?」


 と。

 最初のころは戸惑ってたけど、最近じゃずっとどこか怒ってた。

 私はそのたびに、大丈夫と答えた。

 楽な方に流されたとも言う。

 育てて貰ってるのは確かなんだし、と。

 ずっと、自分の本音を押し殺して、隠してた。



 でも、もう良いよね?



 私はその日、私の想いを、両親に話をした。

 今まで言えなかった私の本当の気持ちを。


「漫画家になりたいだなんて、一体何を考えて居るの。そんな馬鹿げた事をいっていないできちんとした会社に就職しなさい、恥ずかしい」


 でも、返ってきたのは否定だった。


「お前の大学じゃ一流企業には無理だろうが、それでも、入れる会社は他にもいっぱいある。わざわざそんな職業につく必要がどこにある」

「そうよ。一時の気の迷いなんだから、止めなさい。わたし達は貴方のためを思って言ってるのよ。分かるでしょう」

「そうだ。お前の幸せのために言ってるんだ」


 母さんと父さんの言葉にわたしは頷く。


「私、ずっと父さんと母さんにとって良い子供だったと思う。あんまり我が儘いわなかったと思うし、進路も二人の希望を聞いた。でも、もういいでしょ? 高校だって、大学だって、二人の言う『幸せ』なんてなかったよ。あったとしても、たぶん、私が行きたかった場所に行っても似た様な幸せはあったと思うんだ」


 ずっと、ずっと、二人の言葉に従ってた。


「お父さんとお母さんの『わたしのため』ってのは、本当は私のためなんかじゃない。ただの言い訳だよ。私なんかにお金を使いたくない、時間を使いたくない、そのための言い訳」


 ずっと前から気付いてた。でも気付かないふりをしてた。

 だって、悲しいじゃない。

 でも、もう良い。

 もう良いよ。私ももう、子供じゃないもの。

 怒鳴りつける二人を、無視して私はリビングを出て、そのまま家の外へと出る。

 お父さんの「反省するまで帰ってくるな!」ていう怒鳴り声が扉越しに聞こえてきた。

 その言葉にちょっと笑ってしまう。帰ってくると思ってるんだって。

 それもそうか。今の私の荷物は、スマホだけ。

 荷物を一杯持ってたら家から出られなかっただろうけど、ほぼ手ぶらで出たから帰ってくるだろうってきっと二人は油断してる。

 

 駅について、ロッカーから荷物を取り出す。

 二人が反対することは分かってた。だから準備した。

 改札に入って、電車を乗り継いで、そして、ある部屋の前に立ち、インターフォンを鳴らす。


「はーい?」

「晴れて、家出してきました。数日間お世話になります!」

「あはは! ついに家出してきたか!」


 扉を開けた亮子ちゃんに、現状を伝えれば、彼女は嬉しそうに笑った。


「いいじゃんいいじゃん。あたしは大賛成だよ! 娘の頑張りが雑誌に載ったのに、『恥ずかしい』なんて言うんだもん! こっちが信じらんないよ!」


 そう言いながら部屋の中へと入れてくれる。

 私以上に、私の決断を喜んでくれる大事な恩人。

 私の趣味を手助けしてくれた人。


「……亮子ちゃん、ありがとうね」

「いいって事よ。これで、先生の漫画がずーっと読めるっていうのなら、安い物だよ」

「先生って気が早すぎ」


 こうやって笑い会う日が来るとは思わなかった。

 亮子ちゃんのおかげだ。亮子ちゃんが諦めなかったから。ずっと、私の意志を聞いてくれたから。

 だから、私も、譲れない思いがあるんだって、理解出来たし、今ここに立っている。


 ありがとう。本当に。


「いいわけ? あんたは本当にそれで」


 あの日も悔しそうに、問いかけてきてくれた亮子ちゃん。

 きっと、いつも通り私が諦めるんだって思ったんだと思う。


「……今は、これでいい。卒業までは大人しくしてる。でもその後は、別。二人に話をして反対されたら、家出する。その時は、頼っても良い?」


 不安を交えながら尋ねれば彼女は嬉しそうに、いつでもおいで、と言ってくれた。

 だから、私は一歩を踏み出すことが出来た。

 お父さん達の言い訳になんかに、もう振り回されない。


 私の幸せは、私が決める。 





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