手をつなぐ、微笑んで、消えていく。
桜舞春音
ー1ー 手をつなぐ
—愛ってなあに?
—ずっとずっと変わらない、やさしい気持ちのことよ。
—僕にも愛をくれるひとは、いるかな?
—ええ。もちろんいるわ。世界のどこかに一人だけ、ウンメイの女の子が—
フランツ・ホールは一三歳だった。
彼はプラハの閑静な住宅街に住んでいる。先日老夫婦が亡くなって空き家になったばかりのこの家に越してきた。アール・ヌーヴォー建築の味気ないシンプルな家は夜になると白っぽく浮かび上がる。
フランツは窓を開けた。隣の家はもう明かりが消えている。もう日付が変わっているのだから当たり前だろう。路地を挟んで向かいにある部屋は窓が開け放たれ、風になびくカーテンの隙間からフランツと同い年くらいの少年の寝顔が覗いている。
彼はシャーロット・アベスカ。
フランツと同じバドミントン部に所属する少年で、妊娠直後に何故か女の子だと確信した母親によって女の子に多い名前がつけられていた。
生まれた時からこのプラハに住んでいる彼は、赤い屋根が綺麗な家に住んでいた。石畳の路地に、隣のおばさんの車が通る。
寝返りを打つシャーロットを眺める。彼の黒髪がなびく。淡い金髪のフランツは黒髪をいつも羨ましがっていた。
フランツも幼い頃はいつか綺麗なお嫁さんが欲しいとか、子どもは何人欲しいとか考えていた。
だけどやっぱり、自分と向き合うべき時は来るみたいで、なかでも恋愛や性的思考となると、フランツはその対象が同性に向くのだ。
フランツは戸惑っていた。友達を好きになっ たりすると、嘘を
もしかしたら、この悩みを聞いてくれるかもしれない。
翌朝。
いつも通り玄関で待ち合わせた二人は、同じように登校を始めた。フランツは大通りに出る前に、周囲を確認して、シャーロットに打ち明けた。
「驚くかもだけど、俺さ、好きになるの、男……なんだ。これってやっぱり病気かなぁ」
—待てよこれ、思ったより恥ずかしい。
「え⁈お前も?僕もそうだよ」
するとシャーロットは意外な言葉を口にした。
「じゃあ、今までのアレの話とかって……」
「男で抜いてらぁ」
「わああバカバカハッキリ言うな」
シャーロットはニカっと笑って言った。そして、同性愛「ゲイ」は正常なことを教えてくれる。
その日の夕方、フランツは彼の家に呼ばれていた。
旧いゴシック建築の家は少し冷たい感じがするが、嫌な感じではない。
「いらっしゃ~い。お菓子これでいい?」
「うん」
シャーロットはお菓子と共にゲームを持ってきて、
「このゲーム面白いぜ。一緒にやろう?」
という。別に断る理由なんてないからフランツも
「うん」
と返す。
それはダンスゲームだった。CGの映像を見てダンスを真似するのは難しかったが、二人とも同じこと。
「あっはは、難しい、コレ」
「でも楽しい!」
その日、プラハの街には二人の笑い声がいつまでも響いていた。
日も沈み、そろそろ帰るとフランツが言うと、帰っても窓越しに喋るのがオチなのにわざわざシャーロットは見送りに来てくれた。
「ねえ」
シャーロットは言いかけた。フランツが立ち止まり振りかえると、シャーロットはフランツの手を取る。
「好きだ。友達としてじゃなく、男として」
シャーロットはそう言い放った。
「僕、フランツがゲイだって言ったとき、嬉しかったんだ。ずっと好きだったから。だけど悩んでいるのを喜んでしまう自分が嫌で、友達に戻りたくて遊んだけど、やっぱり無理だった。僕でいいなら、僕とつ、付き合って、下さい……」
シャーロットは付け加え、
「返事は今すぐじゃなくていいよ。いまわのきわまで待ってるから」
それだけ言うと、シャーロットは家に戻っていった。
シャーロットは階段を駆け上がると、窓とカーテンを閉めてベッドに寝転んだ。
言ってしまった。ついに。
どうしよう。
嫌われるかな。
いや、でも僕に相談してくれたってことは脈がありなのか?
そんなわけない。僕は友達だ。それでおわり。
きっと嫌われた。
そんな負の感情が、シャーロットを覆う。シャーロットはそのまま寝てしまった。
—2へ続く―
これはまだ、恋ですらない物語——。
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