第11話 初陣1
目の前には二機のAnDが鎮座している。右は
青墨色のAnDは各種ハードポイントに増設されたバーニア。背面には大型の推進装置が二基ある。その推進装置には武装用ハードポイントが設けられている。そしてAnDの大きさに合わせた大型の日本刀がそのハードポイントに装備されている。脚部にも武装用のハードポイントがあり、そこにはハンドガンタイプのレールガンが装備されている。
ハンドガンタイプのレールガンは銃身が短い。それに合わせるように導体加速装置も短いので加速が少ない。その分、破壊力もすくない。破壊力はその物質の速度と質量で決まる。質量はほぼ一定の弾丸なので、破壊力は加速度に依存する事になる。
破壊力は低いが、メリットもある。それは冷却の速さだ。冷却が早い事で連射しても砲身がオーバーヒートしないのだ。
赤墨色のAnDは肩部ハードポイントに三連装ミサイル、脚部には金属の
赤墨色のAnDの隣にはスナイパーライフルタイプのレールガンが置かれている。これは携行武装で赤墨色の機体専用武装だ。砲身が長く、それに合わせ導体加速装置も長いのだ。それに伴い、初期加速が早く、破壊力が高い。しかし冷却に時間がかかる欠点があり、連射するとすぐにオーバーヒートする。
青墨色AnDと赤墨色AnDに共通した武装がある。まずは大型のシールドだ。このシールドは機体の八割を防御できるものであり、跳弾等で機体本体に直撃を避ける目的がある。また、ミサイルの直撃にも耐えうる構造だ。
共通武装としては他に、胴体部に装備されたマイクロミサイルランチャー二基、信号弾発射管一基、チャフ発射管二基、無反動砲一基、機銃一基。
頭部には機銃が二基、装備されている。この機銃はミサイルの迎撃や敵機のセンサーを潰す目的がある。
「これが自分用にチューンアップされたAnD」
僕はそう呟くと横から声が聞こえる。
「内藤! どうだ? 気に入ったか?」
井本教官が青墨色の機体を見上げながら言う。両手を腰に当てながら。
井本が作った訳でも、カスタムした訳でもないだろ。僕の視線は自然と鋭くなる。
ドックの鉄扉がウィーンという音をたて自動で開く。
「ここでもお前と同じかよ!」
火月が不満そうに話しながら、火月の後ろで鉄扉が閉まる。
「火月の機体はそっちだ!」
井本教官は首を左、赤墨色の機体に向ける。
「これが俺の機体」
火月が口角を上げ、言う。
「ああ、MRJ-126SX・
井本教官は火月を見て説明する。その後、青墨色の機体を見る。
「こっちはMRJ-129SX・
井本教官は続けて話す。
「後は、詳しい説明は整備士に任せるよ」
井本教官は微笑みながらAnDの後ろを覗き見る。
そこには隠れるように最終調整を行う整備士がいた。
見覚えのある顔。僕の一つ上の先輩。
「では、私から説明します」
萩は落ち着いた様子で、手元の資料に目を落とす。
「まず
そう言い終えると、一枚の紙を火月と僕、井本教官に渡す。その紙には天照の基本武装や性能が明記してある。
萩は資料をめくり二枚目の資料に目を通す。
「続いて
今度は月詠の資料を、僕、火月、井本教官に渡していく。
資料は三枚にも及ぶ。一枚目には基本武装や性能が記載してある。
二枚目には背面の推進装置に関するものだ。そして三枚目、これは巨大な日本刀の特徴や性能が記してある。
背面に装備された推進装置は脚部のバーニア出力と同じ、いやより特化したものになっている。つまりは通常のAnDの約二倍程の最高速度が出せる、という事だ。しかしそれはあくまで計算上だ。
宇宙では全方位に動く必要がある。そのサポートを行うため、各ハードポイントにバーニアを増設したのだ。
背面の推進装置はその増設したバーニアを上回る機動性、加速性を実現している。
その性能から予測される負荷まで示してある。
約十五G。つまり自分の重量の十五倍もの負荷が全身にかかるのだ。
僕の場合、約六十キロ。かかる負荷はおよそ九百キロ。
「普通の人間にこんなもん扱えるかよ!」
火月が資料を持ちながら、両手を上げる。まるで降参だ、というように。
井本教官は眉をひそめる。しかし僕には使いこなす自信がある。どうしてかは分からないが。
「やれる」
僕は淡泊な声を上げ、青墨色のAnD――月詠を見上げる。
「はあぁっ!」
火月が驚いた声色で僕の顔を覗き込む。お前、本気かよ、とでも言いたげだ。
井本教官は両腕を組み、溜息を吐く。そして少し困った表情を浮かべる。
僕は手元の資料に目を落とし、巨大な日本刀のデータを見る。
殆ど、何の特徴もない日本刀。ただのダイヤニュウム合金を固めただけの武装。何の機械的な構造すら持たない武装。こんなものが何の役に立つ?
怪訝な表情で資料を見ていると、萩が慌てる。
「あ、ええっと。この刀は、【南山】という名称でして、純粋な質量武器です」
萩は資料を読みながらなので少したどたどしい。
「質量武器って、……ただ殴るだけか?」
僕は戸惑いを隠せずに質問をする。
「はい。そうです」
萩は自信満々に答える。いや、自信があっても困るのだが。
僕は少し困り顔でAnDに向き直る。
「そんなの使えるのか? 切れ味は?」
火月が率直な意見を申す。
AnDはフレームから装甲にいたるまでダイヤニュウム合金でできている。同じ素材でできている刀をぶつけてもお互いに損傷するだけでは? そうなるとただの消耗品でしかない。しかも相手に大きな損傷を与えられる事もできそうにない。
「切れません。試験運用段階の武器です」
萩は火月に向き直りながら言う。切れ味がないとなると、後はスピードに乗せた質量攻撃か。つまりはハンマーと一緒だ。ただ叩くだけの武器。
「そもそも、AnDは近接戦闘を想定していません。ミサイルやレールガンによる撃ち合いが主な戦いです」
萩は資料をめくりながら説明する。
「しかし、内藤の戦い方にチューンした結果が、近接武装の装備だ」
井本教官は組んでいた両腕を解き、僕に向き直る。
「内藤! お前、専用武装だ。使いこなしてみせろ」
井本教官は勝手な事を言う。そう思いながら拳を強く握る。
そんな僕を火月が横目で見てくる。言いたい事があれば言えよ。
僕の月詠はハンドガンタイプのレールガンを保持している。それは近接戦を考慮した上での武装だ。この刀、南山もそうだ。
しかし本来、近接タイプはスナイパーなどの護衛が目的だ。接近するミサイルを撃ち落とす、そのくらいの役割しかない。
進んで敵陣に突っ込む僕の戦い方は本来、イレギュラーなのだ。
電子機器の進歩がミサイルの命中精度を上げているのだ。基本、ミサイルだけで事足りるようになった。その対策として、機銃やレールガンによる弾幕やチャフの散布でミサイルのセンサーを誤認させる方法だ。また、分厚いシールドはミサイルを防ぐ目的が大きい。
共通武装についての説明もあったが訓練用AnDと大差ないようだ。ミサイルの迎撃を目的としたチャフや機銃。
近接で威力を発揮する無反動砲。これは威力だけが取り柄の武装だ。
後はミサイルランチャー。この時代、基本的にミサイルとレールガンが主流なのでミサイルによる攻撃は基本になるのだ。故にミサイルランチャーは基本武装になる。
最近では荷電粒子砲が試作段階だが、実用化には少し大きいとの理由で未だ実戦配備されてない。しかし、連射性の高さや弾速(?)の速さなどのメリットが大きい。
そういった、説明を受けた。
「これで終わりか?」
井本教官は近くの工具箱に腰を掛ける。
火月はだるそうに床で
僕は壁に寄りかかり、二機のAnDを眺める。
「いえ、最後に一つ」
萩はそう言いながら、眉をピクピクさせる。
みんなの態度に
「
萩は苦虫を噛み潰したかのような表情を見せる。
火月は慌てて立ち上がろうとする。が、体制を崩し倒れ込む。
僕はというと、大きく目を見開いて、口をパクパクさせる。
それもその筈、この三人はあの時、あの事件の日にクサンドラによる事故を目撃したのだ。そのせいで
さっきの萩の様子もその事に対する思いだったのだろう。
「なんだ? そんなに問題か?」
この場で唯一、事故の事を知らない井本教官は呑気な声を上げる。
僕は全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
火月も青い顔をしてなんとか立ち上がる。
「二年前、事故を起こしたシステムですよ? そんなもの本気で使えるんですか?」
正確には二年以上前だが、慌てて言う僕は、冷静ではいられなかった。
「なんだ、あの時の事故に関わっていたのか」
井本教官は目をすうっと細める。表情は険しいものとなり、僕らの顔を一瞥する。
「お前ら、そのシステムを実際に使ったか?」
井本教官は立ち上がり、尻に付いた
「い、いえ」
「使ってません」
「んなもん、使えるか」
萩、僕、火月は口を揃えるように、一様に否定する。
そう。あの現場にいたものにしか分からない恐怖があるのだ。
「俺はそのシステムを実際に使った。しかし、問題はなかった」
井本教官は僕に近づき、頭に手をそっと乗せる。
「大丈夫だ」
井本教官の声は優しいものに変わっていった。
「んな事、言ってもよ。どこの誰が開発したのかも分からないもんを、使えって言われてもなぁー」
火月は頭の後ろで両腕を組み、不満を漏らす。
「なんだ? 知らんのか?」
井本教官は少し驚いた顔をし、火月を見る。
「
萩は落ち着いた声で手元の資料を通して見る。
「AnDの設計者、天才的なロボット工学の権威であり、量子物理学者、脳科学者、数学者、思想家としても知られている」
僕は補足するように言う。
同じ授業を受けたのに何故、火月だけ知らないんだ。
「ちなみにアンディ教授の奥さんはクサンドラという名前です」
「まじか!」
萩の蛇足に火月が驚く。が、萩は資料をもう一度確認し、「間違いありません」と告げる。
実の奥さんの名前をシステムにもつける、というのはどういう気持ちなのだろう?
愛情の現れ? それとも依存? どちらにしてもアンディ教授はとうに亡くなっている。聞きようがない。
「なんだ。お前らが知っているのはその程度か」
井本教官はそう言うと、みながそちらを向く。
「アンディ教授はマッドサイエンティストでも有名だぞ」
「なにせ、自分の唯一の息子を実験台にさたからな」
井本教官の言葉に僕達は驚愕する。
どうやら話によると、アメリカ軍がアンディ教授の自宅に押し入ったそうだ。理由は禁止されているはずの人体実験。押し入った隊員が目撃したのは、実の息子に怪しげなヘルメット状の機械を被せた姿だった。その息子はすでに意識が無く、口からは唾液が垂れていたそうだ。そんな息子を隊員が病院に搬送しようとしたが、アンディ教授は「この装置を使えば息子の意識は回復する」と必死に訴えたそうだ。しかし誰もアンディ教授に耳を貸さず、息子は病院へ搬送。アンディ教授は裁判の後、刑務所行きとなった。息子の方は意識が回復する事なく絶命。アンディ教授は刑務所内で病気を発症、そのまま帰らぬ人となった。その事件は奥さんが他界した後の事だったそうだ。
そして、後に残ったのがアンディ・ノートと呼ばれる、AnDの開発データやクサンドラシステム、デルタジェネレータなどの様々な研究データだった。しかし、一部のデータは削除してあった。その削除されたデータは人類を飛躍的に進歩するものだという事しか分からなかったそうだ。
またクサンドラシステムの開発に必要なメインシステムはすでに完成してあり、ブラックボックスとして残されていた。そのブラックボックスは全部で三十個あり、長年、研究していたが無理に分解・解析・改造をすると内部データが破損する仕組みだったそうだ。現に分解・解析しようとした結果、三つものブラックボックスが破損。それをきっかけにクサンドラシステムの正式、開発が進んだそうだ。
「そんなもん、危なくね?」
火月がもっともな意見を呟く。
しかし事実、試験運用どころか、実戦での成績も収めている。
「俺から言わせれば、ただのサポートシステムだったな」
井本教官は何てことないように言う。しかし疑問も残る。
そこまでして機密保持を施したのは何故か?
「確かに、記載されたデータによるとただのサポートシステムですね」
萩は幾重もの資料をめくり、欠陥を探している。
萩の動きが止まる。どうやら欠陥は見つからないらしい。
「後、このシステムにはパスコードの入力が可能でして」
「パスコード?」
萩の説明に僕は疑問を抱く。
そんなものを設定して何になる。パスが通ればブラックボックス内のデータが開示されるのか?
「未だにパスコードを突破した人はいないそうです。まあ、突破しても大したデータはない、というのが一般的ですが」
「人によってはそのパスコードにはアンディ教授の全てが記されている、なんて言う奴もいるそうだぞ」
萩の真面目な言葉に井本教官は、からかうような素振りを見せる。
「はあ」
僕はつい生返事で返す。
「まあ、今日のところは動作確認程度だ。一年間の訓練だけで一人前とは呼べないからな!」
井本教官はそう言うと、僕と火月にパイロットスーツを着用するように
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