shelter

「一つ……訊いてもいいかな」


 食事の最中、コーヒーが入ったマグカップを口元にまで近づけたところで、その水面を見ながら、朝日が言ってきた。


 さっきまでとはまるで違って、表情に感情らしいものが見られない。朝日は透明感のあるきれいな肌をしていることもあって、何て言うか、起伏のない、なだらかな平地に降り積もった雪を思わせた。

 だから、これから言うことは、あまり楽しい話じゃないんだなってわかる。


 朝日は、隠し事をするのが下手な大人だ。それって、殺し屋としては致命的なんじゃないだろうか。私が心配することじゃないだろうけど。


「一つと言わずいくつでも。隠さなけりゃならないことなんて、ないし」

「質問と言うか、確認に近いと思う。君が昨夜ゆうべ言っていた、僕に仕事を依頼したい相手というのは……」

「パパだよ。そんなの決まってる」


 言いよどむことなく、きっぱりと言い切った。朝日はコーヒーから目をそらさず、眉毛一つ動かさなかった。


「今さら確認しなくたって、とっくに知ってたでしょ?」


 突き放すみたいな言い方をすると、朝日は口をつぐんだ。


 そうだ。私が暴力を受けているって打ち明けるよりずっと前に、隣の部屋に住む朝日にはわかっていたはずだ。その上で、私のお願いを断った。子供の私は見合ったお金をすぐに用意できないとか、早くこの地を立ち去りたかったとか、朝日にだって事情はあるだろう。でも、私にだってある。ほんのちょっとだけ、私は怒っていた。


「……いつから、あんなことがあるの?」


 朝日の声は、絶対に感情が現れないようにと踏ん張っているかのように、徹底して平坦だった。


「……物心ついた時にはもう、私はらない子なんだなってわかった」


 パパの怒りの導火線の短さは、私が覚えている限りの昔から変わらない。

 それでも、ママが一緒に暮らしていた頃はまだマシだった。ママが私のシェルターだったから。でも、それも長くは続かなかった。私が小学校に上がった年、ママは何も言わずに一人で出て行った。


 結局、パパの暴力から守ってくれていたはずのママでさえ、私を必要としていなかったってことだ。私を愛してくれる人は、この世に一人もいない。


「そんなこと訊いてどうするの? やっぱりやってくれる気になった?」


 私はコインほどの大きさになったトーストを口の中に放り込んでから、両手で頬杖をついて朝日を見た。


「……いや」


 マグカップの向こうで、朝日はゆっくりと瞬きするけれど、目を合わせようとはしない。


「言ったはずだよ。僕は子供からの依頼は受けつけない」

「……まあね」


 私はため息をつきながら上半身を退いて、マグカップを持つと、残りのコーヒーを一気に飲み干した。


「早く大人になりたい」


 朝日が淹れてくれたコーヒーは砂糖と牛乳がたっぷり入っていて、甘ったるかった。

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