第10話 卒業2
数日後、第二試合が開始される直前。輸送機に収容されたAnD。僕はそのAnDのコクピット内で点検作業に取り掛かる。
AnDの足元で小陽が慌ただしくパソコンをいじっている。それをサポートする朱里。
大変そうだな。そんな視線をモニターごしに送る。そしてモニターに映る映像を切り替え、センサー類に異常がない事を確かめる。
ハッチの開いたコクピット、その開いた空間から声が聞こえてくる。
「……と……。……とう。内藤さん!」
どうやら僕を呼んでいるらしい。ハッチの開いた方、上を見上げると、瑠奈がいた。作業の手を一旦、止める。
「どうした?」
僕は瑠奈に訝しげな視線を向ける。
普段ならコクピット周りの整備は先に終え、フレームや外装等の整備に移るのだ。今頃、冷却剤や推進剤の注入作業を行っているのではないか?
「その……。熊先輩の事についてなのですが……」
瑠奈は目を泳がせつつ、口籠る。
熊はもう卒業した筈だが? その熊について聞きたい事でもあるのか?
僕は怪訝な表情を浮かべるのみでどう返答するか、困り果てていた。
「あの、熊先輩の連絡先とかご存じですか?」
瑠奈は意を決しったように尋ねてくる。その眼には鋭さがあり、少し圧倒される。
瑠奈の事情は知らないがとても大事な事なのだろう。
熊の連絡先なら、入部してすぐに知った。いざという時にかけてこい、と言っていたが。
「ああ、知っている」
僕は返事をし、それがどうかしたのか、と視線だけで尋ねる。
「その、熊先輩の連絡先を教えてください!」
瑠奈はそんな事を言いながら、ぺこりと頭を下げる。
何故、そこまで必死なのか? という疑問があるが、教えない理由にはならない。
「構わないが」
僕があっさりと了承すると、瑠奈は頭を上げ、あからさまに嬉しそうな表情を浮かべる。
瑠奈は表情にでやすいタイプなのか。そう思いながら
PCSは昔で言う携帯電話だ。しかし今ではその使い道は様々で、小型パソコンとしての機能や財布、証明書の代わりにもなる。落としたり、無くしたりするととんでもない事になる。そのため、生体認証などのセキュリティーが強化されている。
瑠奈もPCSを取り出し、お互いのPCSを向け合う。そして僕は熊のデータを転送する。受け取ったであろう瑠奈は、表情をパアッと明るくする。
「ありがとうございます!」
瑠奈はそう言いながら再び頭をぺこりと下げる。頭を上げると、嬉しそうにしながら、AnDの整備に戻る。
僕はポケットにPCSをしまうと、点検作業に戻る。
隕石の少ない宙域に輸送機が二機。宙域の端には小さな隕石群がある。
その輸送機から、飛び出したAnDが敵チームと
僕はその内の一機に乗っている。試合をするために。
「試合開始!」
大会の実況アナウンサーの声と電文が試合の始まりを告げる。
なぜ、戦う。そんな言葉が今更、僕の耳に響く。しかしこれは試合だ。ただの競技だ。戦うも何もただの遊び、いやスポーツのようなものだ。関係ない。少なくとも今は……。
「いくぜ!」
火月は勢いよく声を上げる。
「火月は遠距離から、内藤は接近しよう!」
考が指示をだすが、どちらかと言えば提案に近い。これでは火月は納得しないだろう。
「了解」
僕は一応、答える。
やはり、火月は先行しようとバーニアを噴かす。が、次の瞬間、火月のシールドがペイント弾で染まる。染まった事を確認した火月は制動をかけ、その場に留まる。
「やろー!」
火月は憤りを露わにし、スナイパーライフルを構える。どうやら同じスナイパーとして火が付いたらしい。
「内藤! 近づけるか?」
考が慌てた様子で言う。そして飛んでくる弾をシールドで防いでいる。
この命中精度・連射性からして敵の内、二機がスナイパーだろう。
この状態で近づくとは、集中砲火を浴びかねない。しかも隕石やデブリは少なく身を隠すものがない。
「了解」
しかし、このままでは僕は役立たずだ。ハンドガンではとても捉えられない距離だ。それなら火月の狙いが定まるまでの時間稼ぎぐらいはしなくてはならない。
バーニアを噴かし、一直線に敵チームへ向かう。飛んでくる弾を左右に、上下にかわす。機体を揺らし、何度も弧を描くように徐々に敵との距離を詰めていく。その間に、後ろから弾が飛んでくる。恐らく、火月の放ったものだろう。しかしその弾は僕のAnDをするりとかわしながら敵に吸い込まれていく。見事としかいいようのない命中精度だ。実際、敵のシールドに着弾しているようだ。
ある程度距離が近づくと、敵三機にそれぞれNo1、No2、No3と表示がつく。そのデータは同期された火月、考にも届いているだろう。
敵のNo1とNo2はスナイパーライフル、No3がハンドガンを二丁装備しているようだ。
ハンドガンを二丁、装備するとシールドが装備できなくなるが、その欠点を埋めるだけの自信があるのだろう。とにかくスナイパーを減らそう、と思いNo1へ向かい突っ込む。
一泊置いて、目の前にNo3が割り込んでくる。ハンドガン二丁がモニターに映る。
そのハンドガンの銃口からペイント弾が吐き出される。が、僕はシールドで受け止める。その後、No3が誘うように距離をとりながら撃ってくる。
いいだろう。その誘いに乗ってやる。
僕は機体をNo3に向けて動かす。
ハンドガンの応酬。かわし、かわされの連続。どんどんとNo1とNo2から引き離されいく。それを横目で確認しつつ、目の前の敵、No3に集中する。
No1とNo2は直に落ちる。そう確信していた。なぜならスナイパー対決だ。火月に敵う筈がない。
追いすがるようにNo3に近づく。敵ハンドガンの一発一発が機体をかすめていく。直撃ではないので反則にはならない。隕石がいくつか流れていく。いつの間にか隕石群の中に誘い込まれたようだ。そういえば宙域の端の方に固まって隕石があったな。
そう思いながらモニター端に映るNo1とNo2を見やる。No2がペイント弾の直撃を浴びる。もしかしなくても火月だ。
「ひゅー! もう一撃!」
テンションの高い火月の声が無線を通じ、スピーカーを鳴らす。
その言葉にニヤついている自分がいる。すぐに気を引き締め、No3を落としにかかる。が、相変わらず、ハンドガンの撃ち合い、かわし合いで終わる。相手も相当な反射神経だ。
「おっしゃっ! 二機目っ!」
火月は順調に倒したようだ。
それを受けてなのかNo3が慌てたような動きを見せる。そこに撃ち込む。
No3は直撃を受ける。勝った! と思った瞬間、ビーという電子音が鳴り響く。
何だ!? そう思い電子音の鳴る方向を向くと、とんでもない速度で小隕石が接近する。
僕は慌てて緊急通信を開き、声を上げる。
「避けろ!」
僕は機体を後方に動かし、隕石の直撃コースから外れる。が、No3は未だ隕石の直撃コースに残ったままだ。
No3は慌てた様子でバーニアを噴かすが、遅い。小隕石がNo3を襲う。直撃を受けたNo3は弾き飛ばされる。隕石は少々コースを変え去っていく。
「大丈夫か?」
僕は緊急通信を開きながらNo3に向け呼びかける。
No3はセンサーや通信の要、頭部とコクピット周辺、胴体部に損傷が見られる。
No3は緊急脱出装置を作動させ、コクピットブロックが飛び出す。
僕はそのコクピットブロックをマニピュレータで支え、敵チームの輸送機に向かい進路をとる。No1とNo2が迎えにきたので受け渡す。
後々、聞いた話だがNo3には一郎の双子が乗っていたらしい。兄である一郎から感謝された。しかし、僕は以前の事故を思い出し行動しただけだった。
閉会式が行われた。今大会は事故が一件あったのみでテロなどは起らなかった。
僕達のチームは四回戦敗退。女子チームは五回戦敗退となった。
僕達の敗因は火月の先行と考の孤立だ。ちなみに僕も孤立させられ二方向からペイント弾を浴びせられた。
女子チームは明らかに相手チームの方が上だった。菫は最後まで抵抗したものの最後は敵三機に囲まれ集中砲火。
大会終了時には八月となり、一年の半分以上が過ぎていた。それに伴い部活も引退。後は後輩に引き継ぐのみとなった。
いつしか卒業の時期となった。と、いっても殆どの学生はそのまま自衛隊になるので、しばしの別れでしかない。
DNA政策による職業の決定。それに伴い、試験や面接もなくエスカレータ式に自衛隊となる。卒業式も簡易的なものであり、あくまで伝統の一環として行うだけだ。
卒業してもどうせ会う、会えるのだから。しかも
残されたのは卒業という行事と、節目という意味合いのみとなった。
今日から僕は自衛隊だ。
今では度重なる自衛権などの改変により、他国の軍と大差なくなってしまった。
まあ、僕にはどちらでも構わないのだが。
僕は今、AnD-
今日からこの訓練用AnDに乗り、訓練を重ねる日々だ。
「どうだ? 今までとは違い出力などのリミッターはないぞ!」
そう。今までとは違い、訓練用機は武装以外は軍用機と変わらないのだ。
「みたいですね」
僕は視線をAnDから逸らさずに淡々と返答する。
明らかに競技用AnDとは、違う。装甲が厚く、その分、一回り大きく見える。また、剥き出しのバーニアは装甲に隠れ、わずかにその姿を見せるのみだ。関節部のモーターが出力の高いものに変わっていたりもする。競技用と違い、デザイン性はなく、黒色のボディで無駄な
人間でいう頭部、センサーモジュールには機銃が固定されている。他にも胴体部にはミサイルランチャーや信号弾の発射管など、固定武装が配備されている。また、脚部や肩部には追加武装のためのハードポイントがある。
マニピュレータで保持する武装――携行武装には数種のレールガンや大型のシールドが用意されている。
レールガンはハンドガンタイプやアサルトライフルタイプ、スナイパーライフルタイプなどがある。タイプごとに威力や連射性が違うのだ。
しかし訓練用のAnDは全て模擬弾である。当たると衝撃はあるものの破壊できる程の威力はない。
訓練機。体が
井本教官はやれやれっといった表情でこちらを見ている。
僕はAnDを蹴り、井本教官の元へ向かう。
「そろそろ訓練、始めるぞ!」
井本教官は腕を組み、僕がパイロットスーツを着るのを待っていた。
「了解」
いつもの癖で答える。敬語ではないので何か言われると思った。しかし、井本教官は何も言わずにいた。
更衣室、前まで体が流れていく。
ウィーンという音と共に更衣室の鉄扉が自動で開く。僕が中に入ると、再びウィーンという音と共に閉まる。
ここから始まる。僕の社会生活が……。
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