まるでデートみたい

 レストランではカジュアルなコース料理が出された。

 クリスティーヌはメインの鯛のムニエルが気に入ったみたいだ。

 食欲をそそるバターの香り。鯛は口の中でほろほろと崩れるほど柔らかい。そして口の中にふわりと旨味が広がる。かかっている蛤と白ワインを煮込んだソースには、魚介の旨味がたっぷり含まれていた。

 クリスティーヌは一口一口じっくり味わっていた。エメラルドの目はキラキラと輝いている。しかし、クリスティーヌの所作は上級貴族に匹敵するほど美しく品があり、平民向けのカジュアルなレストランでは浮いていた。

 ユーグはその様子を見てクスッと笑う。

(平民のふりをして来ているのに、クリスティーヌ嬢は令嬢オーラが消えていない)

 クリスティーヌはユーグの視線に気付く。

「ユーグ様、もしかしてわたくし、はしたなかったでしょうか?」

 弱々しく首を傾げたクリスティーヌ。

 ユーグは微笑んで首を横に振る。

「そうじゃないさ。クリスティーヌ嬢のマナーは完璧だよ」

「ありがとうございます。お褒めくださり光栄でございますわ」

 クリスティーヌはホッとした様子だ。

 ユーグはふふっと笑う。

「それに、クリスティーヌ嬢は本当に美味しそうに食べているから、私も嬉しくてね。ありがとう、クリスティーヌ嬢」

「そんな、お礼を申し上げるのはわたくしでございますわ。このような素敵なお店に連れて来てくださってありがとうございます、ユーグ様」

 クリスティーヌはエメラルドの目を輝かせて微笑んでいた。

(やっぱり君はいつもの令嬢らしい微笑みよりも今の笑顔の方が素敵だ)

 ユーグはヘーゼルの目を細めた。

 その後2人はデザートも食べ終え、食後の紅茶飲んでいた。

 その時、ゲオルギーがクリスティーヌ達の席の食器を下げにやって来た。

「お2人さん、美味うまかったか?」

「ああ、もちろんだよ。メインの鯛のムニエルも美味しかったけど、私の中ではスープが最高だったかな。じゃがいものまろやかさと牛肉エキスの旨味がマッチしていたよ」

 ユーグは満足そうに微笑んでいる。

 それに対し、ゲオルギーがアンバーの目を大きく見開く。

「本当か!? それは嬉しいぜ。実はスープの仕込みは俺がやったんだ。メインはまだ任せてもらえねえけど、最近スープの仕込みは認めてもらえるようになったんだ。そう言ってくれて嬉しいぜ、ユーグ。ありがとな」

 それからユーグとゲオルギーが楽しそうに話していたので、クリスティーヌはクスクスと笑いながら様子を見ていた。するとその様子に2人が気付く。

「クリスティーヌ嬢、どうしたんだい?」

「いえ、初対面なのにもうお2人が仲良くなられていたので」

「確かに、クリスティーヌ嬢ちゃんを除くと、店で働く同僚とか意外に初めて仲良くなったかもな」

 ゲオルギーは思い出すようにそう言った。

「ゴーシャとなら気軽に話せるかもしれないね」

 ユーグは楽しそうに笑った。

「ユーグもお貴族様っていうからもっと堅苦しそうだと思ってけど、結構気さくだよな」

ゲオルギーもハハっと笑っていた。

「そうだ、クリスティーヌ嬢ちゃんにも料理の感想聞きたいんだが」

 思い出したように、ゲオルギーはクリスティーヌに目を向ける。

「はい、どれも美味しかったです。わたくしが1番気に入ったのはメインの鯛のムニエルでございますわ。香ばしいバターに柔らかくしっかり味が染み込んだ鯛、そして何より蛤と白ワインのソースが素晴らしかったですわ」

 クリスティーヌはうっとりとしていた。

「だよな。メインはオーナーが作ってるんだが、やっぱりソースが最高だ」

 クリスティーヌとゲオルギーは笑いながら話していた。ユーグは少し考えながら2人の顔を凝視する。

「ユーグ様、どうかなさいました?」

 ユーグの視線に気が付いたクリスティーヌは首を傾げる。

「いや……クリスティーヌ嬢とゴーシャ、お店の前で見た時から、2人はよく似ているなって思って。親族とか血縁関係はないんだよね?」

「ええ、血縁関係ではないと存じます。アシルスに親族がいるという話は聞いたことがございませんし」

「うーん、確かにクリスティーヌ嬢ちゃんとは顔が似てるって思うが……俺の家はワケありで、生まれてから18年間親とか実の弟妹以外の親族は知れねえしなあ」

「そっか。何か変なこと聞いて申し訳ないね」

 その後、クリスティーヌとユーグは会計を済ませてレストランを出た。

「ユーグ様、わたくしの食事のお代は後で必ずお返しいたします。お手数おかけして申し訳ございません」

 貴族は仕立て屋で服を購入したり、レストランで外食した際の支払いはその場ではなく後で家に請求が行く。だからお金を持ち歩かない者が多い。先程のレストランは貴族向けではなく平民向けなので、その場で支払いをしなければならなかった。しかし、クリスティーヌはそれを知らずお金を持っていなかった。今回はユーグが2人分の食事代を支払ってくれたのだ。

「構わないさ。それに、返そうだなんて思わなくていい。私に君の分も出させて欲しい」

「ですが」

「クリスティーヌ嬢、これは私からのお願いだ。聞いてくれると嬉しい」

「……分かりました。何だが申し訳ないです」

 申し訳なさそうに断ろうとするクリスティーヌ。しかしユーグの押しに負けてしまった。

(わたくしはここまで押しに弱かったかしら?)

 クリスティーヌは心の中でため息をついた。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 その後しばらくクリスティーヌとユーグは王都を散歩していた。少し時間が経つとお腹に余裕が出て来たので、今度はパティスリーに入ろうとユーグに提案された。

「今から行くパティスリーはこのクリスティーヌ嬢に渡した論文の著者、アーンストート氏の旦那さんのお店なんだ」

「左様でございますか。ということは、アーンストート氏の旦那様はパティシエということでございますね」

 クリスティーヌは少し意外に思った。

「その通りだよ。私も少し驚いた。母上経由で聞いた話だけどね。医務卿として活動する母上は、薬学の第一人者であるアーンストート氏と話す機会が多いからね。その時に彼女の旦那さんのことを聞いたんだろう」

 ユーグはクスッと笑った。

 少し歩くと、『パティスリー・プランタード』と書かれた看板が見えた。このお店らしい。

(プランタード……。確かに、アーンストート氏の旦那様のお店ね。リシェ・アーンストート=プランタードだもの)

 クリスティーヌは看板の文字を見て納得した。

 2人は店の中に入り、席に着く。クリスティーヌは渡されたメニューをじっくり眺めていた。

(おすすめはタルトタタンなのね。苺のミルフィーユも美味しそうだわ)

「クリスティーヌ嬢、決まったかい?」

「タルトタタンと苺のミルフィーユで迷っておりますわ」

 クリスティーヌは困ったような笑みを浮かべて答えた。

「ではその2つを頼もう。私もその2つで迷っていたところなんだ。半分ずつ食べよう」

 ユーグは優しげに微笑んだ。

「ありがとうございます」

 クリスティーヌは嬉しそうに微笑んだ。

 それからユーグは手を挙げて近くにいた給仕係ギャルソンを呼び、タルトタタンと苺のミルフィーユ、それから紅茶を2つを注文した。

 注文してからそれほど時間が経たない間にタルトタタンと苺のミルフィーユと紅茶が運ばれて来た。

 2人は早速一口食べてみる。

「このタルトタタン、表面のキャラメリゼが少しほろ苦いお陰で味のバランスが取れていますわ」

「ミルフィーユもサクサクしていて美味しいよ」

 お互い舌鼓を打ち微笑み合っていた。

 クリスティーヌは客先からチラリと見える厨房で、誰かに指示をしている赤毛にそばかすの男性を見かけた。

「あの男性がこのお店の店主の方でございましょうか?」

「恐らくそうだね。きっとアーンストート氏の旦那さんだ」

 2人は厨房を見て微笑んでいた。

 すると、近くの席からヒソヒソと女性の声が聞こえて来る。

「ねえ、見て。あの茶色いジャケットの人とワインレッドのワンピースの人」

 クリスティーヌ達の周囲にそのような服装をした者はいない。つまり、紛れもなくユーグとクリスティーヌのことを指している。

「美男美女だわ。恋人同士かしら?」

「ええ、きっとそうよ。デート中なのね」

 女性達はクリスティーヌ達の方を見て楽しそうにクスクスと笑っている。

 クリスティーヌはそれを聞いて顔を真っ赤に染める。しかしユーグは聞こえていないのか涼しげに微笑んでいる。

(そ、そんな! ユーグ様と恋人同士だなんて畏れ多いわ! わたくし達はそんな関係ではないのよ! だけど……確かにデートみたいだわ)

 クリスティーヌの鼓動は早くなった。

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