最後の1歩 克服、そして2人きりの空間
見事なまでの感動的な逆転劇をした俺達はテントに帰ると注目の的になって、褒められた。
恥ずかしすぎて俺は途中でトイレに逃げたが……。
ごめんよ、前山くん。
もう大丈夫だろうと思い、コソッとトイレから出て戻る。
「1位おめでとう。凄かったね」
席に着いてため息を吐くと村田さんが話しかけてきた。
「ありがと、でもあれは前山くんのお陰だよ」
「いやいや、村上くんも練習から頑張ってたの知ってるもん。だから2人で取った1位だよ」
「…………ありがと」
なんて優しい事を言ってくれるんだ! この子は天使か!? いや天使だ!!
聖のオーラを振りかざされてまだ陰寄りの俺は浄化されそうになる。
今になってからドット疲れが押し寄せてきた。脚が痛いし重い。
これリレー大丈夫か……?
リレーが始まるまで極力椅子に座って身体を休める事にした。
ふぅ、リレーで俺が出るのは終わり。やっと終わる。
さぁ、やって参りましたクラス対抗リレー。皆やる気に満ちています。
そんな中俺は脚が限界でプルプル震えています!! こんなんじゃまともに走れるかも分かりません!!
迷惑掛けてごめんなさい!!
俺のせいで負けないように頑張りたい。けど、この脚が持つか分からない。だからバトンパスの所をスムーズに少しでも速く!!
笛が鳴り、1走者目が一気に走り出す。やはり最初なだけあって皆速い。
俺のクラスは良いスタートダッシュを切り、なんと高順位の3位。
そして次の2走者目にバトンが渡る。
あぁ、緊張する……。お腹痛い……。俺の出番はまだちょっと先だぁ。鼓動早すぎぃ。
耐えろお腹……うんこしたいぃ……。
ソワソワしながらその瞬間を待つ。
自分の順番が来た。所定の位置につき、バトンを待つ。
「ふぅ……」
深呼吸して落ち着かせようとするが無理。ずっとソワソワしながら待つ。
その場で足踏みしたりしたり一丁前に屈伸したりして、待つ。
遂に最後のコーナーを曲がって次々と迫ってくる。
滅茶苦茶大接戦だ。
こりゃやばそうだ……。
実際さっきらもずっと接戦でバトンパスの時は大混雑。それで何人もコケたりしている。
バトンを受け取る姿勢になり、少し走り始める。
「はいっ!」
という掛け声と共に手にバトンが渡される。俺はそれを落とさないようにしっかりと握り走り始める。
「――っ!?」
すると案の定混雑してコケたりしている人も何人もいる。
その間を抜けて俺は遂に1つ抜け出した――と思ったら、誰かの脚に引っかかりバランスを崩す。
あ、これコケる……。
そう思った時にはもう立ち上がる準備をしていた。まだ地面に着いてない空中で。
負けられない。
脚が疲労で動かない中急いで立ち上がり走り出す。
ここまでコケてから1秒も経っていない。
コケながらも走っているみたいな感じだ。
そして頭1つ抜き出て1位を獲得。
このまま次の人に渡すぞ!!
俺は残りの少ない力を全部出し切り走る。脚がガクガクして思うように動かない。
あと約10メートル……5メートル……2メートル――1メート……ルと言うところで脚が絡まり転倒しそうになる。
でもあと1メートルもない。だから次の人に賭ける。三上さんに賭ける。
俺はバトンを持った手を精一杯伸ばしそのまま転倒してる最中。
「ナイスファイトだよ、村上っち!」
と三上さんが最高のタイミングでバトンを貰ってくれた。
その後物凄いスピードで走り去って行った。
最初の1歩目の踏み込みが強く、砂が後ろに飛んでいく。
そう、三上さんは俺の頭に砂をかけて走り去って行った。
次の人が来るので俺は急いで立ち上がり逃げるように安全な場所にいき頭の砂を落とす。
「村上くん、お疲れ様」
そう言いながら村田さんは一緒に頭の砂を落としてくれた。
……これ頭撫でられてるみたいで恥ずかしい。皆見てるのに……。
恥ずかしすぎて俺は地面しか見れなかった。
「おぉ! いけぇぇぇ!!」
クラスの人が叫ぶのが耳に入り俺は顔を上げる。
三上さんからアンカーの前山くんにバトンが渡り盛り上がりは最高潮に。
その直ぐ後ろから他クラスの人が追い上げてくる。
前山くんは後ろをチラッとすら見ずに前だけを見て走る。
けれど少しずつ後ろから追い上げてくる。
前山くんよりも早い人やっぱりいるんだな……。
頑張れ。負けるな。
気付くと俺は拳を握りしめて勝利を祈っていた。
今まではどうでも良かった体育祭。けれど今年の俺はもう今までとは違う。
前山くんは何とか逃げ切ることに成功し、1位でゴール。本当に僅差だった。
その後も次々とゴールしていき、クラス対抗リレーは終わった。
「凄いね前山くん! おめでとう」
俺が声を掛けると前山くんはキョトンとした表情を一瞬見せた。
「何言ってんだ、明がコケてもすぐ立ち上がったりコケながらもバトンを渡したからこその1位だぞ」
「あれがなかったら俺は絶対2位だった……」と呟いていた。
2位は取れるんだ……。
「あ、村上くん。脚怪我してるよ……」
「え?」
村田さんに言われて初めて気付いた。足を怪我して血が出ていることに。
それまでは痛くなかったのに気付いた途端にヒリヒリと痛み出した。
「保健室行ってくる」
「あ、私も着いていくよ」
「え、いや大丈夫だよ」
断ったのにそれでも着いてくる村田さん。なんか今日強引じゃね……?
不思議に思いつつも保健室に向かう。
砂がついた傷口を水で洗ってから保健室に。
水のせいで余計にヒリヒリして痛い。
「すみませーん」
声をかけても保健室の先生はいなかった。
「あ、先生って確か外にいるんじゃ……」
「あ……」
ま、いっか。ここまで来たし、わざわざテントに戻るのもめんどくさい。
村田さんは消毒液と絆創膏を持ってきてくれた。
「はい、足出して」
「え、いや自分でやるよ」
遠慮していると無理やり座らせられて消毒をされた。
「いっっ……!」
「あ、ごめん。でも我慢してね」
「う、うん……」
優しい手つきで消毒をしてくれる村田さん。まるでお母さんみたいだ。
外の声は微かにしか聞こえない静かな空間で2人きり。
外で笛が鳴る。恐らく最後の競技が始まったのだろう。
外とは隔離された様な空間で今日1日忙しかったからか凄く心落ち着く。
心が穏やかになり今日の事を振り返る。
100メートル走で3位を取ったり、借り物競走で三上さんと村田さんに連れられていったり。
初めて女子と手を繋いだ……。
しかも2人と……。思い返すと恥ずかしいけれど嬉しくもあった。
手、2人とも柔らかくてすべすべしてたな……。
二人三脚ではコケて最下位になったけど、前山くんや皆の声援のお陰で立ち直り逆転して1位をとることも出来た。
昔のトラウマも克服出来た。その証拠にクラス対抗リレーではコケても直ぐに立ち上がり、コケながらもバトンを渡す事が出来た。
昔の俺だったらコケたら絶望して諦めてた。きっとそうに違いない。
俺は自分の成長を感じながら皆にも感謝する。
きっと前山くんや三上さん、村田さんに出会えた事で俺はこんなに成長する事が出来たんだ。
勿論自分も頑張ったけど。
俺は恵まれているんだなと実感した。
「かっこよかったよ……」
思考に耽っているとボソッと村田さんが呟いた。
俺はどこぞの難聴鈍感主人公とかではないからしっかりと聞こえた。
こんなに静かな空間だもん。聞こえない方がおかしい。
村田さんの頬は少し赤くなっていた。それは恥ずかしさからなのか、それともただ太陽が当たって赤くなっているのかは分からなかった。
「あ、ありがと」
照れながらもお礼を言うと「はい。終わりっ」と絆創膏を貼ってくれた。
俺はもう1度お礼を言い、保健室を後にした。
……か、かっこよかったって……!? え? 俺が!? 確かにそう言ったよね! 俺の幻聴とかじゃなくて、絶対言ったよね!?
俺は内心滅茶苦茶嬉しくて今にでも飛び跳ねたい気持ちを抑えながら。ニヤけそうになる顔を必死に堪えながら、静かな廊下を2人で歩いてテントに戻った。
ご機嫌でテントに戻るとどうやら丁度全競技が終わったらしい。
前山くんや三上さんが出た学年対抗リレーは2人とも1年生ながらに高順位を残したそうだ。
凄い、流石だな……。
三上さんが皆にドヤ顔ピースしてその後頭をわしゃわしゃされているのを遠くから眺め、予想通りだと微笑する。
閉会式や表彰などその他諸々が終わり長いようで短かった体育祭が終了した。
今日は大切な思い出だ。何時になってもこの体育祭は忘れる事はないだろう……多分。
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