第5話 ウシダ

「パラレルワールド?」

「そう、並行世界ともいうけど」

 じゃがいもの煮物を口に含みながら、ウシダは言った。おかあさん、これ、すっごくおいしいよ。カワタケくんも食べな。

俺の分も小皿に取り分けてくれる。

 それでは、遠慮なく。と俺も箸をのばす。

 よく味が染みているじゃがいもは、口の中でほろほろと崩れた。

 おいしい。

「よかったわ。お酒もあるから、のんびりしていってね」

 ウシダの母親と思われる夫人は柔らかく笑った。美しく、気立てのよいひとであった。父親と思しきひとの姿は見えず、夫人は熱燗をひとつ、居間の仏壇に供えていた。

「あのバスターミナルは、平行世界とのハブでもある。この世以外にも、いくつか世界は存在するんだ。仏教的な話ではなくて、物理的な話だよ」

「相対性理論的な、ですか」

「そうそう。有名無実な話だと思われがちだけれど、実際に起こっているんだよ。ぼくらのすぐ近所でね」

 アヅマが消えたあの瞬間のことを思えば、平行世界に取り込まれてしまった、という仮説は信憑性の高いものだった。取り込まれた先が並行世界でなくとも、ふっと急に消えてしまったのだから、別世界の存在を、まざまざと感じざるをえない。

 ウシダは甚平姿で、話せば長くなるのだけど、と前置きをして、並行世界の原点について講義してくれた。笑えば目じりにしわが寄って気弱そうな、ウシダのような男こそ自分の専門分野に話を持ち込めると、別人のように饒舌になった。

 俺はウシダの講義の半分も理解することはできなかったが、わかった風情で話をしかけた。

「それでは、アヅマをこの世界にもどすには、どうしたら良いのでしょうか」

「だ、か、らぁ」

 さっき言ったじゃん。ウシダは冷ややかな目を俺に向けた。

 言ったかな。途中から話についていけなくなっていたし、夫人お手製の揚げ豆腐が絶品で、まったく話を聞いていなかった。

 夫人はウシダの隣に座って、テレビのチャンネルを夕方のニュース番組に切り替えていた。ウシダの平行世界の話にはつゆほども興味を持っておらず、また言っているわ。趣味の合う新しいお友達ができて良かったわね、という風に、にこにこしていた。そんな夫人をも、ウシダは軽蔑しているように見えた。

「アヅマくんを取り戻すには、入念なる準備が必要だ」

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