ー2ー 微笑んで

—ねえ、男の子って、男の子を好きになるの?

—そうね、あるかもしれないわ。

—ふうん。

—でもね、どんな人を好きになっても大事なことは同じなのよ。

—それってなあに?

—それはね、愛して、守って、支えてあげることよ。


 シャーロットは一三歳だった。

 彼は生まれてこの方プラハを出たことはない。今までずっとプラハの中心部で生活してきた。

 シャーロット、この名前はあまり好きではない。母は妊娠発覚二日目で女の子を身籠ったと感じたらしいが、何がどうなってもシャーロットは男の子だった。例えば向かいのアール・ヌーヴォー建築の新しい家に住んでいるフランツくらいお洒落な名前だったらよかったのかもしれない。


 シャーロットは窓を開けた。

 夏に近付いた夜風が頬を撫でると、なんとなくくすぐったい。


 この間、ずっと想ってきたフランツからのカミングアウトが切っ掛けで付き合うことになった。幼い頃はよくままごとの旦那役を買って出ていたものだ。それくらい、シャーロットは愛し愛されることに貪欲だった。

 フランツはもう寝ているのだろうか。窓は閉められ、明かりは消えている。


 シャーロットもベッドに潜り、いつもより少し遅く寝た。


 朝。

 なんとなく視線を感じて窓に目をやると、フランツがニヤニヤしながらこっちを見ていた。

「おはよう」

 彼はそれだけ言うと、窓の向こう側に消えていく。


 プラハの街はこの時間、一気に活気づく。仕事へ向かう大人たちや犬の散歩をする老夫婦、そして学校に行く子供たち。

 二人はいつものように横に並んで、なんの生産性もない会話をしながら学校へ向かっていた。


 フランツはさっきから触れているシャーロットの手に動揺を隠せない。

 それはシャーロットも知っている。


 シャーロットから言わせれば、フランツは「恋愛」を恥ずかしいものだと認識している。恋バナの時もいつになく小さな声でしゃべるし。シャーロットはそんなぼんやりとしたこの恋に満足はしていたが、それでも足りなかった。

 愛の前に、まだ燃えるような熱い恋をしたい。


 シャーロットは手をつないだ。どさくさに紛れて抱き付きでもしてやろうかとも思ったが、フランツが奇声を上げてしまいそうなのでやめておく。

 フランツは一瞬びくっとなったが、体温の交わりと触れた掌を優しく受け止めた。


 夕刻。

 校門前で待ち合わせた二人は、そのままバドミントン部に向かった。


 チェコでは珍しいといえば珍しい強豪バドミントンクラブ。

 二人は更衣室で着替えてシャトルとラケットを手にコートに出た。

 ぽんぽんと、シャトルを打ち合う音が響く。隣で汗を流すシャーロットを見つめていたフランツはシャトルを打ち返せずに顔にシャトルが当たる。

「痛てぇ~~~~~ッ!!」

「あっはははは!」

 丁度ちょうど隣でアップ程度の試合を終えたシャーロットが大爆笑している。

「立てる?」

 シャーロットはフランツに手を差し伸べた。フランツが手につかまりながら立つと、

「かわいい」

 とだけ言ってシャーロットはまた練習に戻った。


 手をつなぐ瞬間が、互いが一つになるこの瞬間が、シャーロットは大好きだ。


 そして二人は、恋が意外にも単調なものであることを知った。勿論もちろん、幸せな時間であることに変わりはない。会えないと寂しくて、会いたくて、でも、燃えるように盲目的にはなれない。それは元々仲良しだったからもしれないし、まだ愛していないからかもしれない。


 まだ恋しかしてない。

 でも愛しかできない。

 シャーロットが望んでいたのは、この気持ちだ。

 もう少しだけ、もう少しだけ、ここにいたい。


 夕暮れの街に響く笑い声は、二人をつなげる赤い糸で伝わる糸電話だった。


      —3へ続く―


  —これはまだ、恋でしかない物語—

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