第三皇女の生存戦略

はゆ

私のメアリは欠陥品

 第三皇女エリザヴェータが、私の立場と名。

 皇帝の三番目の娘として生をけた。偉いとか、偉くないとか。そんなことを気にしたことは無い。全ての人間が私の前に跪き、従う。それが当たり前の日常――。


  * * * 


「おあおゔおあいあゔ」

 起床の挨拶を聞き、まぶたを開ける。ベッドサイドに視線をると、メアリのつむじが私に向いている。私の日常はここから始まる。

 メアリは彼女の名前ではなく、しゅメイドの呼称。メイドが変わるたびあるじが名前を覚え直さなくて済むよう、メアリを共通の呼称としている。


「おはよう」

 挨拶を返すと、メアリがカーテンを開ける。

 私が目覚めていないのに、勝手にカーテンが開くことは無い。


「いいえんいえゔえ」

 メアリが天気を知らせる。

「そうね」

 窓の向こうは快晴。まさにお出掛け日和。

 差し込む日差しがほんのり暖かく、心地良い。


 メアリが私に向けて放った言葉は、『おはようございます』と『いい天気ですね』。

 私のメアリは耳が聞こえないため、滑舌が悪い。

 最近ようやく言ってくれるようになったのが、挨拶と天候を伝える二言ふたこと。メアリから声を掛けてもらうと、私は一日を気持ち良く始めることが出来る。


 私とメアリの付き合いは長くない。出会ったのは一ヶ月前。

 彼女は、第一皇子おうじアレクセイの側仕そばづかえをしていた。

 出自は、男爵家の五女。爵位は最下位の家系。とはいえ俗にいう貴族令嬢。にも拘わらず、欠陥があるという理不尽な理由のみで、処分されそうになっていたので貰い受けた。


 出会ったのは、彼女が処分されるため、騎士に連行されているとき。

 私と彼女の外見が似ている。面識も接点も無いけれど、他人とは思えなかった。

 漠然と、見過ごしてはいけない予感がした。


 すれ違って二歩進んだところで足を止める。

「止まりなさい。彼女に何をするの?」

「処分いたします」

 騎士が人間を処分するために連行する先は、処刑場と決まっている。実施するのは殺処分。つまり、彼女は殺される程の悪事を働いたということ。

 根拠は無いけれど、そんなことをした人間には見えなかった。だから騎士に尋ねた。

「彼女は何をしたの?」

「欠陥があるため、処分するよう勅令ちょくれいが下りました」

 どんな人間にでも、多少なりとも欠陥はある。だから欠陥があること自体は問題ではない。

 勅令ちょくれいとは、皇帝からの直接の命令。騎士が皇帝の指示に従い、行動していることだけはわかった。

 でも、私の質問には答えていない。

「何をしたかを答えなさい」

「応答出来ない欠陥が……」

 歯切れが悪く、しっくりこない返答。

 彼女が何かをしたのではなく、出来ないというだけ。出来ないことなんて、誰にでもある。そんなことは、彼女の命を奪って良い理由にはなり得ない。

「出来ないではなく、何をしたかを尋ねているの! あなたも応答出来ていないのだから、処刑しないといけないわね。死にたくなければ、直ちに彼女を解放しなさい!」

 たじろいだ騎士から、彼女の手を奪い取り走る。


 勅令ちょくれいは絶対。如何なる理由があろうとも、必ず遂行しなければならないもの。彼女の命と引き換えに、先程の騎士は死を迎えることになる。命令に従わなかったから、死をもって償う。酷なようだけれど、そうしなければ皇帝に従わない者が現れてしまう。だから仕方ない。


 騎士の死は、彼女の死を諦める理由にはならない。私は躊躇なく彼女の手を引き、自室に連れ込む。騎士が勝手に入室してくることは無いから一安心。


 彼女に事情を尋ねた。けれど、無応答――聞き取れなかったのならば、質問内容を聞き直すだろう。しかし、彼女は聞き直そうとせず、悪びれる様子も無い。

 彼女の目をじっと見つめ、改めて同じことを問う。すると、身振り手振りで書く物が欲しいと訴えた。その様子を見て、欠陥と言われていたものが聴力だと確信した。

 彼女は無視しているのでも、応答する気が無いわけでもない。


 彼女自身に問題が無いことはわかった。

 けれど解決しなければならない問題は、死ぬ人数が増えただけで、彼女の死は免れられていないこと。


 私は当時のメアリに指示し、彼女に私の服を着させた。着替えが終わった彼女と共に、父皇パパへと向かった。

「彼女を、私のメイドにして」

「それは処分するよう命じた欠陥品だ。何故お前が連れておるのだ!?」

「私のメイドにしてと言っているの!」

勅令ちょくれいに従えぬのなら、出て行け!!」

 皇帝から、従わない選択肢を与えられた。

「そうするわ」

「いやっ、待て。言い過ぎた」

勅令ちょくれいに従わなければ、斬首よね。皇帝は、娘の首を斬り落としたいのかしら?」

「皇帝って……いつも父皇パパと呼んでくれるではないか。そんなつもりでは……」

勅令ちょくれいに従わなかった騎士も貰っていくわよ。どうせ殺すのだから、問題無いわよね?」

「それは許可出来ぬ」

「本日付けで、私の支配下に入れなさい。孫子の兵法に『将在外将は、外にあれば君命有所不受君命でさえ受けないことがある』という言葉があるわ。今日、私の部下が私の命令に従っただけ。であれば、問題は無いはずよ」

「なるほど……」

「用件はそれだけよ。暫くは城下に居てあげるわ。その間に送りなさい。わかったわね?」

「うむ」


 彼女の手を引き、父皇パパを後にする。

 これがメアリとの出会い。

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