red sight
彼は肩に銃を添えたまま、まるで何事もなかったかのように、身体を室内に引っ込め始めた。窓を閉められてしまうと思い、私は急いで立ち上がった。
待ってって呼びかけようとして、部屋にいるパパのことが頭をよぎる。
彼は今、誰にも見られたらいけない。
私は声を出すのをやめて、辺りを見回す。どこかのベランダに、不審な気配を察知して様子を見に出てきた人影がないのを確かめてから、彼の部屋へ近づくことを試みた。
雨が顔にパラパラと当たる。霧雨よりは強く、土砂降りというほどではない。
そうか。涙だと思ったけど、雨の雫だったのかもしれない。
ここはアパートのいちばん上の四階で、屋根になるものがない。窓から顔を出せば、当然雨に濡れる。大の大人が、ましてや男の人が、そんなに簡単に泣くわけがない。
手の甲で拭っても拭っても顔を濡らす、きりがない雨をうっとうしく思いながら、ベランダの隣との境に足を引っかける。冬の雨は冷たく、身体の動きを鈍らせる。下を見ないようにして、どうにか乗り越えた。
我ながら正気と思えない。
あれが本当に本物の武器だとすれば、誰もが寝静まる真夜中に、人目を忍ぶようにして、意味もなく発砲したわけじゃないだろう。標的があったはずだ。あの赤い光は、それを定めるためのものだろうから。
犯罪。
それを目撃した私は、彼にとって厄介な存在に違いなく、対面すればとたんに暴力を振るわれたり、命を奪われたりする可能性がある。
それでも、私は彼を追いかけずにいられなかった。
辿り着いたそこは、我が家と同じくらい掃除が行き届いていなかった。今夜は雨が降っているからさらに最悪で、水気を含んだ土や埃が、ねとねとと気持ち悪く足の裏にまとわりついた。
危険を冒してまでやってきたのに、窓はやっぱり閉められてしまっていた。鍵もかけられている。カーテンまで引かれている。白い点々が、黒っぽい色の生地に描かれたカーテン。夜空に舞う綿雪みたいだ。
ただ、厚みがある生地は、室内の様子こそ窺わせないけれど、蛍光灯が点いていることは教えてくれていた。明かりを消さないところを見ると、彼は私の出方を待っているのかもしれない。
私はこぶしを作って、濡れたガラス窓を叩いた。かじかんだ手で何度も何度も叩いた。
お願い。開けて。開けて。ここを開けて。
吐き出される息は白く、粒子が粗い。切りっぱなしの前髪から、雨だれがいくつも垂れる。ニットのパーカーもジーンズも、雨を吸って冷たくずっしりと重たかった。
やっぱり無理なのか。
そう諦めかけた時、カーテンの向こう側にゆらりと細い影が揺れた。
間もなく長い人差し指が、ドット模様の生地をそっとめくる。三角形の隙間から、見覚えのある眼差しが私を見下ろす。目が合った。
「あ……」
次の瞬間、カラカラと窓が開き、力強い腕が私を中に引き入れた。
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