魔力を抱えて魔王軍に特攻する八勇者の物語

涙田もろ

第1話 城で策士が笛を吹く


 その日、王城で一つの献策けんさくが将軍府になされた。


 曰く、残存する勇者に魔法を搭載し、王土を囲む魔族へ突入させその戦力を減殺

し、よって王国の安寧あんねいを一日でも長く保ち、国土決戦に備える時を稼ぐべし――


 この案を聞いた三星将軍アカギはしばし絶句した。


 こどもがミルクを飲み終えるほどの時間を経てようやく、咳払いをひとつして話し

始めた。


「これは国王陛下はすでにご存じか?」


 献策をした一星将軍のカガは、息を詰めるような声で「否」と答えた。


「これは作戦とは言えぬ。今まで数多の奇策でもって優勢な魔族を撃破してきた貴官の言うことだが、これはいかん。勇者の帰還できる可能性がほぼ皆無ではないか。却下する」


「閣下。お言葉ですが、ではどのように現在王土を囲む無数の魔族を押し止め、今にも全面攻勢をかけてきそうなヤツらを防ぐおつもりですか」


「例の作戦も実施中だ。それに我が王国に残存する8人の勇者には、現在教官として後進の指導にあたるべく、その育成作戦を実行中である。あと半年ほどで20名が新たに勇者名簿に名を連ね、国境の魔族へと逆撃をかけることも可能になるだろう。それまではもはや一人たりとも失うわけにはいかん」


「閣下。たった一年未満で促成栽培した勇者にどれほどの力がありましょうや。古の大勇者アコンガグアの血を引く者たちなれど、優れた勇者は数多の経験を積み、大勇者が眠るアマノイワト山で勇光の受容をされし者のみが、真の勇者となることができます。未熟者を――」


「分かっておる! ……わかっておる。しかしそのアマノイワトも今や魔族領内ではないか。かの聖地を奪還するためにも、かつてのような多数の勇者が必要なのだ。カガ一星将、今更このような論議は時間の無駄だ。貴官の任務へ戻れ」


 アカギは口を閉じると、視線を卓上の書類へ向け、首を振ってカガの退出を促した。しかし彼はそれを公然と無視し、また話し出した。


「閣下。ひとつご報告があります」


 ふう、とアカギは呆れ顔を上げた。

「一星将。私はこれ以上――」


「先週、東方領バチの迎撃戦で、魔法使い特別中隊が壊滅いたしました」


 アカギは「っ!?」と声にならない声を上げた。

 

 カガの顔を凝視したその眼はすでに血走っている。


「ひとりも……? 全部か?」


「はい。文字通り、か・い・め・つ、です。前衛の普通兵一個大隊と共に」


「わ、私の所にそんな報告は上がっていないぞ!」


「閣下の『御忠臣』が慮ってのことでしょう。なにしろ王国内に残存していた魔法使いを集中運用し、もって敵に大打撃を与えるという閣下の『例の作戦』が完全に裏目に出てしまったのですから。小官がかねてご指摘しておりましたが、やはり勇者の護衛を付けない魔法使いは、その魔力が切れてしまった状態が最も惰弱となりうる……敵は数にモノを言わせ、消耗戦に持ち込む策を用いたようです。中隊もそれが分かっていたはずですが、そのような状況に追い込まれざるを得なかった……敵にもなかなかのヤツがいるようですな」


「馬鹿な……! 魔法使いを……一人で魔族を100匹屠れるような者たちをまとめて18人全て倒したというのか!?」


「ですから、魔力が切れた魔法使いは戦力として猟犬にも劣りましょう。敵は自らにとっての脅威が一か所にまとまった状況を逆に利用し、これを一気に粉砕することに成功しました。もはや我が王国に遠距離強力攻撃を行える戦力はございません。戦端が開かれてよりすでに13年。これより先の防衛戦は、今まで以上に困難になることでしょう」


「なんと……バカな……」


「もはや王城の地下サイロに蓄えた魔力は無用の長物。しかしこれを絶大な防御力を誇る勇者に搭載し活用すれば、敵師団に壊滅的な損害を与えることも可能なのです。敵は周囲八方向から八個魔族師団で王領を囲んでおります。これを撃破すれば、魔族といえど、今後数年は攻勢をかけてくることは叶いますまい」


「ぐ……ぐぬ、う……」


「小官はこれより国王陛下への各作戦の経過を言上仕ごんじょうつかまつるという任務が控えてございます。されば退室させていただいてもよろしいでしょうか」


「なに? ま、待て……」


 アカギは弱弱しい声音でカガの後ろ髪をつまむように引き留めると、思案顔で虚ろな視線を宙に漂わせた。


「敵は八個師団……勇者は……八人……」


 顔面蒼白で呟くアカギを見下ろしながら、カガは自らの献策がどうやら容れられそうだ、という確信を得て、目を細め内心でほくそ笑んだ――。

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