第17話 少女は敵軍に完勝する

 一週間ほど馬で移動して、エリーティア達は戦場に到達した。


 まずは彼我の戦力比較を行うべく、ブシュワスカを呼び出した。


「人間軍は三万で、こちらは七万です」


「兵力差はかなり優勢ですね」


 以前の理論……悪魔は人間の70%換算で考えても4.9万相当。人間軍より戦力はかなり上である。


 相手もそれは分かっているだろう。それなのに向こうから仕掛けてきた、ということは余程の自信を感じさせる。


「魔力の粒子を半径三キロくらいに飛ばしましたので、相手が移動すればすぐに分かります。完全に不意を突かれるということはないはずですが、相手は転生者と呼ばれる存在です。何をしてくるか分かりません」




「何で男の悪魔共がそんなに気を利かせているんだ? おかしいじゃないか?」


「あら、簡単ですよ」


 シゴスキの質問にエリーティアが答える。


「なるべく休憩時間を増やして、サボって楽をしたくて、かつ勝利をむさぼりたいのなら、要領よくやりましょうねっていう意識を共有しただけです」


 人間は勤務時間の長さを誇るところがある。「自分はこんなに頑張った」、「頑張りが報われる社会であったほしい」などなど。


 悪魔は逆である。「今日はこれだけ楽をした」、「自分のノルマを僅か一時間で済ませた」と楽をした時間を威張るのである。


 できるだけ楽をするということは、己の資質に向いたことをするのがいい。楽をするために能動的に動くようになっていた。

 部下の資質を上司が見抜かなければいけない人間達と異なり、悪魔達は「俺はこれが出来そうだ、これなら短時間で他のことより成果をあげられる。だから残りの時間は寝る」と自ら資質をPRするようになったのである。楽をしたいがために。


「……敵のことは陛下とブシュワスカさんが分かっていて、己のことは皆が分かっています。兵力差も圧倒的で、情報収集もしっかりしています。でも、油断はできませんよ、相手は未来を知っていて、ものすごいことをしてくるかもしれませんからね」


「おー!」


 激とも言えない激に、女悪魔達も反応した。




 戦いが始まった。


 しばらく前衛戦が行われるが、数で勝る悪魔軍が優勢になっていく。優勢の局面が広がっていった。


「……敵の本陣近くは、後方を気にしているようですが、援軍でも来るのでしょうか?」


 相手の情報を調べているエリーティアは首を傾げる。


「人間の援軍が来るという情報はありませんね」


「地中をモグラのように進むなど、方法はいくらでもあります。あらゆる可能性を排除すべきではないでしょう」


 緊張感を高めながら、戦闘が続く。




 人間軍の兵力は半分ほどまで減った。


「……逆転策があるのなら、早めに手を打つべきだと思いますが……」


 何もしてこない相手に対して、エリーティアは首を傾げる。


「こちらが救世主として呼んだエリーティア様が人間でしたから、テンセイはひょっとすると悪魔なのかも」


 ブシュワスカが呟いた。


 なるほどとエリーティアも頷く。


 悪魔であれば、人間の死など何とも思わない。それに一発で完全に逆転した方が"楽"である。


「そうですね。慎重に行きましょう」




 更に二時間が経過した。


 人間軍は完全に崩壊して、後方に逃げ始めていた。


「ヒキョーダ公爵を捕まえました」


 前線からの報告に女悪魔が湧きたち、ワルイネが叫ぶ。


「うぉぉぉ! コロス! 生まれてきたことを後悔させてやる!」


「ワルイネ、あんた、滅茶苦茶極悪な悪魔になっているよ……」


 次いで別の報告が入ってきた。


「イセカイ・テンセイも捕まえました!」


 再度、女悪魔達が「これで勝利だ!」、「人間達に勝った!」と湧きたつ。


 エリーティアは首を傾げている。


「……結局、何がしたかったのかしら?」




 更に一時間後、イセカイ・テンセイが連れられてきた。


 取り立てて印象に残る容姿ではない。背丈も顔も十人並である。


「あの……、失礼を承知で伺いますけど、一体何がしたかったのでしょうか?」


 エリーティアが尋ねた。


「正直、何もしないうちに勝ってしまいましたけれど?」


 テンセイは憮然とした様子でしばらく黙っていたが、ややあってヤケクソ気味に言う。


「前回は、後方から奇襲を仕掛けてきたのに、何で今回は動かないんだよ?」


「動かないと言われましても……」


 動かないまま勝てそうなら、わざわざ動く必要もない。


 そこにブシュワスカがやってきた。


「恐らく、この者が知っていた未来では違う戦闘推移となり、エリーティア様が後方から奇襲を仕掛ける形で決着がついたのでしょう」


 だから、後方を警戒しつつ、慎重に戦っていた結果、既に地力が完全に上だった悪魔に押される一方となってしまったのである。


「つまり、私がそうすると思い込んでいたと」


「そういうことでしょうな。未来が分かっていると言っても、その未来は一つではないという単純な事実を忘れておりました」


 ブシュワスカの言葉に、エリーティアも頷いた。


「未来も、知識も、無限にあるんですよね。だから面白いのに……」

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