勇者、ムカついたので魔王さらってみます
Taimanman
第1話
その建物より大きな建造物はきっとこの世に存在しないだろう。
見上げるほどに巨大なその館城の高さ、凡そ三百
凡そというのはその全容を誰も測ったことがないからだ。
巨大すぎるその威容は見る者すべてを圧倒し寄らせる事がない。
しかしそれ以前に、その場所には誰も近づく事はない。
何故ならこの場所は世界で最も危険な場所でもあるからだ。
『世界三大美城』。
『
『白の静寂』。
数々の異名を持つその城にはこんな名もある。
『終点』
その城に立ち入れば終わりであることを
数多くの惨劇を作ってきた地獄にして城主のあらゆる敵を拒んできた堅い城塞は、今なお世界に恐れられ忌み嫌われている世界中の畏怖の対象でもある。
誰もが唾棄し憎む古城。
世界の果てにある怒りと嘆きの地。
近づきし者に後悔、そして絶望を与える不夜城。
正式名称を『魔城ロイエオディオ』。
通称『魔王城』と呼ばれる、古くから人類の敵である魔王の居城だ。
「はぁ、大層な城だなぁ」
古来より幾度なく敵を阻んできた巨城の前、数多くの戦士たちを止めてきた城門の前で、一人の中年男性がこの城を見上げていた。
数数え切れない程の死者を生んできた最悪の城だとしても、その外観は壮観だ。
綺麗、秀麗、美麗、流麗。
そんな言葉を幾らでも使えるほどこの城は美しい。
思わず漏れる吐息と見惚れて離しづらい目をしまい込み、一息ついて歩き出す。ここに来たのは観光の為でもなければ芸術鑑賞の為でもない。もちろん学術的調査の為でも。
自分がなんの為ここに来たのか、それを思い出しながら再び進み出した。
堅く閉ざされた門前に向かい、ゆったりとした動きのまま背から愛剣を引き抜く。
東の国に伝わるという刀にも似た片刃の剣。それをただ無造作に構えゆっくりと足を進めていく。
傍から見れば何を馬鹿なことをしようとしているんだと、そう思われかねないその動きのまま、その想像の通りに剣を振るった。
『
デタラメな速度で振り抜かれた腕と剣は、脳内でしか起こり得ないはずの馬鹿げた現実を作り出す。
城門が、真っ二つに割れた。
「さて、行くか」
二千年不落の城塞に
*
「全員突撃!!」
名前も知らない
鮮血が舞う。
城の棟と棟を結ぶ回廊が赤に濡れる。
最後に倒れ伏せる魔族たちの鈍い衝撃音が響いて、また回廊に静寂が訪れた。
城に入ってから無限にこんなことを繰り返してきている。いくらでもやって来る魔族たちを倒して倒して倒し続けて、進み続けた結果通ってきた
「ふぅ〜」
そして今、やっと訪れた静寂。
敵が集まっていないのか誰もやってこない。さっきまで永遠に続くかと思われた戦闘がようやく途切れていた。
「やっぱ立て続けに闘うのはキツイな……」
そんなことをボヤきながら、全く疲れた様子を見せず進み続ける勇者。息切れ一つないその姿は苦しいなんて間違っても思っていないだろう。
驚異的な戦闘力と継戦能力を遺憾なく発揮し、勇者は一切歩みを止めることなくここまで進んできていた。その過程で苦戦した敵は一人もいない。
普通の兵も、少し強力な上級魔族も、幹部クラスの敵ですら男は剣の一振りで瞬殺してきている。
四人だけ、一撃で倒せなかった敵もいたが結局の所死までの時間を少し伸ばしただけ。誰ひとりとして彼に傷を付けれたものはいなかった。強すぎるその姿を見て、何人かの魔族は武器を投げ出し逃げ出したぐらいだった。
歴代最強の勇者と謳われた男を、止められる訳もなかったのかもしれない。
そうして今、最後の回廊を渡りきった。
眼前にはこの城に入る時に見た城門程ではないにしろ、他に見たことのない巨大な扉がある。
これいちいち開け閉めするの面倒臭くないのか。と思いながらも勇者は扉に手を当てる。そのまま思い切り押し出すと、意外にも簡単に扉は開いた。
「なんだ、意外と簡単に開くもんなんだな」
想像より十倍は軽く押しただけで開いた。これならそこまで普段使いが悪いわけでもないのかもしれない。
そう、どうでもいいことを頭の片隅に浮かべながら勇者は室内に入っていく。
ここが最後、まだ誰も人が立ち入ったことのなかった魔王城最奥の部屋。
玉座の間。
つまりは魔王が待ち受けている場所だ。
部屋は存外に小さい、と言っても村の小さな一軒家が三つすっぽり入るくらいには大きいが、しかし想像していたよりもだいぶ小さな部屋だ。それを見渡しながらどんどん奥へと進む。
内装はそれなりに豪奢ではあるが、現在の持ち主の性格なのかあまり手入れはされていない。
頭上で吊り下げられているシャンデリアは少し欠けて光量が落ちているし、足下に敷かれているカーペットも色がくすんでいる。
センスの良し悪しはともかく少なくとも現在の部屋の主はこの内装には興味がないらしい。
「まあそんなことはどうでもいいか……」
最後の一歩。
それを踏み出す前に、もう一度部屋全体を見回す。
全く生活感の感じれない部屋だ。事実ここで生活をしているわけではないのだろう。使われた感じもほとんど無く、今から暴れるのが少しもったいない。まあどのみち使っていないなら構いはしないだろう。
そう心のなかでひとりごち、前を向く。
玉座の間の名のとおり存在する大きな玉座、その前に一人の魔族が立っていた。
「お前が、魔王ってやつか?」
「……ああ。私が現魔王、ネアン。……ネアン・ラトレイアだ」
そこに立つは魔族の長。
全ての魔族の支配者にして人類の仇敵。
勇者が討つべき最後の敵、魔王が勇者を見つめていた。
*
「なるほどねぇ、魔王ってのはどんな輩だと思っていたら普通の人間みたいなんだな」
「見た目は……な。実際は人間などより遥かに長く生きるし生まれ持った能力も高い」
まあお前のような例外もいるがな。と魔王は付け足す。
魔族の大半は人間に近い見た目をしているものの、やはり外見上にどこが違う特徴を持っている。特に有名なものが頭から生えている様々な形の角だ。
それ以外にも多くの違いがあるが、基本的にはほとんど人間と変わりはしない。
だがその能力は別格だ。
圧倒的な魔力総量。
岩を砕き割る力に馬をも抜き去る脚力。
人間では決して敵わない種族間の能力差がそこにはある。
だからこそ基本的に人類は魔族に虐げられてきたし、それ故に多くの人間が魔族を恨み憎しんでいる。
魔王の言うとおり、勇者のような存在は本当にごく一部の例外だった。
人とは似ているが決定的に違う生物、それが魔族の特徴だ。しかし魔王に関しては少し違った。
通常の魔族以上の圧倒的な力を身に宿しているが、その容姿は人間の女性と全く変わらない。もし街中で彼女を見かけても、彼女のことを知らない限り決して魔族だとは気づかないだろう。
「魔王の顔なんて誰も知りゃしないんだ。人里に紛れ込んだところで誰も気づかないだろうな」
「そうかもな、どのみちこの城から出たことのない吾には関係ない話だが」
「ん?城から出たことがない?」
「そうだが。それがどうした、魔族の長たる私がこの場所を離れられるわけがないだろう」
そう述べる魔王の顔に寂寥感は感じれなかった。
まるでそうあるのが当たり前とでも言わんばかりに、自分の孤独な現状を打ち明ける。
実際彼女は自分の現状について不満を感じたことがないのだろう。
考えたことすらないのかもしれない。魔王とはそうあるものだと、思い込んでしまっている。
「そんなことはどうでもいいだろう。それより、まだ吾を殺さないのか?」
「なに?」
「お前は吾を殺しに来たのだろう?ならばさっさと殺してしまえばいい。こんなくだらない話をする意味があるのか?」
悲しい生き方だなと勇者が勝手に思っていた時、魔王はそんなことはどうでもいいと言ってくる。
そればかりかなかなか自分を殺そうとしない勇者に対してまだ殺さないのかとまで聞いてきた。
「抗いやしねぇのか」
「したところでなんになる」
死んでもいいのか。
そう遠回しに尋ねても、彼女は何も変わらない。
「お前はここに来る前に四天王を倒してきたはずだ」
四天王と言われて思い当たることがあった。
そうだ。確かに他の魔族とは一線を画す実力の四人がいた。
彼らが噂の四天王だったのか。
「あの四人は吾よりも強い」
「ほぉ。まあ確かにお前からはアイツら程の強さが感じられねえなぁ」
(実際、さっきから本当にこいつが魔族の王なのかは疑ってたしな)
どう高く見積もってもさっきまで闘ってきたあの四人の魔族より感じられる力量は低い。故に実は偽物の魔王ではないのかと疑っていたのもしょうがない話ではあるだろう。
「そうだ。故に吾がどれだけ足掻いたところであの四人に無傷で勝ったお前からは逃れられん」
「だから諦めている、と」
「そういうことだ。どう立ち向かったところで勝てないのだから抗う意味がない。そんな無駄なことをするほど吾は馬鹿ではない」
そう言ってそれっきり、彼女は喋らなくなった。
今この状態、ろくな構えもとらずただ棒立ちしている彼女を斬るのは容易いだろう。
そもそも相手は魔王。人類の敵だ。
放っておけば確実に魔族は増長し、多くの人間が犠牲になるだろう。
故に勇者が討つべき存在であり、そんな相手が無抵抗で斬られてくれるというのだからこちらとしては願ってもない話だ。
ならば今自分のすべきことは彼女の首を斬ることな筈。
心の中で彼女を哀れんでしまっているのは事実。
だがそれを理由に見逃せば魔族の脅威は衰えない。
だから、終わりにしよう。
「「「魔王様!!!!」」」
その時、部屋の扉が開いた。
まだ城内に残っていた魔族たちが駆けつけたらしい。
(何にせよ丁度いい)
申し訳ないが、彼らには証人になってもらおう。
魔王討伐の証人に。
「じゃあな」
「ああ」
剣を振るった。
それは魔王の首に当たった。
そして彼女の頭が吹き飛んだ。
「………………………………………………………………………………」
その瞬間、空間が止まったかのように静まり返った。
そんな中で唯一彼女の首だけが放物線を描きながら動いている。
やがてぼとっ、と音を立てながら首が落ちて、少し床の上を転がって行った後、ピタリと止まった。
「「「ま、魔王様ぁぁあああああああああああああああああああああああああああ」」」
途端に後ろから絶叫が響く。
しょうがないことだ。彼らの主を殺したのだから。
「き、貴様。よくも魔王様を……」
怒り狂い、我を忘れて勇者に襲いかかる。その寸前だった。
しかし目を向けた先にはもう勇者はいなかった。
視線を辺りに散らせても、勇者の影も見当たりはしない。
この部屋から完全にその姿が消えていた。
「く、クソッ! クソッ! くそぉおおおおおおおおおおおおおお」
勇者が消え、どうしようもない虚無感だけが残る。
主を守れなかった悔しさとそんな中自分たちだけは生き残ってしまった虚しさから、魔族たちは再び絶叫した。
頭の中は怒りと嘆きとその他あらゆる感情で埋めつくされごちゃごちゃとなっている。
故に彼らは気づけない。
怨嗟の声で彩られる部屋の中、死んで崩れ落ちたはずの魔王の亡骸が消えてなくなっていた。
*
「何故吾を殺さなかった」
魔王城の外、真っ二つになって機能しなくなった城門の前で、死んだはずの魔王が勇者と共に歩いていた。
「なんでって言われてもなぁ。たまたま殺す気になれなかっただけだし」
「それだけの理由で?」
「それだけだが?なにか問題でも?」
「問題はない。だが納得がいかない」
本当にそれだけの理由で生かしているとは思えない。そう言外に言ってくる魔王から目を離す。
納得がいかないと言われたが元より納得などしてもらうつもりはない。
今回彼女を生かしているのは本当にただの気分だ。
それ以上でもなければ以下でもない。
故に理解なんて端から求めていない。
ただあえてもう一つだけ理由を付けるとするならば。
「お前のあのときの顔がムカついたから」
何もかもどうでもいいと、そうありありと語っていた顔を少しでも変えてやりたいと、そう思っただけなんだ。
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