【超短編】あの花の名前を俺はこれから調べる

茄子色ミヤビ

【超短編】あの花の名前を俺はこれから調べる

「なぁ知ってる?猫ってさ~よく寝るから「寝る子」でネコっていうんだぜ?」

 小学校の帰り道。

 毎回こんな豆知識を披露するマルってヤツが俺の親友だった。

 同級生どころか、校長にも果敢にイタズラを仕掛ける勇敢なマルだったが、俺と二人になると何故か自慢気に豆知識を披露する変なやつだった。

「それ昨日テレビでやってたやつだろ?」

 なんて突っ込んでしまった次の日には、必ず倍の豆知識を俺に叩き込んできた。


 そして特にマルが力を入れていたのは通学路にあるものの豆知識だった。


 マルの中で「目に入ったものの豆知識を披露する」ことが快感だったようで、

 マルと同じマンションに住んでいた俺は、小学校までの片道およそ15分間

 その豆知識を浴び続けることになった。

 まぁ俺も俺でマルから仕入れた豆知識を父親に披露したら「お前変なこと知ってるな」と鼻で笑われてしまったが

 

 そんなマルが死んだと聞いたのは大学3年の夏の終わりだった。


「マル~死んだらどうなんの?」

「悪いことしてたら地獄だぜ。あ!知ってるか?地獄って、えーと…確か何種類かあって…あれ?いくつだっけ?思い出すから明日まで待ってくれ」

 俺はあの答えを聞いたんだっけ?と、俺はスマホで「地獄 種類 数」と検索するとすぐに答えが出てきた。


 いま俺はマルの実家に顔を出そうと向かっている最中だ。

 そしてたまたま通った例の通学路でマルとの他愛のない会話を思い出していた。

 

「入院中ずっと誰かに冗談を言っていたのよ」

 マルに線香をあげさせてもらった後、おばさんの話は止まらなかった。

 途中でマルのお父さんも帰ってきて、そこからさらに会話が盛り上がってしまった。

 息子が死んだのにこんなに明るくて良いのか?と心配するくらい…二人とも本当に明るかった。「あの子、亡くなる直前まで私たちにイタズラを仕掛けてたぐらいよ」なんて最後まで笑っていた。

 俺が高校一年のとき。マルの母ちゃんから頼まれて一度だけ見舞いに来たことがあったが、あの時とは大違いで安心した。

 あの頃のおばさんの「見舞いに来てくれないか」と頼んできたやせ細った顔は今でも覚えている。

 そしてもう1つ覚えているのはマルの笑顔だ。

 おばさんに見舞いを頼まれたとき「どうして早く教えてくれなかったんですか!」と俺は次の日には病院に行ったのだが…マルはずっと笑っていた。

 無理してじゃなく、本当に心の底から笑っているように俺には見えた。

 おばさんの様子から深刻な状態じゃないかと思っていたので俺は少し拍子抜けしたのをよく覚えている。

 明るく振舞うマルに一応は「無理すんなよ」なんて言ってみたが、あいつは目を丸くして「なにが?」なんて答えていた。 そして「コツはな、痛いとかダルイってことを無視することだ」なんて自慢気に言っていた。

 そんな元気そうなマルを心配する必要もないと、高校から隣の県に引っ越していた俺は部活に恋愛にのめりこんでいき…それから一度も見舞いに行くことはなかった。


「なぁトンボってすごいんだぜ」


「あ、知ってるか?信号機ってさ」


「この花めっちゃ綺麗だろ?でもさ~」


 俺はマルの家を出て小学校の先にあるというお墓まで行くことにした。

 もちろん例の通学路を通って。

 ずいぶん街並みは変わっていたけれど、意外と色んなことを思い出せるものだ。

 

 マルの墓はすぐに見つけられた。

 手を合わせようと思ったが、花のひとつでも買っていなかったことを思い出し俺は近所の花屋まで行こうと霊園を出ようとしたが…そこでふとフェンスに絡みつく花を見つけた。

 

 特徴のある5枚の赤い花弁。

 その真ん中には大きな紫の実。


 マルのやつが豆知識を披露していたやつだった。

 花の匂いを嗅いだらジャスミンのような匂いがしたので間違いない。

 俺はその花を茎ごとをちぎり、葉っぱがが付いている状態でマルの墓まで持っていった。

「なぁこれ名前なんて言ったっけな?」

 そう言いながら花を供える。

 ここまでいろんな事を思い出したが、怖がりのマルはお墓の近くを通らなかったから、墓場の豆知識は1つも聞かなかったななど思い出し少し笑ってしまった。

 そして、そのまま俺は手を合わせ目を閉じた。

 見舞いに行けなかったことの謝罪やこれまでの報告。

 必ずまた来ることを心の中で約束した頃には太陽は沈みかけていた。

 そこで、はたと思い出した、

(この花の葉っぱ…確か…)

 と、葉っぱを親指と人差し指でグリッと潰し、その指を鼻に近づけた。


 その瞬間。


 小学校の帰り道。ランドセルを背負ったマルが、俺の鼻に向けて指を近づけてきた記憶が強烈にフラッシュバックした。


「くっせぇぇぇぇっぇぇっぇぇ!!」


 しばらく悶絶する俺をマルが笑っている気がした。








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