第8話 嘘つき達の雑談
「申し遅れました。お……私の名前はラインハルト・ブラッディギアスと言います。今日はこの学園の見学に」
「慣れていないのが丸わかりですわ。別にいいですよ。誰も見ていませんし、私は言葉遣いひとつで気にするほど器量が狭くありませんし……どうぞいつも通りに」
クラウディアはにこりと微笑みながら、俺へそう告げる。
本編ラインハルトの紳士的な一面を再現しようと思ったが、流石に対人経験不足か。言葉や仕草のわずかな癖から慣れていないのが見破られてしまった。
『というか、私にも使わん敬語をなぜ……? 神の加護を纏っているが、私にはただの小娘にしか見えんぞ』
(一応お前とは対等な立場のつもりだからな……。だが彼女は違う。彼女は俺よりも貴族としての位が高い)
ブラッディギアス家が伯爵家なのに対し、アイテール家は公爵家。貴族としての格が二つも違えば、言葉遣いを改めるのは基本だ。
なのだが本人がいいと言った以上、普段通りに接するとしよう。
「ではいつも通りに。俺と貴女は初対面だ。俺はこうして外に出始めたのはつい最近の事だからな」
「ということは次男でしょうか? ああ、確か上級生にブラッディギアスを名乗る生徒がいましたね。大口を叩くだけあって相応の実力を持つお方が」
貴族の次男、次女は長男、長女を目立たせるためにあまり外には出ない。出るとしてもそれなりに成長してからだ。
「兄のことを認めてられるのは弟としても喜ばしい。それも公爵令嬢となれば……な」
「ふふ、嘘つきですね。まあ今はそういうことにしてあげましょう」
クラウディアは目を細めながら愉快げな表情でそう口にした。
流石、黒幕系ヒロイン。あからさまな嘘はすぐに見抜いてくる。俺がブルーノに対して道具以上の感情を抱いていないことを、気がついたのだろう。あのやり取りだけで。
「ところで貴女はどうしてここに? 貴女は生徒だろう?」
「クラウディアでいいですよ。私と同い年っぽいので。そうですね。私は身体が良くないので、実技は見学しています」
嘘だ。正確にいうと一部嘘、一部本当という、嘘つきの常套手段みたいな嘘。
クラウディアの身体が良くないのは本編でも語られている。ただ実技を見学しているのではなくて、彼女は身体が良くないのを理由にしてサボっているだけだ。
理由は周囲とレベルが合わないから。ある身体的ハンデを負う代わりに、魔法の能力が飛び抜ける呪いのような才能のせいで、彼女は実技をサボりがちだ。
「……嘘だな。それも人が信じそうなギリギリを狙った絶妙な。本当に同年代か? まあだが、それはそれでとても」
「ふふふふ、それは貴方にも言えることでは? 私の嘘を一目で見抜くなんて、貴方はとても、ええとても」
この時、俺たちの思考は一致していたのか、互いに抱いた感情をほぼ同じく言葉にして発していた。
「おもしろい女だ」
「おもしろい殿方ですこと」
小さな笑い声が二人の間で響く。
涼しげにこう口にしてはいるが、内心めちゃめちゃ冷や冷やしてる。カルファンの知識がなければこんなやり取りしねえよ! いや素のラインハルトならやるか。
「と、随分と話し込んでしまいました。残念です。貴方とはもっとお話がしたいと思っていましたが……」
「実技授業の終わりか。同年代のレベルを知るために来たが、思いもしない拾い物をした」
実技授業が終わる以上、ここにいる意味もなくなった。それは彼女も同じことだ。互いに背を向けて歩き始める俺たち。先に歩む足を止めたのは彼女。
「是非、魔法学園に入学なさってください。貴方がいるなら、退屈な学園生活も少しはマシになるでしょうから」
「奇遇だな。それにクラウディアとはまた会う気がする。そう遠くない内にな」
「公爵令嬢に向かって意味深なことを言うのですね。ですが、ええ私たち気が合うようです。私もそんな気はしていました。その日を楽しみにしていますよ」
今度こそ俺たちの足が止まることはなかった。
ここでのクラウディアとの遭遇は狙っていた訳ではない。予定ではもう少し先になるはずだったし、今日ここで彼女と出会ったことで、何かが決定的に変わった予感がした。
それが未来においてどんな形になるかは分からない。破滅をもたらすのか、それとも別の何かをもたらすのか俺にはまだ……。
「すべてが俺の知る通りに進んでも面白くないな。
なあ、ラインハルト? そうは思わないか?」
今日一日、大人しかったラインハルトの本能へ向けてそう聞く。それはまるで愉快だと言わんばかりの笑い声を漏らしながら、俺だけに聞こえる声で答える。
【全くもってその通りだ。奴らを退屈させないためには、まず俺たちがこの状況を楽しまなくてはな】
まさしくその通りだ。刻一刻と変化する状況、自分の言葉一つで動く未来、そしていつだって付き纏う破滅のリスク。
そんな中で俺たちが楽しまなくては、闇神も彼女も退屈させないということは出来ないだろう。
破滅の回避が俺の主目的だったが、口にしたことは曲げない。推しに誓って。
故に、彼女達を退屈させないのも目的の一つに加える。
「おお、えらく上機嫌じゃないかラインハルト! 何かいいものでもみられたか?」
「ええ父上。とても面白いものが見れました。つきましては一つ頼みごとがあるのですが……」
「なんだ! なんでも言ってみたまえ! お前の頼みとあらばなんでも答えてやろう!」
俺が父に頼むこと。前々から考えていたことを口にする。
「兄上みたいに貴族達の交流会に参加してみたいのです。父上」
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