第6話 狂乱の宴

「……なぜだ。なぜ、生贄であるお前がそこにいる?」

「そ、そうだ! 闇神様はどうしたんだ!? まさか生贄にすらならないのか!? とんだ無能な弟だなお前は!!」

「そ、そうよ! 闇神様は一体どうしたっていうのかしら!?」


 ヴラド、ブルーノ、マーガレットは俺が元の姿で戻ってきたことに心底驚いているような様子だった。無理もないだろう。

 

 彼らの予定では俺はここで生贄となって死ぬはずだったから。しかし、その出来事はどのみち起こらない。俺が転生しようとしまいと。


 さて、ここからどうするか。本来ならここでブラッディギアス家は没落する。闇神の生贄になったはずのラインハルトが、不完全だが器として降臨し、ブラッディギアス家とその周囲を破壊し尽くすからだ。


 その後ラインハルトは行方不明となり、王国の闇組織などに出会い、ラインハルトは狂気と殺意に身を委ねて、王国を破壊し尽くす存在となってしまう。

 それは破滅ルートまっしぐらというか、そこからのリカバリーはかなり難しい。避けたいルートだ。


 なら、どうするか。こいつらには生きてもらおう。ただし、俺の思惑通りに。こういうのは俺よりも……。


【黙れ】


 魔力と共に言い放った一言。

 それだけで周囲はしんと静まり返る。


 今の俺たちにとっては取るに足らない存在だが、彼らもまた魔法使い。さっきの一瞬で理解したのだ。魔力の違い、魔法使いとしての力量差を。


「な、何様のつもりだ!! 生意気だぞお前!! ふ、不出来な弟のくせに!」


 けど力量差を理解したとはいえ、それを認めるかは別の話だ。ブルーノは唾を飛ばしながら俺たちへそう言う。


「ど、どうせ何かのトリックだ! 小賢しいやうめ!! !」

「そ、そうよ! つまらない見せかけね。あんたなんかが、私のブルーノちゃんより優れているはずがないもの!! ねえ、そうよね?」


「う、うむ……。そうだきっとそうに違いない。。そうじゃなきゃ、俺の目が節穴だったと認めなくてはならないじゃないか!」


 ラインハルトがこいつらを殺そうとしたのも分かってしまう。こうして対面してみて、言葉を浴びせかけられてどうしようもない人達だとこれ以上にないほど理解する。


「……それは俺がただの生贄ではなく、闇神の器だったとしてもか?」


 彼らも魔法使い。器のことは知っているだろう。

 俺がそう聞いたのは家族に何かを期待してのことだったかもしれない。けど彼らはその期待を簡単に裏切る。


「関係あるもんか! というより、それならなとさら認めてやるもんか!! お前のこと!! お前は俺の上に立っちゃいけないんだよ!!!」

「何を世迷言を言っているのかしら!? 器? そんなものになったところであなたのやるべきことは変わらなくてよ!!」

「そ、その通りだ! 器なんていう行きすぎた力は必要としておらん! 我々には加護というちょうどいい力があればいいのだ!! 不出来な息子が、器に覚醒しただなんて誰が信じるのだ!!」


 本当に……本当にどうしようもない。

 彼らは力を欲して闇神を呼び出そうとしたはず。器を通してならより強い加護を貰えるというのに……彼らはそれを拒否した。


 プライドが許さないのだ。優れた魔法使いとしての自負。不出来と言い、今まで迫害していた息子から、力を貰う立場になるのが、どうしようもなく許せない。


 ならいいだろう。壊すなら先ずはそのプライドからだ。


「お前達が俺に何を求めているのかしっかり分かった。けどそれだけだ。ありがたく受け取れ、闇神の加護だ」


 俺の影が不自然に伸びて、それは無数の触手となって、ブルーノとヴラドを貫く。


「痛い……痛い痛い痛い!! た、助けてくれよパパ、ママ!! な、何か変な物がおおおおお俺のかかかか身体の中に!!」

「なんだこれは! なんだこの魔力は!? お前は何をしようとしているんだ!!」


「キャアアアアアアア!!! 何よこんなの聞いていないわ!! すぐにあいつを捕らえて! いいや殺しなさい!!」


 身体を貫かれて混乱する二人。その姿を見て取り乱すマーガレット。今までのやり返しと思えば何かスカッとするかもしれなかった。けれど……俺の心は。


(ああ、


 何も感じないのだ。どんな悲鳴も喧騒も、いくら聞いたところで何か満たされることはない。こんなのただの作業だ。


 そう、俺の目的はこいつらへの復讐ではない。未来に訪れる破滅。それを回避すること。ここで達成感など味わっている暇もない。


「……そうだな。次の試練までには横の繋がりが欲しい。俺の正体をうまいこと隠して、表舞台に出られるよう、こいつらを作り直すか」


 13歳の試練、16歳の試練はそれぞれ、ラインハルトが器となっていることが条件で起こる。ここでブラッディギアス家が没落しようがしまいがあまり関係ないだろう。


 したら何かあった時の保険。つまり後ろ盾が欲しい。それも俺と直接繋がる形の。

 ラインハルトは家の方針から今まで貴族社会の表舞台に出ることはなかったが、情報を探るため、より万全の準備で13歳を迎えるために、俺もそこに立たなくてはならない。


 故にこいつらの記憶と思考を改造してやろう。闇神の魔力、それに今まで積んできた闇属性の魔法を使い、俺のために動いてくれる家族を作ろうじゃないか。

 まあついでにブルーノには万が一の保険もかけておこう。これを使う日が来ないといいのだが。


「あ、お、ご、ごきぃ? ややややややあ! やあ! ラインハルト! 今日もいい天気じゃないか! 俺は嬉しいよ! まさかお前が器としての力に目覚めるなんて!!」


「そうだともそうだとも! 今までお前を迫害しししししして悪かった。今日からお前もブラッディギアス家の家族として正式にみみみみ認めようじゃないか」


「な……にを言ってるのかしら……。二人とも?」


 闇神の加護を与えると同時に思考と記憶を改造した。まあこんなもんだろ。やってみたら案外あっけなかったな。

 ……そこで腰抜かして驚いているマーガレットとその他の人間は正味どちらでも良い。万が一ということもあるし、闇神の加護を与えるついでだ。


 全員分の思考と記憶も書き換えてしまおう。


『……ふふふふ、キャハハハハ!!! 少し覗いて見たら確かに面白い物が見れたわ! 家族を改造するなんて……器に選んだ甲斐があったわ!』


「……闇神か。今まで静観していたと思えば、何か、口調変わっていないか?」


 というかついでに声も変わってる気がする。さっき話した時は中性的だったのに、今では少女の声そのものだ。……何かこうなる要因……あ!


『混ざり物。お前の記憶を少し覗き見たぞ。お前の想像通り、私の姿に声を似せたというだけだ。まあ最も、魔力が足りない今こうして声しか届けられないがな』


「人の記憶を勝手に見るな……。穴に埋まりたくなる」


『キャハハ! お前を見ていると確かに退屈しなさそうだ。お前の話、乗って良かったと心から思うぞ!』


 闇神……というかカルファンの神々はルートによっては主人公達の前に現れる。


 闇神はロリなのだ。それもフリフリのドレスを着た感じの。そして彼女は……俺の推しだった。見た目ではドストライク。強そうなロリっていうのがまたそそる。


 まあこんな話、阿鼻叫喚の地獄の前ですることでもないんだが俺達には関係ない。


『なあ……聞かせてくれないか? お前は次何をしてくれるんだ? 私に何を見せてくれる?』


 ……くっそ! CVまで完全再現した声で言われると、ついつい聞き惚れてしまう。それに原作では聞くことができなかった猫撫で声。ラインハルトの身体じゃなければ手放しで喜んでいたというのに……!


「……次に備えるべき出来事は神教革命。

 本来の歴史ではラインハルトはここで……」


 神教革命。それはある神を絶対とする考えを持った宗教組織によって引き起こされる。これは多くの登場人物に深い傷を残す出来事となり、本編にも大きく関わる出来事だ。


「異端者認定を受け、ラインハルトは右腕を斬られた上に王国を追放される。それを回避する。王国で一定の地位と情報網を確保できるかどうか。

 俺が襲撃されるのは分かっている。俺が手に入れるべきは協力者。ブラッディギアス家よりも高い地位を持つ……」


『人間社会とはしがらみが多くていかんな。と言っても郷になんちゃらと言う。お前がどう活躍するか見ものだな?』


 悪役として生き、かつ破滅の未来を回避する方法。それはラインハルトが原作よりもより大きな悪、より大きな力を手に入れるしかない。


 今、俺が求める力のうちの一つ。魔法の力が手に入った。神教革命で手に入れるべき力は……。


「俺はこの状況をうまく駆使し、後ろ盾。権力を手に入れる」


 ブラッディギアス家を残したのはそのため。今ある力を利用してさらに大きな力を手に入れる。しかしここからは人対人の世界。様々な思惑、陰謀が交差する貴族社会が舞台。

 俺にとっては全くの未知だが心配はしていない。必ず成し遂げて見せると心に誓う。


「キヒヒ……アハハ……キャハハハハハハハハハ!!!! さあ! 破滅の未来を回避するため俺はやってみせるぞ!! 使える物全てを使ってな!!」


『ウフフ……キャハッ!……キャハハハハハハハハハ!!! ええ、ええ、楽しみにしているわ。私に刺激を与えてくれることを。契約が成し遂げられなかった場合……』


 闇神は可愛らしげに笑い声を上げ、一旦言葉を切ると、次の瞬間、絶対零度みたいな冷たい声でこう告げる。


『お前に何をするか分からないから』


 望むところだ。俺は俺自身の生存のため、破滅の回避のため、何がなんでもやり遂げてみせる。闇神、お前が退屈するなんていうことはまずあり得ない。


 心ゆくまで踊らせてやるとも。俺もお前もな。

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